저스디스 (JustHis) という名前を最初に見たとき、読み方がわからなかった。
「저스디스」。
ジョスティス、と読む。
英語で書けばJustHis。
直訳すれば「ただ彼の」だが、本人の文脈で読めば「これは俺だけのもの」みたいなニュアンスに聞こえる。
韓国語と英語のダブルミーニングを名前に仕込んでくる時点で、このラッパーは只者じゃない。
K-HIPHOPを掘り始めた頃、このジャンルに対して僕が持っていたイメージは「カッコよくてうまい人がたくさんいる」という、なんとも雑なものだった。
でもJustHisを聴いて、それが少し更新された。
うまいとかカッコいいとか、そういう軸じゃない人がいる。
「詩を書いている人」がいる。
韓国語がわからなくても、メロディーと声の乗り方だけで何かが伝わってくる。
それはたぶん、彼が言葉を音として扱うのと同時に、感情の容器として扱っているからだと思う。
2016年のデビューアルバム「2 Many Homes 4 1 Kid」から2025年の「LIT」まで、約10年。
その間にShow Me The Moneyのプロデューサーとして全国区の顔になり、叙情派ラッパーとして孤高のポジションを確立した。
K-HIPHOPのアーカイブを作っているこのサイト「うりぬん」として、JustHisを避けて通ることはできない。
というわけで、今回はJustHisという人物を、できる限り丁寧に追いかけてみたい。
目次
1. プロフィール
2. ディスコグラフィー
3. デビュー作「2 Many Homes 4 1 Kid」が変えたもの
4. Show Me The Money 時代、プロデューサーという新たな顔
5. 「Do Not Go Gentle Into That Good Night」詩人としての覚悟
6. 2025年「LIT」、10年越しの第2章
7. JustHisが持つ叙情性の正体
8. マルのひとこと
プロフィール
本名: 허승 (Heo Seung / ホ・スン)
生年月日: 1991年5月7日
出身: ソウル
身長: 168cm
デビュー: 2015年「No One / 노원」
所属クルー: IMJMWDP (I’m Just Making Music With Dope People)
レーベル: All Caps Entertainment (自身が設立)
元所属: GROOVL1N (2025年11月まで)
JustHisは1991年生まれ、ソウル出身のラッパーだ。
本名はHeo Seung (허승)。
2015年にシングル「No One」でデビューし、翌2016年に発表したデビューアルバム「2 Many Homes 4 1 Kid」で一気に注目を集めた。
長らくGROOVL1Nに所属していたが、2025年11月に独立し、自身のレーベルAll Caps Entertainmentを拠点に活動を続けている。
クルーはIMJMWDP、つまり「I’m Just Making Music With Dope People」の略で、このユーモラスなクルー名もまた彼らしい。
音楽に対してストイックでありながら、名前やタイトルにユーモアとひねりを忍ばせる。
そのバランス感覚が、JustHisというアーティストの魅力の一端を担っている。
ディスコグラフィー
| 年 | タイトル | 形式 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2015 | No One (노원) | シングル | デビュー曲 |
| 2016 | 2 Many Homes 4 1 Kid | アルバム | デビューアルバム、全14曲 |
| 2017 | Tru Rich | シングル | |
| 2018 | 4 the Youth (with Paloalto) | コラボアルバム | Paloaltoとの共同作品 |
| 2018 | IndiGO | シングル | Kid Milli、NO:EL、Young Bと共同 |
| 2019 | THISISJUSTHIS | シングル | |
| 2021 | G+Jus | シングル | |
| 2021 | Do Not Go Gentle Into That Good Night | シングル/EP | |
| 2022 | Do Not Go Gentle Into That Good Night II | EP | SMTM11前後に発表 |
| 2024 | GOAT | シングル | |
| 2024 | VIVID | シングル | |
| 2025 | LIT | アルバム | 2ndアルバム、全20曲、11月20日発売 |
デビュー作「2 Many Homes 4 1 Kid」が変えたもの
2016年6月14日。
JustHisがデビューアルバム「2 Many Homes 4 1 Kid」を世に出した日だ。
タイトルを直訳すると「一人の子供には多すぎる家」になる。
タイトルからして、もう只者じゃない。
全14曲、43分07秒。
ジャズラップ、ブームバップ、実験的なヒップホップ、トラップ、アブストラクトヒップホップ。
これだけのジャンルが一枚のアルバムに同居している。
日本で言えば、chelmico と Nulbarich と BASI が合体したような雰囲気、と言っても伝わらないかもしれないが、要するに「上質なんだけど引き出しが多すぎる」ということだ。
このアルバムが韓国のK-HIPHOPシーンに与えたインパクトは、後追いで聴く僕でも感じ取れる。
2016年というのは、韓国ヒップホップがメインストリームに向けてどんどん加速していた時期だ。
そんな中で、JustHisはあえて内向きな作品を作った。
派手なフックもない。
わかりやすいキャッチーさもない。
ただ、ひたすらに「詩」として成立している14曲がある。
アルバムタイトルが示すように、このアルバムは「根無し草」の感覚を持つ人間の物語だ。
どこにでも家があるようで、どこにも本当の居場所がない。
そういう感覚を、彼は韓国語のラップで表現した。
韓国語がわからなくても、そのメランコリーはビートと声の質感から伝わってくる。
それがJustHisの凄みだと思う。
言語を超えてしまう何かを持っている。
プロダクションも特筆すべきで、ジャズのサンプルとローファイなビートが組み合わさった音像は、当時の韓国ヒップホップの中でも異彩を放っていた。
J Dilla的なアプローチをソウル的な叙情性と融合させた、という感じがする。
日本で言えば、BASIの「ミッドナイト」あたりに共鳴するものがあるかもしれない。
ビートが感情を「補強」するのではなく、感情そのものを「代弁」している。
このアルバムが出た時点で、JustHisは単なる「上手いラッパー」ではなく「アーティスト」として認識された。
その評価は今も変わっていない。
むしろ、時間が経つほど輝きを増している。
それは名盤の証だ。
Show Me The Money 時代、プロデューサーという新たな顔
Show Me The Money (SMTM) という番組がある。
韓国のMnetが放送するヒップホップオーディション番組で、K-HIPHOPのスターたちが次世代のラッパーを発掘する、あの番組だ。
韓国では国民的なコンテンツで、日本で言えばKing of Kingsとケンカを100倍スケールアップしたような影響力がある。
JustHisがこの番組にプロデューサーとして参加したのは、Season 9 (2019〜2020年) のことだった。
それまで「叙情派の孤高のラッパー」として知られていたJustHisが、全国放送の審判席に座る。
その対比が面白い。
Show Me The Money 9でのJustHisの審査スタイルは、とにかく「本物かどうか」を見ていた、という印象がある。
技術よりも、その人間が何を伝えたいのかを重視する。
自分のデビュー作で「詩」を作った人間らしい視点だ。
2021年にはSeason 10にスペシャルゲストとして登場。
そして2022年のSeason 11では、R.Teeとのタッグでプロデューサーチームとして参戦した。
このSMTM11では、Jay Park & Slom、The Quiett & Leellamarz、lIlBOI & GroovyRoomといった錚々たるチームと並んで、TEAM JUSTHIS & R.Teeとして戦った。
SMTM出演によってJustHisの知名度は飛躍的に上がった。
それまで「知る人ぞ知る叙情派ラッパー」だった彼が、韓国のヒップホップファン全員に顔と名前を認識される存在になった。
でも面白いのは、SMTM出演後も彼の作品のトーンが変わらなかったことだ。
人気が出ても、わかりやすい方向に媚びない。
テレビに出たからといって、詩を書くのをやめなかった。
そのブレなさが、コアなファンの信頼を獲得し続けた理由だと思う。
日本で言えば、フリースタイルダンジョンで判定役を務めながらも、ソロ作では内省的な詩を作り続けた、みたいなイメージだろうか。
テレビの顔と、スタジオの顔が一致しない。
そのギャップがまたJustHisの魅力になっている。
「Do Not Go Gentle Into That Good Night」詩人としての覚悟
2021年から2022年にかけて、JustHisは「Do Not Go Gentle Into That Good Night」というタイトルの作品を連作として発表した。
このタイトルは、ウェールズの詩人ディラン・トマスの有名な詩「Do not go gentle into that good night」から取られている。
「穏やかにあの夜に消えるな」という意味だ。
ディラン・トマス。
ラッパーが詩人の名前をタイトルに使う、という行為自体がメッセージだ。
「自分は詩人としてラップをやっている」という宣言。
それも控えめにではなく、世界的な詩人の代表作をタイトルに据えるという、ある種の傲慢さとも言える確信をもって。
2022年に発表されたEP「Do Not Go Gentle Into That Good Night II」の収録曲を見ると、そのコラボレーターの豪華さに驚かされる。
KWAIIやDon Malik、GongGongGoo、ILLINIT、Code Kunst、GroovyRoom、Simoといった名前が並ぶ。
中でもCode KunstやGroovyRoomとの仕事は、プロダクションの深みをさらに増している。
このEPに収録されている「Red Pill (Born from the Blue Pt. II)」というCode Kunst制作の曲は特に印象的だ。
タイトルだけで映画「マトリックス」のあの有名なシーンが浮かぶが、JustHisはそこに「青から生まれた」という対概念を加えてくる。
赤と青、覚醒と眠り、真実と幻想。
言葉遊びの層が深い。
また収録曲の「Fax」はGroovyRoom制作だ。
GroovyRoomといえば、K-HIPHOPプロデューサーチームの中でも特にリリカルな感性を持つ2人組として知られているが、そのGroovyRoomとJustHisが組むと、音の質感がさらに詩的になる。
ビートとリリックが水と魚のような関係になる瞬間があって、そういうトラックに当たるとひとりで「これだ」と呟いてしまう。
「Do Not Go Gentle Into That Good Night」という連作は、JustHisが「自分は絶対に消えない」という意思を表明した作品群だと解釈している。
SMTM出演で注目を浴びた後、安易な方向に流れることなく、むしろより詩的な方向を深掘りした。
そのことに僕は、ある種の格好良さを感じる。
テレビで人気が出た後に「よし、詩集でも出すか」という人間は、そうそういない。
2025年「LIT」、10年越しの第2章
2025年11月20日。
JustHisがセカンドアルバム「LIT」を発表した。
デビューアルバム「2 Many Homes 4 1 Kid」から約9年半。
それだけの時間をかけて、彼は2枚目のフルアルバムを作った。
全20曲。
「LIT」というタイトルは英語のスラングで「盛り上がっている」「最高な状態」を意味するが、JustHisがこのタイトルを使うとひねりが加わる気がする。
火がついた、という意味でもあるし、文学的な意味での「光」でもある。
彼のタイトルセンスはいつもこうだ。
表面的な意味の下に、もう一層の意味が埋まっている。
このアルバムの音楽的な特徴として、うねるベースラインとジャズ的な鍵盤が融合したプロダクションが挙げられる。
デビューアルバムのローファイなジャズラップ路線を継承しながらも、よりライブ感のある有機的なサウンドになっている。
10年間で磨かれた音楽的語彙が、全20曲の中に惜しみなく詰め込まれている。
「LIT」はデビューアルバムと同様に、内省的な旅路を辿るアルバムだ。
でもその内省の質が変わっている。
20代の内省と、30代の内省は違う。
20代は「自分とは何者か」という問いに向き合う。
30代は「自分はここまで何をしてきたか」と問い始める。
「LIT」はどちらかと言えば後者の問いから生まれたアルバムだと感じる。
また、このアルバムを発表した時点でJustHisはGROOVL1Nを離れ、自身のレーベルAll Caps Entertainmentとして独立していた。
All Caps、つまり「すべて大文字で」という名前のレーベル。
これもまた彼らしいネーミングだ。
妥協しない、全部本気でやる、という宣言のように聞こえる。
10年かけて作ったセカンドアルバムを、自分のレーベルから出す。
その潔さに、僕は少し胸を突かれた。
2024年にリリースしていた「GOAT」「VIVID」という2曲のシングルは、このアルバムへの助走だったのかもしれない。
GOATはもちろん「Greatest Of All Time」の略で、これもまたJustHis流の確信に満ちたタイトルだ。
自分を「最高」と名乗れる自信は、10年間一切ブレなかった人間にしか許されない。
JustHisが持つ叙情性の正体
JustHisの音楽を聴き続けて気づいたことがある。
彼の叙情性は「悲しみ」から来ていない。
「摩擦」から来ている。
デビューアルバムのタイトル「2 Many Homes 4 1 Kid」。
「一人の子供には多すぎる家」。
これは「家がない」という絶望ではなく、「家が多すぎる」という奇妙な過剰さから来る孤独だ。
与えられすぎているのに、どこにも居場所を感じられない。
そういう複雑な感覚を、彼はラップにする。
「Do Not Go Gentle Into That Good Night」というタイトルも同様だ。
穏やかに消えるな、という怒りは、消えることへの恐怖ではなく、消えることへの抵抗だ。
存在し続けることへの執念、と言ってもいい。
そういう「諦めない」という意思が、彼の音楽の底流にある。
日本のリスナーとして聴いたとき、JustHisの音楽はどこかに届く感覚がある。
韓国語がわからなくても、ビートと声だけで何かが伝わる。
これは技術的な問題ではなく、感情の誠実さの問題だと思う。
本当のことを言っている人間の声は、言語を超えて届く。
K-HIPHOPには技術自慢のラッパーが多い。
早口、複雑なフロウ、ライム構造の緻密さ。
もちろんJustHisもその技術は持っているんだろう。
でも彼の音楽を聴いていると、技術は全部「感情を届けるための道具」として機能していることがわかる。
逆に言えば、感情を届けるために必要な技術だけを使う、という潔い選択をしている。
Paloaltoとの共作「4 the Youth」も、その文脈で聴くと面白い。
Paloaltoはウエストコーストスタイルの洗練されたラップを得意とするが、JustHisと組むとその洗練さにJustHis的な叙情性が加わる。
お互いの個性が溶け合って、どちらとも違う何かが生まれる。
そういうコラボレーションができるのも、JustHisの音楽的な間口の広さを示している。
また2018年にKid Milli、NO:EL、Young Bと共に発表した「IndiGO」という曲も、当時のK-HIPHOPシーンを振り返るうえで重要な作品だ。
Indigoというインディーズ精神と、Go という前進のメッセージを合わせたタイトル。
メインストリームに飲み込まれる前の、インディーズシーンの熱量を記録した一曲として記憶されている。
クルーIMJMWDPの名前、「I’m Just Making Music With Dope People」も改めて考えると面白い。
大げさな目標も、商業的な野心も表明しない。
「いい人たちといい音楽を作っているだけです」という飄々とした態度。
でもその結果として生まれた音楽は、飄々とは程遠い深さを持っている。
その「言ってることとやってることのギャップ」もまた、JustHisの魅力の一部だ。
10年間、ひとつの方向性を変えずに深掘りし続けた人間だけが持てる重みがある。
K-HIPHOPのシーンは激しく移り変わる。
トレンドは毎年変わり、新しいスタイルが次々と生まれる。
そんな中で、JustHisはずっと「詩を書くラッパー」であり続けた。
それは選択であり、覚悟だ。
「Do Not Go Gentle Into That Good Night」という言葉は、そのままJustHis自身の生き方を表している。
K-HIPHOPに興味を持って、まだJustHisを聴いていないとしたら、今すぐ「2 Many Homes 4 1 Kid」を開いてほしい。
韓国語がわからなくて構わない。
ビートと声だけ受け取っても、十分に何かが伝わるはずだから。
もしそれで何かを感じたなら、あとは時間が解決してくれる。
気づいたら全作品を聴き終えている自分がいるはずだ。
それがJustHisという音楽の引力だ。
K-HIPHOPというジャンルのアーカイブをこのサイト「うりぬん」で作っているが、JustHisはその中でも特別な場所に位置するアーティストだ。
GroovyRoomやJay Parkが「K-HIPHOPを広げた人たち」だとすれば、JustHisは「K-HIPHOPの深さを証明した人」と言えるかもしれない。
広さと深さ、どちらも必要で、どちらも同じくらい大切だ。
そしてJustHisが10年かけて作り上げた「深さ」は、このジャンルの財産になっていると思う。
彼の次の作品を、僕はもう楽しみにしている。
マルのひとこと
JustHisを初めてちゃんと聴いたのは、深夜にK-HIPHOPのプレイリストをランダム再生していたときだった。
「2 Many Homes 4 1 Kid」のイントロが流れた瞬間、スクロールする手が止まった。
音楽でそれが起きるのは、多くない。
僕は別に音楽評論家でも何でもないし、ただのK-HIPHOPオタクに過ぎないけれど、それでもあの瞬間の「これは何だ」という感覚は鮮明に覚えている。
韓国語がまったくわからないのに、何かが伝わってきた。
そういう音楽がある。
言語の壁を飛び越えてくる声がある。
JustHisはそういうラッパーだ。
うりぬん、「LIT」を全曲訳しながら聴いてみたい。



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