pH-1と僕。

K-HIPHOP

pH-1と僕。

韓国ヒップホップを聴き込んでいると、どこかで必ずこの名前に出会う。
ロングアイランド育ちで生物学専攻、歯科助手を経てラッパーになった男。
英語と韓国語を自在に行き来するバイリンガルフロウは、K-HIPHOPの地図に新しい座標を打ち込んだ。


プロフィール

本名박준원 (パク・ジュンウォン)
英語名Harry Park
生年月日1989年7月23日
出身韓国生まれ、ニューヨーク州ロングアイランド育ち
所属H1GHR MUSIC
デビュー2016年「Wavy」
ジャンルK-HIPHOP / R&B
特徴韓国語・英語バイリンガルラップ、クリスチャン信仰

主要ディスコグラフィー

年タイトル形式備考
2016Wavyシングルデビュー作
2017The Island KidEPH1GHR MUSIC移籍後初EP
2018SMTM777出演TV「Orange」feat. Jay Parkが話題に
2019HALOアルバムGaon Album Chart 21位
2021KHA2021 MV賞受賞受賞
2022But For Now Leave Me Aloneアルバム全13曲
2023About Damn Time World Tourツアーアジアツアー
2025What Have We Doneシングル/アルバムfeat. Chanmina、2025年8月13日

ロングアイランドからボストン、生物学専攻が音楽家になるまで

pH-1こと박준원 (パク・ジュンウォン) は1989年7月23日、韓国で生まれた。
12歳のとき、家族とともにニューヨーク州ロングアイランドへ移住。
アメリカの学校に通い、英語を身体に叩き込む年月が始まった。

ロングアイランドは大都市ニューヨークの東隣に位置する地域で、多様な文化が混在するエリアだ。
韓国からやってきた少年が英語圏の空気に浸かり、音楽を浴びながら育つのに、これ以上ない環境だったとも言える。
アメリカのヒップホップ、R&B、そしてクリスチャンミュージック、それらが彼のなかで溶け合っていく。

その後、ボストン・カレッジへ進学した。
専攻は生物学。
「音楽家になりたい」という夢はあったにしても、当時のパク・ジュンウォンにとって最初に選んだのは学問の道だった。
ボストン・カレッジはイエズス会系の名門リベラルアーツ大学で、体系的な学びを重視する環境だ。
生物学という選択は、おそらく「現実的に生きていく」ための答えだったのだろう。

しかしその道は、卒業後もまっすぐには続かなかった。
大学を出たあと、彼は歯科助手として働きはじめる。
生物学を学んだキャリアとしては、ひとつの選択肢として自然に映るかもしれない。
しかし本人にとって、それが「これだ」という仕事ではなかったことは後の言葉からも伝わってくる。
歯科助手の仕事をしながら、彼は内側でずっと音楽のことを考えていた。

やがて彼はWeb開発へと転身する。
歯科助手からエンジニアへ、という転職は一見唐突に見えるが、これもまた「音楽で食えるようになるまでの生活費を稼ぐための選択」という側面があったとも言われている。
Web開発は当時 (2010年代前半) から需要が急拡大しており、プログラミングを学べば比較的安定した収入が見込める職種だった。
生物学を学んだ脳みそは、論理的な思考に長けていた。
コーディングは、そういう意味でも向いていたのかもしれない。

それでも音楽への渇望は消えなかった。
仕事終わりに曲を書き、スタジオに足を運び、自分のフロウを磨いていく日々が続く。
キャリアとしての仕事と、情熱としての音楽の間で揺れながら、ある時点で彼は決断する。
生物学専攻、歯科助手、Web開発、そしてラッパーへ。
この遠回りに見えるルートこそが、pH-1の歌詞に他のラッパーにはない具体性と深みを与えている。
「真実・ポジティビティ・経験」という音楽のキーワードは、この遍歴と切り離せない。


「pH-1」というステージネームの意味

ステージネームにはきちんとした設計がある。
p = Park、苗字のパクから。
H = Harry、英語名から。
1 = 원 (Won/ウォン)、이름 (名前) の첫글자 (最初の文字) を意味する。

アルファベットと数字が混在するこの名前は、彼自身のアイデンティティの構造そのものだ。
韓国語の이름と英語のファーストネームが同居し、苗字で括られている。
二言語・二文化の中間にいる人間が、自分の名前を解体して再構成した、という感じがする。

もちろんpHは「水素イオン指数」でもある。
化学的な語感が漂うこのネームは、生物学専攻という経歴と絶妙に響き合っている。
覚えやすく、謎めいていて、由来を知ると腑に落ちる、という名前としての完成度が高い。


デビューシングル「Wavy」が生まれた瞬間

2016年、pH-1はデビューシングル「Wavy」をリリースした。
サウスコリアのシーンに、アメリカ育ちの感覚を持ったラッパーが現れた瞬間だった。

「Wavy」というワードは、2010年代のアメリカンヒップホップスラングに由来する。
「かっこいい」「最高にノってる」というニュアンスを持つこの言葉を、そのままタイトルに持ってきたことに意味がある。
韓国のリスナーに対して「これがアメリカで育った俺のセンスだ」と宣言するような選択だ。

「Wavy」がリリースされたとき、韓国のヒップホップリスナーの反応は新鮮なものだった。
英語と韓国語が一つのバースの中で自然に切り替わるスタイルは、当時の韓国ヒップホップではまだ珍しかった。
多くのラッパーが「韓国語でラップする」か「英語でラップする」かどちらかに寄っていた時代に、pH-1は両方を同時に、しかも違和感なくやってのけた。
SNSでは「このラッパーは誰だ」という声が上がり、バイリンガルという新しい武器を持つアーティストとして注目を集めた。

フロウの質も評価された。
アメリカのR&Bやトラップから影響を受けたリズム感は、それまでの韓国ヒップホップにはなかったグルーヴを持っていた。
歌詞の内容も、等身大の自己紹介として機能していた。
「俺はこういう人間で、こういうことを考えて、こういう音楽をやっている」という誠実な自己提示。
それがデビューシングルとしての「Wavy」の役割だった。


H1GHR MUSICへの加入とJay Parkとの出会い

2017年5月、pH-1はH1GHR MUSICと契約を結んだ。
Jay Parkが主宰するこのレーベルは、韓国ヒップホップのメジャーシーンと独自カルチャーの橋渡し役として機能してきた場所だ。

Jay Parkとpih-1の出会いは、アメリカ育ちという共通項から始まった部分が大きい。
Jay Park自身もシアトル出身のコリアン・アメリカンであり、韓国のシーンに飛び込んできた経験を持つ。
2PMを脱退し、AOMGを設立し、H1GHR MUSICを立ち上げた彼にとって、同じバイリンガルのバックグラウンドを持つpH-1は「このシーンで一緒にやれる仲間」に見えたのだろう。

「Wavy」をリリースして注目を集めたpH-1に、Jay Parkは直接アプローチをかけたとされている。
H1GHR MUSICはAOMGとは別のレーベルとして設立されたが、Jay Parkの下で動く点では同じ系譜にある。
加入が決まった時点で、pH-1は「ようやく自分の音楽を本格的に世に出せる場所を手に入れた」と感じたに違いない。
その直後の2017年10月、EP「The Island Kid」をリリース。
タイトルの「Island Kid」は、ロングアイランドで育った自分自身への目線でもある。

H1GHR MUSICという場は、pH-1にとって単なる所属先以上の意味を持った。
PH-1は以前のインタビューで、H1GHR MUSICに加入したことで「ソウルのシーンに居場所ができた」という感覚を得たと語っている。
アメリカ育ちの自分が韓国のヒップホップシーンにどう接続するか、その問いに対してH1GHR MUSICは一つの答えを与えてくれた。
Jay Parkの存在は、そのロールモデルとしても機能していた。


SMTM777での挑戦と「Orange」

そして翌2018年、Show Me the Money 777 (SMTM777) に出演。
韓国最大のラップリアリティ番組への挑戦は、pH-1のキャリアにとって重大な転機となった。

SMTM777のプロデューサー陣は豪華だった。
Zico & Dean、BewhY & G2、Jay Park & Dok2のトリオが各チームを率いる構成。
pH-1はJay Park & Dok2チームに合流する形で番組を進めていく。
自身のレーベルオーナーであるJay Parkと同じチームというのは、プレッシャーでもあり、後ろ盾でもあった。

番組中で最も話題を集めたのが「Orange」feat. Jay Parkだ。
H1GHR MUSICの先輩であり、業界の顔でもあるJay Parkとの共演は、pH-1の立ち位置を一段引き上げた。
「Orange」はタイトル通り、鮮やかなカラーを持つトラックだ。
pH-1のバイリンガルフロウとJay Parkのウエストコーストを感じさせるラップが溶け合い、SMTM史上でも印象的なコラボパフォーマンスの一つとして記録された。

オーディション序盤から審査員たちはpH-1の英語力に注目した。
「英語が本当に自然すぎる」「フロウがアメリカのラッパーと同じ」という声が上がる一方、「でもそれは韓国のシーンで通用するのか?」という問いもあった。
pH-1はそのたびに、韓国語でのラップも十分なクオリティを持っていることを証明していく。
「どちらかではなく、両方できる」というのが彼の最大の武器だった。

準決勝まで進出したことで、全国規模のオーディエンスにpH-1の名前が刻まれた。
SMTM出演前と後では、彼の認知度は明らかに変わった。
インスタグラムのフォロワーが急増し、ストリーミング再生回数が跳ね上がる。
テレビという媒体が今でも持つ力を、このタイミングで最大限に活用した形だ。
そしてこの露出がきっかけとなり、翌2019年のアルバム「HALO」への期待値も一気に高まっていくことになる。


アルバム「HALO」全曲解説

2019年にリリースされたアルバム「HALO」は、Gaon Album Chart 21位を記録した。
タイトルの「HALO」は天使の輪光を意味し、クリスチャンとしての信仰的な語感と、アーティストとしての自己像を重ねた言葉として機能している。
このアルバムでpH-1は、バイリンガルラッパーとして、そして信仰者として、自分が誰であるかを音楽で提示することに成功した。

冒頭を飾る「Holy Water」はアルバム全体のムードを設定するオープナーだ。
タイトルからも明らかにクリスチャン的な世界観が色濃く出ており、神への感謝と自分のアイデンティティへの問いかけが重なり合う。
プロダクションはR&B寄りのメロウなトラックで、pH-1の声とフロウが映える仕上がりになっている。

「Neon (네온)」はシングルとして先行公開されたトラックで、アルバムの中でも特にキャッチーな仕上がりだ。
夜の都市の光景を描きながら、孤独と希望が交差する歌詞世界。
英語と韓国語のスイッチングが最もスムーズで、バイリンガルラップの魅力が凝縮された一曲と言える。

「Mirror」はセルフリフレクションを主題にした楽曲だ。
鏡の前に立って自分と向き合う、という比喩的なテーマは、クリスチャンとしての内省とリンクしている。
過去の自分、現在の自分、あるべき自分。
それらをフラットに見つめる視点が、このトラックには宿っている。

「Paranoia」はアルバム中でも最もダークなトーンを持つ曲だ。
成功への不安、周囲からの目、自分への懐疑。
ヒップホップアーティストとして認知されながらも、それが本当に自分の望むものなのかという葛藤が滲む。
バイリンガルならではのリリカルな複雑さが、このトラックで最もよく発揮されている。

「Drift」はフィーチャリングゲストを迎えた軽快なトラック。
グルーヴ感が前面に出た一曲で、ライブでの盛り上がりを意識したような作りになっている。
アルバムの流れの中でアクセントとして機能しており、重いテーマが続く中の息抜き的な役割も担っている。

「Love Again」はロマンティックな側面を持つ楽曲で、恋愛と信仰が交差する珍しいテーマを扱っている。
「神への愛と人への愛は別物か、それとも同じものか」という問いが、直接的ではないがサブテキストとして流れている。
メロウなビートの上に乗るフロウは、このアルバムの中で最も柔らかい表情を見せている。

アルバム全体を通して、プロダクションはトレンドを意識しつつも時代に流されない骨格を持っている。
トラップ的な要素も取り入れながら、R&BとNeo-Soulの感触を失わないバランス。
SMTM777で新規リスナーを獲得した後に出したアルバムとして、pH-1のアーティストとしての本質を提示することに成功した作品だ。


「But For Now Leave Me Alone」、内省の13曲

2022年9月にリリースされた「But For Now Leave Me Alone」は、pH-1のキャリアの中で最も内省的な作品だ。
全13曲という曲数は、単なるボリュームではなく、それだけ語ることがあったという密度を感じさせる。

タイトル「But For Now Leave Me Alone」は、「でも今は一人にしてほしい」という意味だ。
インタビューでpH-1は、このアルバムを制作するにあたって「一度すべてをシャットダウンして、自分の内側と向き合う時間が必要だった」と語っている。
コロナ禍という外的要因も影響していたとも言われているが、それ以上に個人的な変化や迷いが背景にあった。
成功の実感と、それが本当に望んでいたものかという疑問。
アーティストとしての前進と、人間としての立ち止まり。
そのせめぎ合いがこのアルバムを生んだ。

「Intro: But For Now」はアルバムの扉を開く短いインタールード的な一曲だ。
アコースティックな質感で、pH-1の声が剥き出しに近い状態で聴こえる。
「これから聴くことになる音楽は、かなり正直なものになる」という予告として機能している。

「Sinner」は信仰者としての自己矛盾を正面から扱った一曲だ。
クリスチャンであることと、ヒップホップアーティストであること。
その二つの間にある摩擦を隠さず歌詞に落とし込んでいる。
「完璧な信仰者ではない」という告白が、楽曲にリアリティを与えている。

「Dopamine」はメンタルヘルスをテーマに据えたトラックだ。
承認欲求、SNSへの依存、他者からの評価に揺さぶられる日常。
ドーパミンという神経伝達物質を使って、現代的な感情の動きを描いている。
生物学専攻という経歴が、ここで意外な形で顔を出している。

「Therapy」は文字通りセラピー的な機能を持つ楽曲で、聴く側にとっても「この感情、私にもある」と感じさせる共感性が高い。
コロナ禍に多くの人が経験した孤独や不安を、pH-1は自分の言葉で語りかけてくる。

「Pressure」はアーティストとして生きることのプレッシャーを描いた楽曲だ。
「次の作品は? もっと売れなくていいのか? ファンの期待に応えなくていいのか?」という外部からの声と、「でも自分がやりたいのはこれだ」という内側の声の衝突。
SMTM777で広く知られるようになった後に感じた、新たなプレッシャーの重さが歌詞に染み出ている。

「Coffee Shop」はうって変わって日常的な温度の一曲だ。
午後のカフェ、一人の時間、窓の外を流れる景色。
重いテーマが続くアルバムの中で、ふと息を抜けるような場面を作っている。
バイリンガルの歌詞が自然に流れ、pH-1の声が最もリラックスして聴こえる。

「Gravity」は人間関係における引力と反発をテーマにしている。
近づきたい、でも近づきすぎると壊れる。
その絶妙な距離感の揺らぎを、重力という物理的なメタファーで描いた詩的な一曲だ。

「Blind」は視点の変化をテーマにした楽曲で、自分が当然だと思っていたことが実は「見えていなかった」ことだったという気づきを歌っている。
信仰的な悟りの経験が下敷きにあるとも読めるが、普遍的な「目が開く」経験として受け取ることもできる。

「Rollercoaster」は浮き沈みの激しい感情的な旅を描いたトラックで、アップテンポなプロダクションと内省的な歌詞のコントラストが印象的だ。
クライマックスに向かうような曲展開は、アルバム後半への流れを作っている。

「Back to You」は誰かへの回帰を歌った楽曲で、神への回帰とも、大切な人への回帰とも読める多層的なテーマを持つ。
pH-1の楽曲の中でも特に歌詞の密度が高く、繰り返し聴くたびに新しい意味が見えてくる。

「Let You Go」はアルバムの中で最もエモーショナルな一曲だ。
離れなければならないものへの未練と、手放すことの必要性。
その葛藤が、pH-1の声に乗って静かに届いてくる。

「Outro: Leave Me Alone」はアルバムのタイトルに戻る形でクロージングする。
冒頭の「Intro」と対になる構造で、アルバム全体が一つの円環を描く。
「一人にしてほしかった。
でも、それでよかった」という着地点は、聴く者に静かな余韻を残す。

このアルバムは「But For Now Leave Me Alone」というタイトルの通り、外側に向けての作品ではなく、内側に向けての作品だ。
しかしそれが結果として、聴く者の内側にも届く。
内省が深いほど、普遍に近くなる、という逆説をpH-1は体現している。


バイリンガルラップのスタイルと技法

pH-1の最大の武器は、韓国語と英語を縦横無尽に使い分けるバイリンガルラップだ。
単に「二言語が使える」というレベルではなく、どちらの言語も母語的な感覚で操っている。
それは12歳からアメリカで育ち、英語で考え、韓国語で感情を持つという経験から生まれた能力だ。

具体的なスタイルとして、pH-1は一つのバース内で英語と韓国語を行き来することが多い。
例えばフックを英語で歌い、バースを韓国語でラップする、というシンプルな二分割ではなく、一行の中でさえ両言語が混在する。
「英語で始めて韓国語で落とす」「韓国語でビルドアップして英語でパンチラインを決める」という技法が随所に見られる。
これはどちらかの言語しか話せないリスナーにとっても、もう一方の言語の響きがリズムとして機能するため、不思議とすんなり入ってくる。

韓国語ラップの文脈では、音節のカウントや韻の踏み方に独自のロジックがある。
英語のフロウを韓国語に持ち込むことで、従来の韓国ヒップホップとは異なるリズム感が生まれる。
pH-1の歌詞を聴いていると、アメリカのストリートR&Bが韓国語に乗り移ったような感触がある。
言語が変わってもグルーヴが途切れない。
それが技術的に難しい部分であり、pH-1の最大の個性でもある。

また、声のテクスチャーを使い分ける能力も特徴的だ。
力強く押し出すラップスタイルと、語りかけるようなメロウな歌唱の間を、pH-1は自在に行き来する。
これはヒップホップとR&Bの両方に親しんで育ったことと無関係ではない。
「ラップかメロディーか」ではなく「そのモーメントに何が一番効くか」で選んでいるように聴こえる。

コーリアン・アメリカンのアーティストとして、pH-1はしばしば「どっちのシーンに属するのか」という問いを受けてきた。
アメリカのヒップホップシーンにとっては「韓国のラッパー」であり、韓国のシーンにとっては「アメリカ育ちの外から来た人」でもある。
その境界線上に立ち続けることで、pH-1は逆に誰にも真似できないポジションを確立した。
二つの文化の間で揺れることを、弱さではなく強さとして使っている。


クリスチャン信仰が音楽に与えている影響

もう一つの柱がクリスチャン信仰だ。
「真実・ポジティビティ・経験」という音楽の3キーワードは、信仰者としての価値観と地続きになっている。

pH-1のインタビューの中で、信仰についての言及は一貫している。
「自分の音楽は神から来ている」という表現を使うことがあるが、それは「神に捧げる音楽を作っている」という意味ではない。
むしろ「音楽を作る力と意味は、信仰から来ている」という感覚だ。
この区別は微妙だが、重要だ。
pH-1はゴスペルラッパーではない。
ただ、クリスチャンという軸が彼の音楽の根っこにある。

具体的な影響として最も明確なのは、歌詞のトーンだ。
多くのラッパーが闘争心、批判、欲望を前面に出す中で、pH-1はポジティビティと誠実さを武器にしてきた。
「HALO」というタイトルを選んだことも、「Holy Water」という曲を書いたことも、「But For Now Leave Me Alone」で内省を深めたことも、すべてこの信仰的なスタンスと地続きだ。

「Sinner」という曲で「自分は完璧なクリスチャンではない」と歌ったことも重要だ。
信仰をポジティブな自己演出として使うのではなく、自分の矛盾や弱さと向き合うためのレンズとして使っている。
その誠実さが、pH-1の音楽に説教くさくない深みを与えている。
信仰を持っているからこそ、自分の罪深さや迷いを正直に見つめられる。
その逆説的な構造が、彼の歌詞の最も面白いところだ。

クリスチャンのヒップホップアーティストとしては、アメリカにはLecrae、KB、Andy Mieoといった先人がいる。
pH-1はそのジャンルに直接コミットしているわけではないが、信仰を音楽の核に置くという姿勢は共通している。
韓国のヒップホップシーンでは、クリスチャン的な価値観を前面に出したラッパーはまだ少ない。
そういう意味でも、pH-1のポジションは独特だ。


K-HIPHOPにおける位置づけ

K-HIPHOPのシーンを俯瞰すると、pH-1が占める場所は独特だ。
ゴリゴリのアンダーグラウンド勢でも、アイドル寄りのメインストリームでもない。
アメリカのリアルな空気を知りながら、韓国語で語ることができるという、二重の正当性を持っている。

Jay Parkの下でH1GHR MUSICという場を得たことで、インディーとメジャーのあいだの回路に繋がった。
SMTM777という大舞台でも実力を示し、アルバムでもチャートに入る。
批評的な評価とセールスの両方を、それなりのレベルで維持してきたアーティストだ。

海外育ちのK-HIPHOPアーティストという文脈では、Jay Park自身もそうだし、他にも複数の名前が出てくる。
しかしpH-1の場合、その経歴の遠回り具合と、クリスチャン信仰という要素が、他と一線を画している。
生物学から歯科助手、Web開発を経てラッパーになった人間は、他にそういない。

2025年にChanminaとコラボしたことも示唆的だ。
K-HIPHOPが日本語圏のアーティストとクロスオーバーする際の回路として、pH-1は機能しうる存在だ。
日本のK-HIPHOPリスナーにとって、彼はまだ「発見途中」のアーティストかもしれない。
しかしその分、今聴き始めるのに遅くはない。

韓国語と英語と信仰と遠回りのキャリアを全部持って、pH-1はまだ音楽を作り続けている。
それだけで、追う価値がある。


マルのひとこと

pH-1の音楽を聴いていると、どこにいても自分の居場所を作れると思えてくる。
二つの文化の間で生きてきた彼の言葉は、優しくて力強い。

コメント