顔を、ほとんど出さない。
メインボーカルも、いない。
テレビの歌番組にも、ろくに出ない。
なのに、ミリオンを連発した男たちがいる。
015B(공일오비/コンイロビ)。
韓国で初めて「プロデューサー・グループ」を名乗り、初めて「客員ボーカル(フィーチャリング)」という仕組みを持ち込んだ、革命家たちだ。
ソ・テジが10代の心を掴んだその同じ時代に。
015Bは、当時の20代「X세대(エックスセデ/X世代)」の感性を、まるごと代弁した。
そして35年。
彼らは今も、毎月のように新曲を出している。
最近は、AIに歌わせてまで。
顔の見えない天才たちの話を、見てみてほしい。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| グループ名 | 015B/공일오비(コンイロビ) |
| メンバー | 정석원/チョン・ソグォン(弟) 장호일/チャン・ホイル(兄) |
| デビュー | 1990年7月15日(1集『공·일·오·비』) |
| ジャンル | ハウス、バラード、エレクトロニカ、レトロ |
| 形態 | 韓国初のプロデューサー・グループ (メインボーカル不在) |
| 母体 | 무한궤도/ムハングェド(無限軌道) |
| 特記事項 | 韓国初の客員ボーカル(フィーチャリング)制度の元祖。 3集・4集ともにミリオンセラー |
015Bという発明
015Bは、1989年に結成され、2026年の今も活動している韓国初のプロデューサー・グループだ。
普通、グループには「歌う人(メインボーカル)」がいる。
だが015Bには、いない。
いるのは、作るプロデューサーと演奏者だけ。
曲ごとに、その曲にいちばん合う声の持ち主を呼んできて歌わせる。
この「객원가수(ケグォンガス/客員歌手)」というシステムを、韓国で初めてやったのが015Bだった。
今でこそ「feat.」は当たり前だ。
でも当時の韓国歌謡は、ボーカルこそが主役。
そのど真ん中に「歌わない主役」を据えたのだから、これはもう発明である。
メンバーは、プロデューサー兼作曲家の정석원(チョン・ソグォン)と、その兄でプロデューサー兼ギタリストの장호일(チャン・ホイル)。
たった二人で、90年代の韓国に「プロデューサーがスターになる」未来を、20年以上早く見せてしまった。
二人の頭脳
015Bは、よく「정석원(弟)のワンマンチーム」と言われる。
ほとんどの曲を弟が書いているからだ。
でも、それは半分しか当たっていない。
音楽を作るのが弟なら、015Bを世の中とつなぐのが兄。
役割が、きれいに分かれている。
정석원(チョン・ソグォン/Jung Sukwon) 作曲・プロデュース
1968年生まれ。
ソウル大学の工学部コンピュータ工学科出身という、理系の天才肌だ。
015Bのほぼ全曲を、作詞・作曲・編曲する人。
1枚のアルバムの中で、ハウス、メタル、弦楽アレンジ、インダストリアルと、毎回まるで違うジャンルを涼しい顔で並べてみせる。
しかも、ちゃんとキャッチー。
PC通信全盛の当時、彼にはこんな異名がついた。
「작곡계의 독재자/ジャッコッケエ ドッジェジャ(作曲界の独裁者)」
「황제/ファンジェ(皇帝)」。
褒め言葉である。
そのくせ、彼はほとんど表に出ない。
「見せるものがないから」と、コンサート以外のテレビ出演をかたくなに拒んだ。
015Bが顔の見えないグループになったのは、半分はこの人のせいだ。
015Bの外でも、彼の手腕は鳴り響く。
박정현(パク・ジョンヒョン)の名盤『Op.4』(「꿈에/ックメ」)、아이유/アイユ(IU)、가인/ガイン、이승환/イ・スンファン、そして윤종신/ユン・ジョンシン……。
これまでに作・編曲した曲は、300曲を優に超える。
장호일(チャン・ホイル/Jang Ho-il) ギター・プロデュース
本名は정기원(チョン・ギウォン)。
1965年生まれ、정석원/チョン・ソグォンの実の兄だ。
こちらもソウル大学(社会科学大学・言論情報学科)出身という秀才。
ギターを弾き、プロデュースに深く関わり、そして015Bの「外向きの顔」をすべて引き受ける。
放送、インタビュー、公演、外部活動。
人前に出ない弟の代わりに、人当たりのいい兄が前に立つ。
彼にはもうひとつ、すごい才能がある。
「いい声を見つける耳」だ。
015B時代に윤종신/ユン・ジョンシン・김돈규/キム・ドンギュ・이장우/イ・ジャンウらを発掘しただけでなく、Solid(▶ 솔리드と僕。)・바이브/バイブ・황치열/ファン・チヨルまで、彼の眼鏡にかなった面々はそうそうたる顔ぶれ。
ただし、ちょっと切ないオチがある。
彼が見出した才能の多くは、彼のもとを「離れてから」大ヒットした。
見る眼はあるのに、育てて当てる運がない。
韓国では「보는 눈은 있는데 키우는 능력이 없다(見る眼はあるのに育てる力がない)」と、半ば愛されネタになっている。
それでも、彼が最初に「お、こいつは」と気づいた事実は消えない。
無限軌道から生まれた
015Bの物語は、もうひとつのバンドなしには始まらない。
무한궤도(ムハングェド/無限軌道)だ。
1988年、大学歌謡祭で大賞を獲った伝説の大学バンド。
そのボーカルが、あの신해철(シン・ヘチョル)である。
バンド終了後、シン・ヘチョルはソロへ。
残された音楽好きのメンバーのチョン・ソグォン(弟)が、兄のチャン・ホイルを引き入れて1989年に結成したのが015Bだった。
このとき、彼らはこう考える。
「自分たちは演奏者しかいない。だったらボーカルは客員で呼ぼう」。
こうして、韓国初の客員ボーカル・システムが生まれた。
“必要に迫られた発明”だったわけだ。
1990年、グループ名と同じタイトルの1集でデビュー。
記念アルバムのつもりだったが、「텅 빈 거리에서(トンビン ゴリエソ/がらんとした街で)」がラジオ経由でじわじわ広がり、30万枚。
予想外の手応えに、2集、3集と続いていく。
グループ名の謎
実は「015B」という名前の由来は、今もはっきりしない。
いちばん有名なのは、母体の무한궤도(無限軌道)説。
0=無、1=한(ハン/一)、5B=OrBit(軌道)、という読み解きだ。
ところが本人たちの説明は、コロコロ変わる。
2集では「空一烏飛(空に一羽のカラスが飛ぶ)」という漢字をあてて公式っぽく語り。
別のインタビューでは「U2やUB40みたいに、英字と数字を適当に混ぜただけ。漢字は後づけ」と言う。
結局、正解はわからずじまい。
シン・ヘチョルとの関係がこじれて、出発点だった無限軌道との縁を否定したくなったのではという説もあるが、これも推測の域を出ない。
名前すら謎めいているあたり、いかにも015Bらしい。
3집・4집 顔を出さずに、ミリオン
015Bが「マニアの人気者」から「国民的グループ」へ化けたのは、3集だ。
1992年、3集『The Third Wave』。
タイトル曲「아주 오래된 연인들(アジュ オレデン ヨニンドゥル/とても古い恋人たち)」。
イントロだけで1分30秒もある、ハウス・テクノの異形のヒット曲だ。
長く付き合った恋人どうしの、冷めて惰性になった関係を、リアルすぎる歌詞で描く。
この生々しさが若者に刺さり、3集は015B初のミリオンセラーになった。
(この曲、客員ボーカルは김태우(キム・テウ)。デモを急いで録る必要があり、不在の윤종신/ユン・ジョンシンの代わりに急きょ歌ったのがきっかけだった)
そして1993年、4集『The Fourth Movement』。
夏に放った「신인류의 사랑(シニンリュエ サラン/新人類の愛)」が、その年最大級のシンドロームになる。
가요톱텐(歌謡TOP10)で5週連続1位、ゴールデンカップを受賞し、年末の歌謡大賞まで席巻した。
(こちらの客員ボーカルは김돈규/キム・ドンギュ)
面白いのは、これだけ売れても二人は歌番組に出ないこと。
年末の授賞式以外は、客員ボーカルだけをテレビに送り出す「신비주의(シンビジュイ/神秘主義)」戦略を貫いた。
顔を隠したまま、時代のてっぺんを獲ったのだ。
ここで重要な対比がある。
新世代の代弁者・ソ・テジが10代の感性を掴んだなら、015Bはその少し上、20代。
当時の「X世代」の感性を掴んだ。
エリートで、スマートで、実験的。
それが、当時の大学生たちの自尊心をくすぐった。
5집・6집 「おかっぱ頭」と、世紀末
1994年、5集『Big 5』。
ここで015Bは、名曲のリメイクに挑む。
나미/ナミの「슬픈 인연(スルプン イニョン/悲しい縁)」と、조용필/チョ・ヨンピルの「단발머리(タンバルモリ/おかっぱ頭)」だ。
この「단발머리」が、うりぬん的に外せない。
実はこの頃、Solid(▶ 솔리드と僕。)も同じ「단발머리」をリメイクしようとしていた。
偶然ヘアサロンで鉢合わせた二組は譲り合い、Solidが曲を引いた。
代わりに、015B版「단발머리」にはSolidの이준(イ・ジュン)がラップで客演している。
黎明期のスターたちは、こんなふうに一本の糸で繋がっている。
1996年、6集『The Sixth Sense』。
世紀末をテーマにした、インダストリアル・メタル・テクノが疾走する問題作。
売上は24万枚と、ミリオン時代から見れば明確な”商業的失敗”だった。
だが評価は別だ。
後に정석원/チョン・ソグォンと組む박정현/パク・ジョンヒョンが、「自分がデビューした頃(1996年)に聴いた韓国のアルバムで、いちばん印象的だった一枚」と挙げたほど。
売れなくても、音楽として殿堂入りした。
そして015Bは、6集を最後に長い休止に入る。
客員ボーカルという、才能の苗床
015Bの客員ボーカル制度は、結果的に「スター養成所」になった。
筆頭は윤종신(ユン・ジョンシン)。
015Bの初代客員歌手であり、いちばん多くの曲を歌った人だ。
(今の渋い声からは想像できない、当時の甘い美声も015Bで聴ける)
彼はのちに国民的シンガーソングライター/プロデューサーになり、巡り巡ってチョン・ソグォンが彼のレーベルに参加する、という逆転まで起きた。
ほかにも、김돈규/キム・ドンギュ・이장우/イ・ジャンウ・김태우/キム・テウ・조성민/チョ・ソンミン……。
そして7集の名曲「그녀에게 전화오게 하는 방법(彼女から電話が来るようにする方法)」では、客員ラッパーに버벌진트(ボボルジントゥ/Verbal Jint)を起用。
そう、(▶ 패닉と僕。)で김진표/キム・ジンピョのライムを斬って頭角を現した、あのVerbal Jintだ。
ここでもアーカイブが繋がる。
さらに大きいのは、この「プロデューサー中心グループ」というモデルそのものが、後継を生んだこと。
スケッチブックといえばわかる方も多いかもで有名な유희열(ユ・ヒヨル)の토이(トイ)は、015Bの構造を受け継いだ存在だ。
ユ・ヒヨル自身、アルバムの作り方をチョン・ソグォンから学んだと認めている。
015Bは、曲だけでなく「方法」まで遺した。
チョン・ソグォンというプロデューサー
015Bが休んでいる間も、정석원の耳は止まらなかった。
2002年、박정현/パク・ジョンヒョンの4集『Op.4』を全面プロデュース。
「꿈에(クメ/夢で)」を筆頭に、彼女の実力を最大限に引き出し、記録的ヒットに導いた。
その後も아이유/アイユ(IU)の2・3集、가인/ガイン、옥주현/オク・ジュヒョン、다비치/ダビチ(Davichi)……と、世代を越えて名曲を提供し続ける。
90年代の「작곡계의 황제(作曲界の皇帝)」は、2000年代以降もずっと、韓国ポップの裏側で鳴っていた。
シン・ヘチョルという、原点
015Bを語るなら、避けて通れない人がいる。
シン・ヘチョルだ。
そもそも015Bは、彼の無限軌道がなければ生まれなかった。
デビュー初期、シン・ヘチョルは015Bの1集で「난 그대만을/ナン クデマヌル(私はあなただけを)」を作詞作曲して自ら歌い、2集の名曲「이젠 안녕/イジェン アンニョン(もうさよなら)」では合唱の一員にもなっている。
かつての二人は、相当に仲が良かった。
だが、ある時期から関係は冷えた。
音楽の方向性の違い、アルバムのライナーノーツをめぐる応酬。
同じ時代を駆けたライバルだからこその、すれ違いだったのだろう。
それでも、最後に温度が戻る。
2014年にシン・ヘチョルが世を去ったあと。
2015年、その追悼として企画されたシン・ヘチョルの楽曲「고백/コベッ(告白)」のリメイクで、編曲・プロデュースを引き受けたのがチョン・ソグォンだった。
収益は全額、遺族へ。
「シン・ヘチョルの初期の音楽を、いちばんよく知る人」として、ユン・ジョンシンがチョン・ソグォンに託したのだ。
始まりをくれた人へ、音楽で返した。
それが、二人の最後のやり取りになった。
そして35年目、AIで歌う
2006年、7集『Lucky 7』で10年ぶりに復帰。
2011年のミニアルバムでは、ユン・ジョンシンが歌った「1월부터 6월까지(1月から6月まで)」が、21世紀の015B最大のヒットになった。
そして2018年、自らのレーベル「더공일오비/ドゴンイルオビ(the015B)」を設立。
ここからが、ある意味いちばん015Bらしい。
新曲シリーズ「New Edition」、セルフリメイク・シリーズ「The Legacy」を立ち上げ、毎月1曲ずつ新曲を発表。
1年分をまとめて、毎年「Yearbook」というアルバムにする。
35年目に入っても、誰よりもコンスタントに曲を出し続けているのだ。
しかも2025〜2026年、彼らはとんでもないことを始めた。
セルフリメイクに、AIボーカルを使い始めたのだ。
「아주 오래된 연인들」を、チョン・ソグォンの声をAIでキム・テウ風に変換して歌わせたり、「AI歌唱連合」名義で過去曲を蘇らせたり。
顔を出さず、声すら借りてきた男たちが。
今度は、AIに声を借りる。
015Bは、35年ずっと「歌は外から持ってくるもの」という発明を、更新し続けている。
K-POP史における位置づけ
015Bの功績は、はっきりしている。
ひとつは、「プロデューサーが主役のグループ」を韓国で初めて成立させたこと。
客員ボーカル制度を発明し、토이をはじめとする後続のモデルになった。
今の韓国が「プロデューサー/レーベルでアーティストを語る」文化を持っているのは、その源流のひとつがここにあるからだ。
もうひとつは、「賢くて実験的なポップ」を売れる形で示したこと。
ソ・テジ、Panicと並んで、015Bは90年代の韓国大衆音楽の知性を担った。
顔ではなく、音と言葉で勝負して、それでミリオンを獲れることを証明した。
韓国での015Bのイメージ
韓国で015Bは、「90年代X世代の青春そのもの」として記憶されている。
懐メロというより、「賢かった時代の象徴」。
ソ・テジが10代の革命なら、015Bは20代の知的な感性。
大学生でいることが、ちょっと誇らしくなる音楽だった。
「아주 오래된 연인들」「신인류의 사랑」「텅 빈 거리에서」「1월부터 6월까지」は、世代を越えて歌い継がれる定番。
そして「顔を出さない」「毎月新曲を出す」「AIまで使う」という一貫した姿勢から、いまも”いちばん前衛的なベテラン”として尊敬を集めている。
懐かしいのに、古びない。
それが韓国における015Bだ。
ディスコグラフィー(主要作)
| 集 | アルバム(한국어/English) | 年 | 代表曲 | 記事 |
|---|---|---|---|---|
| 1집 | 공·일·오·비 | 1990 | 텅 빈 거리에서 | 準備中 |
| 2집 | Second Episode | 1991 | 이젠 안녕 | 準備中 |
| 3집 | The Third Wave | 1992 | 아주 오래된 연인들 | 準備中 |
| 4집 | The Fourth Movement | 1993 | 신인류의 사랑 | 準備中 |
| 5집 | Big 5 | 1994 | 단발머리/슬픈 인연 | 準備中 |
| 6집 | The Sixth Sense | 1996 | 21세기 모노리스 | 準備中 |
| 7집 | Lucky 7 | 2006 | 잠시 길을 잃다 | 準備中 |
※2018年以降は自社レーベル「the015B」で毎月シングル+毎年『Yearbook』を継続中。
余談
015Bには、伝説の”事件”がある。
曲名が数字7桁(4210301)という曲があり、内容は環境破壊への警鐘だった。
ところがこの数字、当時の環境処(現・環境部)の電話番号だと判明。
人気が出たあと、抗議の電話が殺到して、役所が番号を変えるはめになったという。
「아주 오래된 연인들」はイントロが長すぎるせいで、時間制のカラオケで”時間稼ぎ”の定番になった。
カラオケにあんまり行かないけど、時間稼ぎって何?w
今のカラオケ機がイントロを短く編曲しているのは、半分この曲のせいである(笑)。
ちなみに「015」は当時のポケベル(삐삐/ッビッビ)の識別番号でもあり、015Bはそのまま通信会社のモデルにも起用された。
名前からして、時代の最先端だったわけだ。
マルのひとこと
正直、僕は「プロデューサーが主役」の音楽が、いちばん好きだ。
YGのTeddyとか、Zion.Tとか。
「誰が歌ってるか」より「誰が作ってるか」で音楽を追いかけるクセがある。
でも、考えてみると。
その聴き方の原点みたいなグループが、もう35年も前の韓国にいた。
顔も出さない。
歌いもしない。
なのに、ちゃんとスターだった二人。
015Bは「歌は外から借りてくればいい、大事なのは設計だ」と、誰よりも早く言い切った。
そして今、その同じ思想で、AIにまで歌わせている。
ぶれない。
35年、ずっとぶれない。
うりぬん、こういう「方法そのものが作品」みたいな生き方に、めっぽう弱い。
顔の見えない天才は、たいてい、かっこいい。



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