KATSEYEと僕。 캣츠아이와나

3世代以降

ロサンゼルスを拠点に、英語で歌う、6人組のガールグループがいる。

メンバーの国籍はバラバラ。
アメリカ、フィリピン、スイス、イタリア、そして、韓国。

見た目も、育ちも、話す言葉も、まるで違う6人。
彼女たちは、アメリカのビルボードを駆け上がり、グラミーの最優秀新人賞にノミネートされた。

アメリカのポップグループ、と呼ぶには韓国の匂いが強く。
K-POP、と呼ぶには英語すぎる。

KATSEYE(캣츠아이/ケッチュオイ/キャッツアイ)。
これは、韓国が30年前に描いた設計図が、本場アメリカで完成した。
その瞬間の話だ。

うりぬんはいつも古い話ばかりだけど、今日はちょっと息抜きに、いちばん新しい景色を見てみてほしい。


基本情報

項目内容
グループ名KATSEYE/캣츠아이(キャッツアイ)
メンバーマノン
ソフィア
ダニエラ
ララ
メーガン
윤채(ユンチェ)
結成2023年11月18日
(サバイバル番組『Dream Academy』)
デビュー2024年8月16日
(EP『SIS (Soft Is Strong)』)
ジャンルポップ、ダンス、オルタナポップ、ハイパーポップ
所属HYBE × Geffen(HYBE UMG)
拠点アメリカ・ロサンゼルス
ファンダムEYEKONS(アイコンス)
特記事項HYBEの米国現地化多国籍ガールグループ。
第68回グラミー最優秀新人賞ノミネート

【KATSEYEとは】 K-POPが作った”アメリカのガールグループ”

KATSEYE(キャッツアイ)は、2024年8月にデビューした、HYBE×Geffen(ゲフィン)所属の多国籍ガールグループ。

拠点はロサンゼルス。
歌うのは英語。
アメリカを主戦場にする、正真正銘の”アメリカのポップグループ”だ。

でも、育てたのは韓国のHYBE。
つまり、K-POPの育成システムを丸ごとアメリカへ持っていって、「現地の子たちで、現地向けのグループを作る」という壮大な実験の答えが、KATSEYEなのだ。

だから彼女たちは、アメリカのチャートを追いながら、韓国の音楽番組やバラエティにも出る。
どっちつかず、ではない。
どっちも、なのだ。


6人のメンバー

KATSEYEの最大の特徴は、その”多国籍・多人種”ぶりにある。
グループ名の由来どおり、猫の目(Cat’s eye)が角度によって色を変えるように、一人ひとりの背景がまったく違う。
デビューを懸けたサバイバル『Dream Academy』の、最終順位順に紹介しよう。

소피아/ソピア(Sophia/ソフィア) リーダー・ボーカル / 1位

フィリピン系アメリカ人。ニューヨーク生まれ、マニラ育ち。
母は、ロンドンのウェストエンドで『ミス・サイゴン』の舞台に立った、フィリピンの実力派ミュージカル俳優。
その血を継いだ、パワフルで安定したメインボーカルが武器だ。
Dream Academyを1位で通過し、メンバー全員一致でリーダーに選ばれた、グループの太陽。
唯一のアジア圏育ちどうしとして、韓国人のユンチェをいつも気にかけている。

라라/ララ(Lara) メインボーカル・プロデューサー / 2位

インド系アメリカ人(タミル人)。眉間のビンディ(額の宝石)がトレードマーク。
アリアナ・グランデを思わせる、音域の広い堂々たるメインボーカル。
実は自分でトラックも作るプロデューサーで、グループ名の「Cat」を「Kat」に変えようと言い出したのも彼女だ。
ボリウッド映画とともに育ち、「インド系へのステレオタイプを塗り替えたい」と語る。
2025年には、自分がバイセクシュアルであることを、自らの言葉で公表した。その率直さに、背中を押されたファンも少なくない。

윤채/ユンチェ(Yoonchae) リードダンサー・最年少 / 3位

本名は정윤채(チョン・ユンチェ)。ソウル生まれの、グループでただ一人の韓国人。
実は、メンバーの中で唯一”韓国で”練習生をやっていた人で(WakeOne→HYBE)、練習生歴も最長の約3年。
BTSの映像に夢中になって歌手を志した、生粋のK-POPキッズだ。
170cmでグループ最長身、전지현/チョン・ジヒョン似とも言われる。
最年少だが「マンネと呼ばれるより、歌とダンスで注目されたい」という、芯の強い子。
この一人がいるおかげで、KATSEYEはK-POPと直接つながる回路を持っている。

메간/メガン(Megan/メーガン) メインダンサー・オールラウンダー / 4位

ハワイ生まれのアメリカ人。父がスウェーデン系、母がシンガポール系中国人のユーラシアン。
歌・ダンス・演技・モデル、なんでもこなすオールラウンダー。
実はHYBEの前に、別の事務所でJ-POPアイドルの練習生をしていたという異色の経歴の持ち主。
スローな動きを早回しして”コマ撮りアニメ”みたいに見せるショート動画が、彼女の名物だ。
ララに続いて、自分もバイセクシュアルであることを公表。ありのままを隠さない生き方が、多くのファンの支えになっている。

다니엘라/ダニエラ(Daniela) メインダンサー / 5位

アトランタ生まれのアメリカ人。父がベネズエラ系、母がキューバ系。
両親ともダンススポーツの選手兼講師で、3歳からダンス漬け。筋金入りのメインダンサーだ。
子役ダンス番組の頃からの友人が、いまをときめくシンガーソングライター、テイト・マクレー。
ラテンの血が濃く、家ではスペイン語とキューバ料理で育った。

마농/マノン(Manon) ボーカル・ビジュアル / 6位

スイス・ルツェルン出身。父がガーナ人、母がイタリア系スイス人。
グループ随一の”ビジュアル担当”として、Dream Academyの頃から話題をさらった。
ウクレレもピアノも作曲も独学という、根っからのクリエイター気質。
(前述のとおり、2026年2月から健康とウェルビーイングのため活動を休止中)

6人が話せる言語は、合わせて7つ(ドイツ語・スペイン語・英語・フランス語・フィリピン語・タミル語・韓国語)。
これはもう、ひとつの小さな地球儀である。


Dream Academyという実験

KATSEYEは、ふつうにデビューしたグループではない。

HYBEがアメリカのGeffen Recordsと組んで作った合弁会社(HYBE UMG)が、サバイバル・オーディション『The Debut: Dream Academy』を実施。
世界中から集めた候補生を競わせ、審査員50%+ファン投票50%で、最終的に選ばれた6人がKATSEYEになった。

その全過程は、Netflixのドキュメンタリー『Pop Star Academy: KATSEYE』として世界配信されている。
「K-POPのアイドルは、こうやって作られる」という舞台裏を、まるごとアメリカの茶の間に見せたわけだ。

HYBEの総帥・방시혁/パン・シヒョクは、この企画についてこう語っている。
「彼女たちがK-POPへのリスペクトを忘れないようにする。韓国や、メンバーの出身国も、重要な活動国になる」。
実際、デビュー曲「My Way」は”hitman” bang(=방시혁)自身がプロデュースに名を連ねている。


S.E.S.が30年前に描いた、設計図

ここが、うりぬんとして書きたかったところだ。

「多国籍のメンバーで、多国籍のマーケットを狙う」。
このアイデア、実はまったく新しくない。

30年近く前、SMエンターテインメントのS.E.S.(▶ S.E.S.と僕。)が、すでにやろうとしていた。
在日メンバー、在米メンバー、英語圏担当、中国語要員……。
S.E.S.は「多国籍設計」を最初に持ち込んだガールグループだった。
その思想は、EXO・NCT・aespaの多国籍構成へと受け継がれていく。

KATSEYEは、その系譜の”最終形態”だ。
韓国人メンバーを軸に据えつつ、いっそメンバーの大半を現地の子にして、拠点ごとアメリカに置いてしまう。
30年前の設計図を、本場で、極限まで押し進めた姿。
それがKATSEYEなのだ。

「K-POPとは、韓国人がやる音楽ではなく、韓国が磨いたシステムのことだ」。
KATSEYEは、その考え方を世界に突きつけた最初の成功例でもある。


「Gnarly」という転換点

デビュー曲「Touch」も悪くなかった。
だが、KATSEYEを一気に世界の話題にしたのは、2025年の「Gnarly(ナーリー)」だ。

奇妙で、中毒性があって、人種も国境も関係なく、SNSでカバーダンスが溢れた。
続く「Gabriela(ガブリエラ)」は、ビルボードHot 100で最高22位。
EP『BEAUTIFUL CHAOS』は、ビルボード200で堂々の4位。
Hot 100に3曲を送り込む、正真正銘の”グローバル・ガールグループ”になった。

そして極めつけが、2026年。
第68回グラミー賞で、最優秀新人賞にノミネート。
「Gabriela」で最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス部門にもノミネートされ、授賞式では堂々とパフォーマンスを披露した。
(受賞は逃したが、K-POPシステム発のグループがここまで来た事実が、すでに事件だ)

2025年のTikTok Top Artist、堂々の1位。
時代は、完全に彼女たちの側にある。


マノンという、休止

いいことばかりではない。

2026年2月、HYBEとGeffenは、마농(マノン)が健康とウェルビーイングに集中するため活動を一時休止する、と発表した。
KATSEYEは、当面5人体制で活動することになる。

一部で「人種を巡る問題では」という憶測も流れたが、メンバーたちはこれをはっきり否定している。
「私たちにとっていちばん安全な場所は、6人の中だった」ララは、そう語った。

急成長の光の裏で、まだ若い6人が背負うものは、決して軽くない。
それでも彼女たちは、마농の席を空けたまま、前に進んでいる。


韓国と、世界のあいだで

KATSEYEの立ち位置は、面白い。

アメリカでは「K-POP出身のグローバル・ガールグループ」として扱われる。
一方、韓国の音楽番組にも出て、2026年6月には『M COUNTDOWN』で初の1位を獲った(ケーブル音楽番組での初1位)。

彼女たちは、白人だけのアメリカン・ポップでもなく、韓国人だけのK-POPでもない。
その”あいだ”に、新しい居場所を作ってしまった。

これは、S.E.S.が夢見て、BTSが世界の扉をこじ開けた、その先の景色だ。
「韓国発のシステムが、世界のポップそのものになる」。
KATSEYEは、その最前線を走っている。


ディスコグラフィー(主要作)

形態タイトル代表曲記事
EP1SIS (Soft Is Strong)2024Touch準備中
EP2BEAUTIFUL CHAOS2025Gnarly/Gabriela準備中
SingleInternet Girl2026Internet Girl準備中
EP3WILD2026PINKY UP準備中

余談

グループ名「KATSEYE」は、猫の目(Cat’s eye)、縦に細い瞳孔が由来。
「Cat」の「C」を「K」に変えようと提案したのは、メンバーのララ。
ただ、綴りが独特なせいで、国内外を問わず「これ”カッセイェ(KAT-SE-YE)”って読むの?」と間違われがちで、ファンも愛称でそう呼ぶことがある。

デビュー前、メンバーの多くは1年〜1年半ほど、ロサンゼルスでHYBE UMGの練習生生活を送っていた。
アメリカのど真ん中で、韓国式の”연습생/ヨンスッセン(練習生)”をやっていたわけだ。

HYBE×Geffenは、KATSEYEに続く2組目のグローバル・ガールグループ「SAINT SATINE」も2026年に始動させた。
KATSEYEは、もう「実験」ではなく「モデルケース」になったのだ。


マルのひとこと

正直に言うと、うりぬんで一番新しいこの記事を書くの、ちょっと不思議な感じがした。

いつも90年代ばかり掘っているから。

世界を狙う姿勢は確かにS.E.S.の時から続いているムーブメントだ。

多国籍で、多言語で、世界を狙う。
シューが在日で、ユジンが英語担当で……って、あの設計図を。
HYBEは、いっそメンバーごとアメリカに置いて、完成させてしまった。

古いものを掘っていると、こういう瞬間がいちばん楽しい。
昔の人が蒔いた種が、30年後に、地球の反対側で花になる。

ユンチェという一人の韓国人がいるから、この地球儀みたいなグループは、ちゃんと僕らの物語の続きになっている。

うりぬん、新しい景色も、ときどきは見にいこうと思う。

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