▶ アーティストページ:Giriboyと僕。
2018年9月22日リリース。
「空想科学音楽」。
SF映画の世界に飛び込みたい、地球から脱出したい、そんな願望をそのままアルバムにした。
ギリボイが「地球を脱出したい」と本気で思っていたかどうかはわからないが、この一枚を聴くと、そのリアリティが伝わってくる。
Just Music所属時代の5枚目のフルアルバム。
前作『사랑이기보단』から約1年半、ギリボイは完全にSFという衣をまとって戻ってきた。
コンパクトな全8曲の中に、ファッション、テクノロジー、ロマンス、現実逃避が詰め込まれている。
目次
- 作品概要
- Giriboyについて
- アルバムの流れ
- 各曲紹介
- サウンドの特徴
- ギリボイとSF
- ギリボイのキャリアにおける位置づけ
- 総評
- 「키보드」という発明
- Just Musicというレーベル
- 「공상과학음악」がギリボイを定義する理由
- ギリボイと恋愛表現
- 聴き方の提案
- 個人的ランキング
- BewhYとThe Quiettについて
- マルのひとこと
作品概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売日 | 2018年9月22日 |
| 形態 | 5thフルアルバム(全8曲) |
| ジャンル | ヒップホップ / トラップ / R&B |
| 所属 | Just Music |
| タイトル曲 | 키보드 / Skyblue |
| 客演 | YUMDDA / The Quiett / BewhY / 고어텍스 / 저스디스 / Swings |
| レーベル | Just Music Entertainment |
| プロデューサー | Giriboy |
Giriboyについて
기리보이(Giriboy)の本名は홍시영、1993年1月20日ソウル生まれ。
中学生の頃からSoundCloudで楽曲を発表し始め、10代のうちからその天才性を韓国のヒップホップシーンで認められた人物だ。
2011年にJust Musicと契約し、10代でプロとして活動をスタート。
ユーモアあふれる歌詞センスと、洗練されたプロダクションを自ら手がける才能で、早い段階から「천재/天才」と呼ばれるようになった。
ビョンマッ(병맛)と呼ばれるシュールなユーモアと、繊細な感情表現が共存する独特のスタイル。
ラップとメロディーを自在に行き来し、サビをポップにしながら歌詞では辛辣な皮肉を仕込む。
このアルバムはそのスタイルが最も遊び心豊かに発揮された一枚だ。
アルバムの流れ
全8曲、25分33秒。
コンパクトだが密度が高い。
短いアルバムだからこそ、一気に聴き通せて、聴き終わった後に「もう一周」と思わせる。
それがギリボイの計算だ。
インタビューでギリボイは「SF映画の世界に飛び込みたい」「地球から脱出したい」という願望を語っている。
そのまま音楽にしてしまった、というのがこのアルバムだ。
ロマンス曲にもSF的な雰囲気を付与するという独自のスタイルが貫かれていて、ファッション(acrnm)からバーチャルリアリティ(vr)まで、テーマが縦横無尽に跳ぶ。
タイトル曲が「키보드」と「Skyblue」の2曲あるのも珍しい。
この2曲は音楽的な方向性も対照的で、前者がサイバーパンクな電子音主体、後者が清涼なポップラップだ。
同じアルバムで異なる顔を持つタイトル曲が並ぶことで、「空想科学音楽」というコンセプトの幅の広さが証明されている。
客演陣も豪華だ。
YUMDDA(염따)、The Quiett、BewhY、고어텍스(Goretexx)、저스디스(JUSTHIS)、Swings。
韓国ヒップホップシーンのトップクラスを集めながら、それでもアルバム全体の統一感を崩さない。
これはプロデューサーとしてのギリボイの力量を示している。
各曲紹介
01 I4P.KR
ギリボイが経営するファッションブランド「I4P」の名を冠したイントロ。
SF的な非日常感でアルバムの世界観を開く。
電子音とシンセが重なり合い、まるで宇宙空間への扉が開くような感覚。
ギリボイが音楽だけでなくファッションにも精力的であることは知られているが、自分のブランド名をアルバムのイントロに使うのは、音楽とファッションが彼の中で分かちがたく結びついていることの表れだ。
02 키보드キボドゥ★タイトル曲
SF映画の世界観で描く幻想的なラブソング。
キーボードを叩いて想いを伝えたい、という、現代的で少し不器用な恋愛表現。
画面越しの感情が、リアルよりも正直に伝わってしまうことがある。
テキストを打つ指先に乗る感情、それをSFのコスチュームに包んで差し出す。
「키보드(キーボード)」というモチーフの選択がすでに天才的だ。
告白を直接できない、だからキーボードで打って伝える。
それは現代のコミュニケーションの核心を突いている。
メロディーは中毒性が高く、一度聴いたら頭から離れない。
タイトル曲に相応しい、アルバムの顔だ。
03 키스キス feat. YUMDDA(キス)
염따/YUMDDAを迎えた、軽快な掛け合い。
キスへの期待と衝動を、ふたりが笑えるくらい正直に歌う。
YUMDDAは当時Just Music所属の後輩ラッパーで、ギリボイとの相性は抜群だった。
シュールな言葉選びで恋愛の衝動をユーモラスに描くスタイルが、ここでも冴えている。
「キス」という直接的なテーマを、臆面なく正直に歌えるのもギリボイならでは。
恥ずかしがらず、かといって下品にならず、「ただ正直な欲求」として提示する。
その塩梅がギリボイの真骨頂だ。
04 hook송ソン/フックソング
「フックソング」とはサビが中毒性のある曲のこと。
その名の通り、サビを前面に出した構成。
繰り返すほどに頭から離れなくなる。
タイトルで「これはフックソングです」と宣言してしまうあたり、ギリボイのメタ的なユーモアが光っている。
実際にフックの引力が強く、聴いていると気づけばサビを口ずさんでいる。
「フックソングと名付けることで、フックソングになる」という逆説的な自己実現が起きている一曲だ。
ギリボイの遊び心が最もポップに出た曲とも言える。
05 Skyblue feat. The Quiett, BewhY★タイトル曲
The QuiettとBewhYという韓国ヒップホップを代表するふたりを迎えた豪華な一曲。
淡い青空のような清涼感の中に恋愛の高揚感を描く。
BewhYとギリボイは、SMTM8でチームを組む間柄。
この曲にはその信頼関係が滲んでいる。
The Quiettのバースは落ち着いた貫禄があり、BewhYの独特なフロウとメロディーがアクセントになっている。
ギリボイ自身のパートは軽やかで、「空色(Skyblue)」という言葉が持つ抜けた明るさを体現している。
この3人が同じトラックに乗っているだけで、すでに一つの事件だ。
Skyblue、このアルバムで一番「空」を感じられる曲だ。
06 acrnm feat. 고어텍스ゴオテクス
ハイエンドなアウトドアブランドACRONYMへの愛着からタイトルが来ている。
ギリボイが特に愛着を語った一曲で「流行りのトラップに壮大さを乗せたかった」というビジョンが、重厚なビートで実現されている。
고어텍스(Goretexx)というラッパーの存在感が、この曲に工業的なテクスチャーを加えている。
ACRONYMはドイツ発のテクニカルウェアブランドで、機能性と美学を高次元で融合させたことで知られる。
そのブランドの哲学とギリボイの音楽は、どこか通じるものがある。
実用的でありながら美しく、普通でないものを普通の場所に置く。
この曲はファッションへの愛とヒップホップへの愛が重なった瞬間だ。
07 vr feat. 저스디스ジャスティス, Swings(バーチャルリアリティ)
バーチャルリアリティをテーマにした実験的トラック。
저스디스とSwingsという個性派ふたりと共に、現実逃避の欲望を音楽で体現する。
師匠Swings、ここでも登場。
Swingsはギリボイが敬意を示し続けているラッパーで、このアルバムへの参加は師弟関係の証でもある。
JUSTHISは独特のフロウと哲学的な歌詞で知られ、「バーチャルリアリティ」という概念を音楽的に咀嚼する能力がある。
現実から逃げ出したい気持ち、VRの中に本当の自分を見つけようとする感覚を、三者三様のアプローチで描く。
2018年という時代に、VRを音楽のテーマとして取り上げたことも先進的だった。
08 www
1分28秒。
アルバムを締めるショートトラック。
World Wide Webという言葉で、デジタル世界への帰還を示す。
この短さで十分、という判断がギリボイらしい。
I4P.KRで始まり、wwwで終わる。
どちらもインターネット・デジタル世界を参照するタイトルだ。
アルバムがひとつの「ウェブサイト」であるかのような構成、SF的デジタル世界への旅が始まり、そして帰還する。
25分のアルバムがこの短いアウトロで静かに幕を閉じる。
サウンドの特徴
このアルバムのサウンドを一言で言うなら「サイバーポップ」だ。
シンセとトラップビートを基調としながら、SF映画のサウンドトラックのような宇宙的な広がりを持たせている。
電子音の質感が、他のJust Music作品とは一線を画している。
ギリボイ自身がプロデュースを手がけているだけに、全曲にわたってサウンドの統一感がある。
トラップのビートを使いながら、メロディーラインは驚くほどポップに仕上げる。
この「ハードなベース、柔らかいメロディー」の対比が、このアルバムのどの曲にも一貫して流れている。
2018年の韓国ヒップホップシーンは、Mnet「Show Me The Money」シリーズの影響でトラップサウンドが全盛だった。
ギリボイもそのトレンドを踏まえながら、SFという独自の衣をまとうことで差別化している。
時代の音を使いながら、時代に流されない、それがこのアルバムの美徳だ。
ギリボイとSF
ギリボイがSFに惹かれるのは、単なる趣味ではないと思う。
ソウルという都市で生まれ育ち、競争社会の中でラッパーとして生き残ってきた彼にとって、「地球の外」は純粋な逃避願望の象徴だ。
韓国社会の息苦しさから、SF的な妄想で抜け出す。
そういう切実さが、このアルバムの「空想科学音楽」というタイトルに込められている。
ファッションとSFが並列に置かれているのも興味深い。
ACRONYMというブランド名がそのまま曲名になり、VRがテーマになり、WWWで幕を閉じる。
テクノロジーへの愛着、未来への憧憬、現在への不満、全部がこのアルバムの中に同居している。
「空想科学音楽」という名前は、そのすべてを包含するのに最もふさわしいタイトルだ。
ギリボイのキャリアにおける位置づけ
このアルバムは、ギリボイのキャリアにおけるポップ期の頂点に位置する一枚だ。
次作『100년제전문대학』では社会批評的な色が強まり、その次の『치명적인 앨범3』ではバラードへの転換が始まる。
このアルバムは、ポップとユーモアとSFが全部乗っかった、ある意味で最も「楽しいギリボイ」だ。
Just Musicの5枚目として、ギリボイは独自の世界観を確立した。
同レーベルのSwings(師匠)とBewhYとのコラボを実現させ、K-HIPHOPシーンの中で「個性派」としての地位を固めた一枚でもある。
「空想科学音楽」、このタイトルを思いついた時点で、このアルバムは完成していたのかもしれない。
総評
現実から飛び出したい、という気持ちをそのまま音楽にしてしまった、正直すぎるアルバムだ。
SF・テクノロジー・ファッション・ロマンス、全部をまとめて「空想科学音楽」というタイトルで括る。
全8曲でこれだけ濃い世界観を作り上げたことが、この一枚の最大の成果だ。
25分という短さは、聴き返すハードルを限りなく低くしている。
一周してまたすぐ最初に戻れる。
そのコンパクトさが、長く愛聴盤になる理由だ。
客演陣の豪華さも、このアルバムの資産だ。
それぞれの個性が際立ちながら、アルバム全体の世界観が壊れない。
プロデューサーとしてのギリボイの手腕が光る。
「空想科学音楽」、聴けば聴くほど、その「空想」の密度に気づいていく。
「키보드キボドゥ」という発明
「키보드(キーボード)」というタイトルについて、もう少し深く考えたい。
告白の手段としてキーボードを選ぶことの現代性は、2018年に聴いても、2025年に聴いても変わらない普遍性を持っている。
むしろ、テキストコミュニケーションが当たり前になった今の時代に聴くと、この曲はさらにリアルに響く。
画面の向こうに伝わる感情、打ち込んだ文字列に込めた気持ち。
それを「SF映画の世界観」で包むことで、日常のテキストメッセージに宇宙的な重みが生まれる。
「好き」という三文字をスマートフォンで送ることの、取り返しのつかない感じ。
それをギリボイは「キーボードを叩いて伝える」と歌う。
この切り取り方の発明性が、このアルバムのタイトル曲として完璧だ。
Just Musicというレーベル
Just Musicは韓国ヒップホップシーンを代表するレーベルのひとつで、Swingsが2012年に設立した。
Swings自身がハードコアなラッパーとして知られながら、プロデューサー・レーベルオーナーとして若い才能を発掘し育ててきた。
ギリボイ、nafla、Kid Milli、BIG Naughtyなど、韓国ヒップホップの次世代を担うアーティストたちがJust Musicから出ている。
ギリボイは10代でJust Musicと契約し、そのレーベルで10年以上キャリアを積んだ。
師匠Swingsからの影響は計り知れないが、ギリボイは師匠のスタイルをそのまま模倣せず、独自のポップとユーモアの路線を確立した。
このアルバムで師匠Swingsが客演として登場することは、その関係の証だ。
「공상과학コンサングァハク음악ウマク」がギリボイを定義する理由
「空想科学音楽」というコンセプトは、ギリボイの本質を最もよく言い表している言葉かもしれない。
「空想」は現実から離れた夢想、「科学」は論理と分析、「音楽」はその二つを繋ぐもの。
夢見がちで、同時に計算高く、それを音楽として差し出す。
それがギリボイだ。
韓国ヒップホップの多くのアーティストが「現実」を歌う中で、ギリボイは「現実から逃げたい」という気持ちを歌った。
その正直さは独自のものだ。
逃げたいと思う自分を恥じるのではなく、「地球から脱出したい」という気持ちをSF的な世界観で堂々と音楽にする。
その開き直りと自由さが、このアルバムをギリボイのキャリアの中でも特別なものにしている。
このアルバムを聴いた後に、他のアルバムへと遡って聴いていくと、ギリボイがこのSF期からどのように変化していくかがよくわかる。
SF・ユーモア・ポップから、社会批評へ、バラードへ、内省的な日常へ。
その変化の起点として、「공상과학음악(空想科学音楽)」は重要なアルバムだ。
ギリボイと恋愛表現
このアルバムの恋愛表現の特徴は「正直すぎること」だ。
「キス feat. YUMDDA」では「キスしたい」と直接言う。
「キーボード」では「キーボードで伝えたい」と告白する手段から歌う。
その直接性は、韓国のラブソングの文脈でも珍しい。
多くのラブソングが比喩や婉曲表現を多用する中で、ギリボイは「したい」「伝えたい」という動詞を直接置く。
その率直さが、ギリボイの恋愛表現の核だ。
「空想科学」という装飾をまとっていても、感情の核は直球だ。
SFという外装と、正直な感情の中身が、このアルバムの化学反応を生んでいる。
聴き方の提案
このアルバムは通勤・通学中に聴くと効果的だ。
25分という短さが、電車や地下鉄の移動にちょうどいい。
日常の風景がSFに変わり、通り過ぎる景色に宇宙的な広がりが加わる。
I4P.KRのイントロが始まった瞬間から、その日常が「空想科学」に変容する感覚を楽しんでほしい。
Skyblueを聴きながら空を見上げるのも最高だ。
The Quiettのバースで深く頷き、BewhYのメロディーで思わず体が動く。
そして「www」の1分28秒で静かに現実に戻ってくる。
その旅の繰り返しが、このアルバムの正しい楽しみ方だ。
初めてギリボイを聴く人には、このアルバムから入ることを薦めたい。
一番ポップで、一番とっつきやすく、それでもギリボイの本質がちゃんと入っている。
「空想科学音楽」から入って、前後のアルバムへと広がっていく。
そのルートが、ギリボイというアーティストを最も自然に理解できる道だと思う。
個人的ランキング
1位 Skyblue feat. The Quiett, BewhY
2位 acrnm feat. 고어텍스
3位 키스 feat. YUMDDA
BewhYとThe Quiettについて
Skyblueに参加したBewhYとThe Quiettについても触れておきたい。
BewhYは独特のフロウとスピリチュアルな歌詞で知られるラッパーで、「Show Me The Money 5(SMTM5)」での優勝で一躍韓国全土に名を知られた。
ギリボイとはSMTM8でチームを組み、その縁でこのコラボが実現した。
The Quiettは「Cohort」「Illionaire Records」を主宰してきた重鎮ラッパーで、その落ち着いた知性的なフロウは韓国ヒップホップの教科書的な存在だ。
ギリボイ、BewhY、The Quiettという組み合わせは、2018年時点での韓国ヒップホップのある種の「ドリームチーム」だった。
この三者が「Skyblue(空色)」というポップな一曲で集まったことが、このアルバムの象徴的な場面だ。
マルのひとこと
「Skyblue」のBewhYのバースを初めて聴いた時、思わず声が出た。
僕がギリボイを掘り始めたきっかけのひとつがこのアルバムで、SFと恋愛がこんなふうに混ざり合うのかと、妙に感動したことを覚えている。
25分という短さが逆に「また聴きたい」という気持ちを引き出して、気づけばこのアルバムを何十回も繰り返していた。
「キーボード」でテキストを打つ指先の感覚と、「www」の最後の静寂と、その二つがあるだけで、このアルバムはもう完璧だと思う。
SF的な装飾は気にしなくていい、ただ流れに身を任せれば、ギリボイが25分でどこか別の場所に連れて行ってくれる。
それが「空想科学音楽」の本当の意味だと、僕は今もそう信じている。
ギリボイのアルバムの中でどれか一枚だけ持ち島に行けと言われたら、このアルバムを選ぶかもしれない。
25分で何度でも繰り返せて、聴くたびに何か違う発見がある。
SFと恋愛とファッションが、たった25分の中にこれほど凝縮されることがあるんだと、聴くたびに思う。
ギリボイのキャリアを追いかける入門書として、このアルバムは最適だと思っている。
次に6집、7집と進んで、バラード路線の深化を知って、また5집に戻ってくると、見え方が変わる。
そういう「入口」であり続ける一枚だ。
▶ アーティストページ:Giriboyと僕。


