「와우! 여름이다/ワウ! ヨルミダ!!(ワウ! 夏だ!!)」。
このかけ声を聞いて、体が反応する韓国人は、いまだにごまんといる。
夏になると、必ず思い出すグループがいる。
明るくて、キャッチーで、ちょっとコミカルで。
でも、いざ歌ってみると「あれ、意外と難しい」と気づく。
それくらい、実は歌がうまい。
쿨/COOL。
「해변의 여인/海辺の女」「애상/哀傷」「운명/運命」で夏のチャートを何度も制し、「아로하」「작은 기다림/小さな待ち時間)」でバラードの名店にもなった、韓国歌謡史上最高の混成(혼성)グループだ。
そして쿨は、ある大記録を持っている。
韓国のすべての混成グループの中で、最初で、そして今のところ最後の、ゴールデンディスク大賞受賞者。
それが、쿨だ。
黄色でも黄色でもない、쿨のカラーはピンク。
今日は、その”夏の代名詞”を、ぜんぶ書く。
目次
- 基本情報
- まず、3人を紹介させてほしい
- 結成 / 前史 「블루노트ブルルノトゥ」になるはずだった
- 1〜2집(1994〜1995) 解散の危機
- 3집『Destined For The Best』(1996) 運命が、変わった
- 全盛期(1997〜2003) 出せば1位、の黄金時代
- 4집「애상エサン」と5집の時代 쿨の黄金比
- 6.5집「아로하アロハ」 バラードの頂点
- ゴールデンディスク大賞 混成グループ、唯一の栄冠
- K-POP史における位置づけ
- 韓国でのイメージ
- ディスコグラフィー(主要作)
- 余談
- マルのひとこと
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| グループ名 | 쿨/クル(COOL) |
| デビュー | 1994年7月14日(1집『너이길 원했던 이유』) |
| 所属 | クル・カンパニー |
| 活動期間 | 1994〜2005年、2008年〜(再結成) |
| ジャンル | ダンスポップ、バラード |
| メンバー | 김성수/キム・ソンス 이재훈/イ・ジェフン 유리/ユリ |
| 特記事項 | 総売上650万枚超。 混成グループ唯一のゴールデンディスク大賞 |
まず、3人を紹介させてほしい
쿨は、混成グループの”理想形”とよく言われる。
一人の圧倒的なフロントマンがいて、それを絶妙に支える二人がいる。
太陽は一つ。
その配置が、きれいに噛み合っていた。
이재훈イジェフン メインボーカル
쿨の顔であり、声であり、そして実質的なリーダー。
ハンサムで、揺るぎないボーカリスト。
쿨のあの明るいメロディが、ただ軽いだけで終わらないのは、この人の歌唱力があるからだ。
쿨の曲は、カラオケで選ぶと「意外と歌えない」ことで有名だ。
テレビではコミカルな印象なのに、実際に歌うとキーもリズムも難しい。
その”錯覚”を生むほど、이재훈の歌はうまい。
3집以降、쿨のプロデュースを一手に担ったのも彼で、쿨というグループは、実質この人が引っぱっていた。
김성수ギンソンス リーダー・ラップ
名目上のリーダーで、ラップ担当。
이재훈より6歳年上の兄貴分だ。
쿨の役割分担は、面白い。
リーダーは김성수だが、グループを実際に動かしていたのは弟の이재훈。
それでも김성수は、人柄が良くて、弟の判断が正しいならと、気持ちよく従っていたという。
太陽を二つにしない。
この譲り合いが、쿨が10年近く安定して走れた理由の一つだ。
유리ユリ サブボーカル
쿨に欠かせない、華やぎそのもの。
混成グループの魅力を、一人で体現していたメンバーだ。
音楽評論家は彼女を「代替不可能で、画竜点睛」と評した。
이재훈という強いフロントマンがいて、김성수が支えて、そこに유리の弾ける魅力が加わる。
男女のボイスカラーが、気持ちいいほどきれいに配分される。
유리がいたから、쿨は”混成グループ”として完成した。
初期メンバーのこと
쿨は最初、4人組だった。
최준명/キム・ソンス、유채영/イ・ジェフン。
女性メンバーの유채영は、坊主頭というショッキングな魅力で、デビュー当時の쿨の話題をさらった人だ。
その後、유채영はソロの道へ、최준명はプロデューサーへと進み、路上でキャスティングされた유리が加わって、私たちの知る3人組・쿨が完成する。
結成 / 前史 「블루노트ブルノトゥ」になるはずだった
グループ名「쿨」の由来は、ジャズだ。
メンバー全員がジャズを好きで、「クール・ジャズ」というジャンルから名前を取った。
実は、危うく「블루노트/ブルノトゥ(ブルーノート)」になるところだったという。
どちらにしても、洒落たジャズ由来。
この”上品な軽さ”が、쿨のサウンドの根っこにある。
デビュー前の練習期間は、なんと2年。
その間、休んだのはお正月のたった1日だけ、という逸話が残っている。
明るくてお気楽に見えるグループの裏に、地味で堅実な下積みがあった。
面白い”もしも”の話もある。
R.efの성대현/ソン・デヒョンが、최준명の紹介で쿨に入りかけていた。
でも성대현は、集まったメンバーの顔ぶれを見て「これは国が支援してるグループみたいだ、俺の入る場所じゃない」と思って断ったという。
その代わりに、彼が紹介した弟分が、이재훈だった。
쿨が国民的グループになった後、성대현は「あれは俺の判断ミスだった」と悔やんだそうだ。
1〜2집チプ(1994〜1995) 解散の危機
1994年7月、1집『너이길 원했던 이유』。
タイトル曲は歌謡トップ10で最高9位と、デビュー曲として悪くない反応を得る。
유리を迎えた2집では、「작은 기다림 キダリン(小さな待ち時間)」が最高4位。
アルバムは60万枚を売り上げ、後続曲「슬퍼지려 하기 전에/悲しくなる前に」が、繁華街を中心に爆発的に流行した。
この曲は、今もじわじわ愛されるスタンダードになっている。
でも、ここまで来ても、쿨はまだ解散の危機にあった。
上り調子なのに、期待したほどの”大ヒット”には届かない。
そんなもどかしい時期が続いていた。
流れを変えたのは、意外な人物だった。
3집チプ『Destined For The Best』(1996) 運命が、変わった
쿨の運命を変えたのは、이재훈の父だった。
息子の歌手活動をずっと認めていなかった父が、ついに認め、それどころか、息子のためにクール専用の事務所まで作ってしまう。
そうして生まれた環境で、1996年、3집が世に出る。
タイトル曲は、その名も「운명」。
これが、メガヒットした。
音楽番組では、5週連続1位(ゴールデンカップ)を連発。
アルバム『Destined For The Best』は、쿨初のミリオンセラーになった。
グループ名を賭けた曲のタイトルが「運命」で、その曲が本当に運命を変える。
できすぎた話だが、これは実話だ。
ちなみに、この「운명」を初めて聴いたとき、メンバー3人は曲が良すぎて抱き合って泣いたという。
その予感は、正しかった。
全盛期(1997〜2003) 出せば1位、の黄金時代
「운명」からの쿨は、止まらなかった。
3.5집「해변의 여인」。
4집「애상」。
4.5집「미절/Misery」。
5집「해석남녀/解釈男女)」。
6집「점포맘보/Jumpo Mambo)」。
6.5집「아로하」。
7집「진실/真実」。
8집「결혼을 할 거라면/結婚をするなら」。
出すタイトル曲が、当たり前のように1位を獲る。
ダンスで夏を制し、バラードで冬を沁みさせる。
쿨は、名実ともに最頂上のグループだった。
とりわけ4집「애상」は、メンバー自身が「いちばん好きな曲」に挙げる一曲。
活動していた頃が、本当に幸せだったからだという。
音楽番組でも連続1位を重ね、쿨の代表曲の一つになった。
そして2002年。
CDが売れない不況の真っただ中で、쿨はタイトル曲「진실」を大ヒットさせる。
その年、最も多くのアルバムを売り上げたのだ。
4집チプ「애상エサン」と5집チプの時代 쿨クルの黄金比
全盛期のクールを語るとき、4집「애상」は特別な位置を占める。
「애상」とは、「哀傷」つまり悲しみの傷という意味だ。
夏の代名詞のグループが、なぜ哀傷を歌うのか、と思うかもしれない。
でも、쿨のサウンドはもともと、明るさの中に切なさが混ざっている。
「애상」はその切なさを正面に出した一曲で、이재훈の声がいつも以上に情感を帯びていた。
メンバー自身が「いちばん好きな曲」に挙げるのも、この曲の活動期間が、쿨にとっていちばん幸せな時間だったからだという。
「애상」のMV撮影では海外にまで行き、그 당시(その当時)のグループの勢いと一体感が、映像の隅々まで刻まれている。
続く5집「해석남녀(解釈男女)」では、恋愛における男女の”すれ違いの解釈”をコミカルに描いた。
男性目線と女性目線の違いを、軽やかなダンスナンバーに乗せる쿨のセンスが光る一枚だ。
4집の哀傷からまたポップさに戻る、このブレなさが쿨の強みだった。
重くなりすぎず、軽くなりすぎない。
쿨のバランス感覚は、10年間一度もずれなかった。
6.5집チプ「아로하アロハ」 バラードの頂点
쿨といえば夏のダンス曲、というイメージが強い。
でも쿨のもう一つの顔は、バラードだ。
その象徴が、「아로하」だった。
6.5집のタイトル曲「아로하」は、2001年末から2002年初頭にかけてリリースされた冬のバラード。
이재훈の柔らかく張りのあるボーカルと、切ないメロディが、韓国の冬の夜に染み込んでいった。
この曲は、発売後もずっと愛され続け、후배(後輩)歌手による何度ものリメイクを経ても、オリジナルの輝きが褪せない。
「아로하」は、ハワイ語の「aloha(愛・平和・思いやり)」から来ている。
夏の曲のイメージが強い言葉を、冬のバラードのタイトルに据えた逆転の発想が、쿨らしい。
どこかのほほんとしているようで、芯に切なさが宿っている。
それが、쿨の音楽の本質だ。
作曲はもちろん、쿨の”ミューズ”윤일상。
「아로하」もまた、이재훈とユン・イルサンの二人三脚から生まれた。
쿨のバラードは、この二人が作る冬の歌だった。
쿨は、夏のグループとよく言われる。
でも、カラオケランキングや懐メロ特集で最もよくかかる쿨の曲を問えば、「아로하」と答える人も多い。
夏の쿨と、冬の쿨。
その両方があって、초여름(初夏)から겨울(冬)まで、쿨は一年中そこにいた。
ゴールデンディスク大賞 混成グループ、唯一の栄冠
2002年12月、제17회ゴールデンディスク賞。
쿨は、大賞を受賞する。
これが、とてつもない記録だ。
韓国の混成グループとして、歴史上最初で、そして今のところ最後の大賞。
歌謡界全体でも、その年の頂点に立ったということだ。
しかも2002年は、とんでもない激戦の年だった。
장나라/ボア、이수영/イ・スヨン、そして싸이/PSYが旋風を起こし、ブラウン・アイズや성시경/ソン・シギョンのような新星バラード勢が台頭。
1세대アイドルの핑클/ピンクル、神話、g.o.dもまだ健在。
そんな綺羅星のような一年で、頂点を獲ったのが쿨だった。
10年近い全盛期を通じて、쿨は韓国の歴代アルバム売上でもトップ10に入るグループになった。
総売上は650万枚超。
これは、韓国の全混成グループの中で、圧倒的な1位だ。
2位の룰라/ルラに、およそ2倍の差をつけている。
派手な企画も、緻密な宣伝戦略もなかった。
それでも10年、変わらぬ人気を保った唯一のグループ。
「アンチのいないグループ」としても知られる、みんなに愛された国民バンドだった。
K-POP史における位置づけ
쿨は、「90年代大衆音楽のキャラクターのような存在」と評される。
音楽評論家は言う。
쿨は「夏の音楽」「冬のバラード」というふうに、音楽をコンセプト化して見せたグループだ、と。
海辺のサウンド、トレモロの効いたギター。
「韓国のビーチ・ボーイズ」あるいは「韓国のABBA」と呼ばれることもある。
そしてもう一つ、쿨は「混成グループの理想形」を提示した。
一人の圧倒的なフロントマンと、それを支える二人。
男女のボイスカラーの、きれいな配分。
コヨーテ(코요태/コヨーテは)や거북이/ゴブギなど、後に続く国民的混成グループは、쿨が耕した畑の上に立っている。
デビュー30周年を迎えた今も、쿨のヒット曲は色褪せない。
「아로하」「운명」「All For You」「애상」は、後輩歌手たちに繰り返しリメイクされ続けている。
夏になれば、쿨。
バラードを探せば、쿨。
その両方で、쿨の名前は今も現役だ。
韓国でのイメージ
韓国で쿨は、「夏そのもの」であり、「安心して愛せるグループ」だ。
「해변의 여인」のイントロが鳴れば、そこはもう夏。
「아로하」が流れれば、しっとりした夜になる。
쿨の曲は、カラオケの選曲本に載っている曲数で、全歌手中2位を記録したこともある。
それくらい、ヒット曲が多い。
そして、쿨には一つ、可愛い”裏の顔”がある。
明るくて弾けるメロディの曲でも、歌詞をよく読むと、けっこう際どいシチュエーションだったりするのだ。
陽気なリズムに乗せて、恋のドタバタや修羅場が、さらっと描かれている。
でも本人たちがあまりに楽しそうに歌うので、聴いているほうは歌詞の”やばさ”に気づかない。
この絶妙なとぼけ具合も、쿨の愛され方の一部になっている。
2013年には『不朽の名曲』に”伝説”として出演し、多くの人の郷愁を呼び起こした。
30年経っても、쿨は夏のたびに、ちゃんと戻ってくる。
쿨の曲は、カラオケで鉄板であるだけでなく、韓国の연예계(芸能界)でも繰り返し蘇る。
예능(バラエティ)番組での懐メロコーナー、若い歌手によるステージ、さらにはドラマのBGMまで、쿨の曲は様々な場面で현역(現役)として使われ続けている。
これだけヒット曲が多いグループが、一度も「アンチがいる」と言われなかったという事実は、今改めて考えると異例のことだ。
音楽の강점(強み)だけで、10年以上、愛されたまま走り続けた。
そのことが쿨の最も大きな、そしてもっとも地味な奇跡だと思う。
ディスコグラフィー(主要作)
| 集 | アルバム/活動曲 | 年 | 代表曲 | 記事 |
|---|---|---|---|---|
| 1집 | 너이길 원했던 이유 | 1994 | 너이길 원했던 이유 | 準備中 |
| 2집 | 작은 기다림 | 1995 | 작은 기다림 | 準備中 |
| 3집 | Destined For The Best | 1996 | 운명 | 準備中 |
| 4집 | 애상 | 1998 | 애상 | 準備中 |
| 6집 | Jumpo Mambo | 2001 | 점포맘보 | 準備中 |
| 6.5집 | 아로하 | 2001 | 아로하 | 準備中 |
| 7집 | 진실 | 2002 | 진실 | 準備中 |
| 8집 | 결혼을 할 거라면 | 2003 | 결혼을 할 거라면 | 準備中 |
余談
쿨の最盛期、4집「애상」の頃、意外なメンバーが加わっていた。
お笑い芸人の윤정수/ユン・ジョンスだ。
客演メンバーのような形で一緒に活動し、「애상」のMV撮影では海外にまで同行した。
윤정수にとっては、これが初めての海外だったという。
ギャラは出なかったが、代わりに이재훈からプラダの靴をもらった、という微笑ましいオチまでついている。
6집『Jumpo Mambo』には、世界的グループのEarth, Wind & Fireがブラスセッションで参加している。
陽気な夏のダンス曲の裏で、こっそり本物のファンクの巨匠が鳴っていたわけだ。
쿨の”軽さ”は、けっこう本気の作りこみでできている。
そして쿨を語るとき、作曲家の윤일상/ユン・イルサンは外せない。
彼は쿨の”ミューズ”と呼ばれ、쿨に提供した曲はなんと30曲。
이재훈とは家族より近い仲だという。
「운명」も「애상」も「미절」も、この二人三脚から生まれた。
쿨の夏は、윤일상のメロディと、이재훈の声で、できている。
また、3집『Destined For The Best』には、興味深いエピソードがある。
このアルバムが出た1996年、쿨は韓国の音楽番組で5週連続1位という大記録を打ち立てた。
しかし、それだけではない。
タイトル曲「운명」のMVは、당시(当時)としては破格の제작비(製作費)が投じられ、スペクタクルな映像美で話題を呼んだ。
「いい曲を、いい映像で届ける」という姿勢が、쿨の支持者を単なるファンではなく、熱狂的な固定層に変えた。
この土台があったから、쿨は10年近くにわたってヒットを出し続けることができたのだ。
쿨の曲が今もリメイクされ続けるのには、メロディの奥行きという理由もある。
쿨の曲は、歌唱力がある歌手が歌うほどに「あ、こういう曲だったのか」と再発見できる設計になっている。
だから후배(後輩)歌手たちがこぞって쿨の曲を選ぶ。
歌いたくなる曲を作り続けた、それもまた쿨の功績だ。
「운명」「아로하」「애상」が繰り返し発掘されるのは、そういう理由からだ。
名曲は、歌う人がいる限り終わらない。
쿨は、その証明だ。
マルのひとこと
チョ・ジョンソッが1位を取った曲というイメージが強いクール。
どれか一曲と言われたら、ムジョッコン アロハヤ。
夏の曲は夏が過ぎると、聴きたくなる。
天邪鬼。
쿨の曲は、いつも軽やかで、明るくて、聴いていると自然に体が揺れる。
でも、いざ歌おうとすると、意外と難しい。
その”軽やかさ”は、2年の下積みと、ずば抜けた歌唱力と、本物の作りこみでできていた。
派手な戦略もないまま、10年、ずっと愛され続けた。
アンチのいない、みんなの夏のグループ。
混成グループとして、ただ一組だけ大賞を獲ったという事実が、その全部を静かに証明している。
うりぬん、あの夏の軽やかさを覚えておきたい。
쿨の音楽は、季節ごとに顔を変える。
夏には「해변의 여인」と「점포맘보」で、冬には「아로하」と「작은 기다림」で。
日本で言えば、サザンオールスターズが夏の象徴でありながら、冬のバラードでも泣かせるのに似ている。
일년 내내(一年中)聴けるグループだから、쿨は30年愛され続けた。



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