▶ アーティストページ:Epik High
「Fly」を初めて聴いたのはYouTubeだったと思う。
R&Bとエレクトロニカが混ざった、エピカイらしくない音だと思った。
後でこの曲がグループを救ったと知った。
- 目次
- アルバム概要
- 01 Innisfree (Intro)
- 02 Yesterday feat. 고영준ゴヨンジュン of Brown Eyed Soul
- 03 Lesson 3 (MC)
- 04 Fly feat. Mithra Jin, 윤하ユナ/Younha
- 05 Funkdamental feat. UnknownDJs
- 06 그녀는グニョヌン 몰라モラ (She Doesn’t Know) feat. MYK
- 07 Ride feat. L.Wan
- 08 이별イビョル, 만남マンナン… 그グ 중점에서ジュンジョンエソ/Between Farewell and Meeting feat. Alex of Clazziquai
- 09 The Epikurean (Intermission)
- 10 Paris
- 11 Let It Rain feat. 김종완キムジョンワン/Kim Jong-wan of Nell
- 12 도시가ドシガ 눈을ヌンウル 감지ガムジ 않는アンヌン 이유イユ (Why the City Doesn’t Close Its Eyes) feat. 이정イジョン, Infinite Flow
- 13 Follow the Flow feat. MYK, D-Tox
- 14 Swan Song feat. TBNY
- 15 Goodbye (Outro)
- アルバムの評価と意義
- マルのひとこと
- プロフィール
目次
- アルバム概要
- アルバムの評価と意義
- マルのひとこと
- プロフィール
「Fly」がリリースされる前、エピカイは解散の危機にあった。
その状況で生まれた曲が「난 곧 있으면 날아가/もうすぐ、俺は飛んでいく」だった。
「나처럼 날아라/俺のように飛べ」とTabloは歌う。
翼がなくても飛べるという比喩が、諦めかけていた人たちに届いた。
Golden Discヒップホップ賞、Melon年間最優秀曲賞。
FIFA 07のサウンドトラックにも選ばれた。
一方でアンダーグラウンドのファンからは「ポップに媚びた」と批判された。
その葛藤が、その後のエピカイの音楽に影を落としていく。
「Swan Songs(白鳥の歌)」というアルバムタイトルは、「最後に残すもの」という意味を持つ。
「Paris」という曲を聴くと、その意味が少しわかる気がする。
「숨소리조차 차가워졌을 때(息すら冷たくなったとき)」という冒頭の一行。
日常から遠い場所への憧れと、「운명/運命」への問いかけ。
商業的な成功の中でも、彼らは美しく絶望し続けていた。
アルバム概要
「Swan Songs」は2007年にリリースされたエピカイ通算5枚目のアルバムだ(韓国盤と日本盤でトラックリストが異なる)。
前作「4」からの流れを受け継ぎながら、より成熟した感情と洗練されたサウンドプロダクションを持つ作品として完成した。
「白鳥の歌(Swan Song)」というタイトルは、人生の最後に白鳥が最も美しい声で歌うという西洋の伝説から来ている。
解散の危機を乗り越えたグループが「最後の歌」を主題に選んだことは、単なる詩的な引用を超えた意味を持つ。
このアルバムはNell、Clazziquai Project、Brown Eyed Soulなど、当時の韓国インディー/アルト音楽シーンを代表するアーティストとの共演が際立つ。
エピカイがヒップホップの枠を超えて韓国音楽シーン全体と繋がる姿勢を示した作品でもある。
Fly以降の商業的成功によって生じた「売れ線」への批判をどう乗り越えるか。
その問いへの一つの答えが、この多様なコラボレーションの中にあった。
W.B.イェイツの詩からの引用、エピクロス哲学との対話、聖書のテキスト。
文学的・哲学的な参照点が随所に散りばめられ、アルバム全体が一冊の詩集のように機能する。
それでいてヒップホップとしての身体性を失わない。
この両立こそがエピカイの唯一無二の強みであり、「Swan Songs」はその最高峰のひとつだ。
01 Innisfree (Intro)
アルバムは静かな詩的空間から幕を開ける。
W.B.イェイツの詩「The Lake Isle of Innisfree」から着想を得たこのイントロは、喧噪から遠く離れた平和な孤島を夢見る心象風景だ。
解散の危機を乗り越えてここに立つグループが、まず深呼吸をするように、聴き手を静寂の中に誘う。
イェイツの原詩は「そこへ行こう、イニスフリーへ」という憧れを語るものだ。
都市の喧騒から離れた湖の小島。
エピカイがこの詩をアルバムの入口に選んだのは、商業的成功の騒がしさの中で、静かな場所へ戻りたいという欲求があったからかもしれない。
このイントロを経てアルバムに入ることで、聴き手の耳は一段研ぎ澄まされる。
02 Yesterday feat. 고영준ゴヨンジュン of Brown Eyed Soul
Brown Eyed Soulの高永俊が柔らかなフックを添える、疲労と献身をめぐる曲。
昨日も明日も夢のために消耗し続ける人間の姿が、タブロの言葉で丁寧に掘り起こされる。
音楽で生きることを選んだ代償として何を失ったか、それでも続けることの意味は何かを問いかける静謐な告白だ。
ヒップホップとソウルが滑らかに溶け合うトラックの上で、高永俊の歌声が傷口に触れるような温もりをもたらす。
派手さはなく、むしろ質素なほどだが、その誠実さがこの曲をアルバムの情感的な礎にしている。
「昨日」という言葉が積み重なるほどに、過去への重みが現在の自分を形作っているという事実が浮かび上がる。
Brown Eyed Soulという韓国ソウルの名門グループとの共演は、エピカイの音楽的射程の広さを示している。
03 Lesson 3 (MC)
DJ Tukutzによるスポークンワード形式の短い哲学的宣言。
MCとして存在することの責任を問い、商業的成功を追うのではなく、新しい視点をもって世界に立ち向かう義務を語る。
前作「Lesson 1」「Lesson 2」から続くシリーズの三章目として、エピカイの美学を内側から定義する試みでもある。
ラップではなく語りを選んだことに意味がある。
ビートの上で技を競うより、一歩引いて言葉の重みそのもので聴き手に訴えかける。
このトラックはアルバムの中で最も短いかもしれないが、その密度は高く、グループとしての姿勢表明として機能している。
「Lesson」シリーズを通じてエピカイは、ヒップホップにおける「教え」の問題を繰り返し問い直してきた。
04 Fly feat. Mithra Jin, 윤하ユナ/Younha
このアルバムを代表するどころか、エピカイのキャリアそのものを代表する一曲。
Younhaのサビが翼のように広がり、TabloとMithra Jinのラップが推進力となる構成は、聴くたびに上昇気流に乗るような感覚をもたらす。
「翼がなくても飛べる」という逆説的なメッセージが、諦めた人たちの胸に届いた。
この曲がなければエピカイは解散していたかもしれない、とメンバー自身が語っている。
Golden Discヒップホップ賞、Melon年間最優秀曲賞を獲得し、FIFA 07のサウンドトラックにも収録された。
商業的な大成功は同時に「売れ線になった」という批判も呼んだが、Flyの本質は最初から純粋な「届けたい」という意志にある。
アンダーグラウンドかメインストリームかという二項対立を、この曲は軽々と超えた。
05 Funkdamental feat. UnknownDJs
UnknownDJsを招いてターンテーブリズムの醍醐味を全面に押し出した一曲。
スクラッチとサンプリングが積み重なる快楽主義的なサウンドスケープが広がる。
技巧派としての側面を解放した、グループにとっての遊び場のような存在だ。
「Funkdamental」というタイトルは、ファンクとファンダメンタル(根本)を重ねた造語で、ヒップホップの身体的な快楽に立ち返ることの宣言でもある。
重厚なビートを前に、言葉よりもリズムが主役になる数分間。
シリアスなトーンが続くアルバムの中で、この曲が持つ純粋な音楽的快楽は貴重な休息点だ。
DJ Tukutzの存在がエピカイの音楽においていかに重要かを、あらためて実感させるトラックでもある。
06 그녀는グニョヌン 몰라モラ (She Doesn’t Know) feat. MYK
MYKの甘い声とラップが絡み合う、表向きは恋愛をテーマにした曲。
だが「彼女はわかっていない」という繰り返しには、愛情よりも操作と欺瞞への警告が滲む。
無自覚なまま他者を傷つける関係性の構造を、ロマンティックな外皮に包んで提示する手つきが巧みだ。
MYKとタブロが異なる立場から同じ女性を描くことで、一方的な視点ではない複層的な肖像が生まれる。
聴くたびに「知らない」という状態が被害なのか、あるいは選択された無知なのかという問いが浮かぶ。
甘いメロディーと鋭い問いかけの共存が、このアルバムの美学を端的に示している。
07 Ride feat. L.Wan
スケートボードを乗りこなすイメージで自由と青春の感覚を描く、アルバム中でも最も軽快なトラック。
L.Wanのフックが風を切るような爽快さを生み出し、都市の舗装の上を滑る解放感をそのままサウンドに変換したような浮遊感がある。
歌詞の中のスケートボードは単なる道具ではなく、どこへでも行けるという意志の象徴だ。
アルバム全体として重く沈潜する場面も多い中で、「Ride」はその逃げ場として機能する。
短い夏の午後のような、瞬間の純粋さを切り取った曲。
エピカイが時に見せる「ただ楽しい」という瞬間のひとつで、その無防備さが逆に心をつかむ。
08 이별イビョル, 만남マンナン… 그グ 중점에서ジュンジョンエソ/Between Farewell and Meeting feat. Alex of Clazziquai
Clazziquai ProjectのAlexが参加した、別れと出会いの中間地点についての哲学的な恋愛曲。
二つの感情の臨界点に立ち続ける人間の揺らぎを、タブロとMithra Jinが緻密な言葉で解体していく。
Alexの中性的な声質が曲に曖昧な時制をもたらし、始まりとも終わりともつかない感覚を増幅させる。
タイトルに入る「…」という句読点が示すように、この曲は答えを出さない。
まだ愛しているのに手を放さなければならない状況、あるいは別れた後もその場所に留まり続ける残像のような感情。
Alexとの化学反応によって生まれた音楽的な曖昧さは、関係性そのものの不完全さを誠実に映している。
Clazziquaiというエレクトロニカとボサノバを融合させたグループとの邂逅が、エピカイのサウンドに新たな色彩を加えた。
09 The Epikurean (Intermission)
イザヤ書からの聖書の一節を引用したインタールード。
前後のトラックをつなぐ橋として機能しながら、アルバムの精神的な核を指し示す。
「食べ、飲め、なぜなら明日は死ぬ」というエピクロス的な思想と聖書が交差する地点で、Swan Songsというアルバムタイトルが別の光を帯びてくる。
エピクロスの快楽主義と聖書の無常観が交差する短い言葉の断片。
「The Epikurean」というタイトルには「Epik High」の「Epik」と「Epicurean(エピキュリアン)」が重なっているかもしれない。
明日は何も保証されない、だから今この瞬間の音楽に全力を傾ける。
それがアルバム全体を貫く哲学だという宣言として、このインタールードは機能している。
10 Paris
「숨소리조차 차가워졌을 때(息すら冷たくなったとき)」から始まるこの曲は、現実から遠い場所への憧れを歌う。
パリという固有名詞が持つ「遠さ」のイメージを借りながら、実際にはどこでもない場所を探している。
疲れ果てた者が夢想する逃避先としての都市が、ここでは美しく描かれている。
タブロのリリックは「운명/運命」への問いかけとして展開され、状況に流されながらも自分の意志で何かを選ぶという葛藤を描く。
商業的な成功の中で「本当に望む場所」を見失うことへの不安が、パリという遠い都市の夢に投影されている。
この曲の美しい絶望感が、Swan Songsというアルバムのトーンを象徴している。
11 Let It Rain feat. 김종완キムジョンワン/Kim Jong-wan of Nell
NellのKim Jong-wanが参加した、雨を浄化と喪失の両義的なメタファーとして使う傑作。
感情的な痛みと裏切りを浴びながら、それでも雨に打たれていることを選ぶ、あるいは選ぶしかない人間の姿が描かれる。
Kim Jong-wanの張り詰めたボーカルがタブロの言葉に絡むことで、哀愁が通り雨ではなく長雨のような重みを持つ。
ロックとヒップホップの境界が溶けるような音響設計が、このトラックを2000年代韓国音楽の中でも特別な場所に置いている。
「泣かせろ」ではなく「降らせろ」という命令形の持つニュアンスは、感情の制御を諦めた者の静かな怒りだ。
ひとつひとつの音符が水滴のように積み重なり、気づけば全身が濡れている。
NellのKim Jong-wanとエピカイの相性の良さは、後に「We’ve Done Something Wonderful」での再共演でも証明されることになる。
12 도시가ドシガ 눈을ヌンウル 감지ガムジ 않는アンヌン 이유イユ (Why the City Doesn’t Close Its Eyes) feat. 이정イジョン, Infinite Flow
이정とInfinite Flowを迎えた、眠らない都市の解剖学。
経済的な圧力と生存本能によって夜も動き続ける都市生活を、外側からではなく内側から記述しようとする。
ソウルという具体的な場所の匿名的な群衆が、それぞれの沈黙した物語を携えて街灯の下を歩いている。
「なぜ都市は目を閉じないのか」という問いへの答えは、疲れているからではなく、目を閉じれば見えてしまうものがあるからかもしれない。
このトラックの批判的な視線は、都市そのものではなく、都市に生きることを余儀なくされた人々への共感から生まれている。
3曲目の「Seoul, 1:13 AM」とも呼応するこの都市への眼差しは、エピカイが首都に生きるアーティストとして持ち続けた感受性だ。
13 Follow the Flow feat. MYK, D-Tox
MYK、そしてTablo自身がD-Toxとして参加する、ヒップホップの本質的な声への讃歌。
商業的な成功よりも表現の誠実さを選ぶという宣言が、三者三様のフロウによって繰り広げられる。
Tabloがサイドプロジェクト名義で自分のアルバムに参加するという入れ子構造が、この曲のメタ的な深みを作り出している。
「流れに従え」というタイトルは一見、服従を意味するように聞こえる。
しかしここでの「流れ」とはヒップホップそのものの流れ、オリジナルなクリエイションの流れだ。
Swan Songsというアルバムを通じて問われてきた「なぜ作るのか」への、最も直接的な応答のひとつ。
D-Toxというサイドプロジェクト名を使って自分のアルバムに参加するという行為が、アイデンティティの複数性についての静かな問いでもある。
14 Swan Song feat. TBNY
アルバムのタイトルトラックにして、グループが最も個人的な場所に降りた曲。
TBNYを迎えてTabloとMithra Jinが両親への感謝と罪悪感を吐き出す。
音楽の道を選んだことで生じた親との感情的な距離、それでも消えることのない愛情。
「最後の歌」という意味のタイトルが、解散の危機を乗り越えたグループに特別な重みを帯びる。
白鳥が死の直前に最も美しい声で歌うという伝説に、このトラックは真正面から向き合っている。
しかしEpik Highが選んだのは死ではなく、継続だった。
このSwan Songは最後の歌ではなく、生き延びたことを確認する歌だ。
親への言葉を経由することで、音楽を続けるという選択の重さが何倍にも増して響く。
「生きている」と「感謝している」という二つの事実を、この曲はシンプルに、しかし深く告げている。
15 Goodbye (Outro)
アルバムを静かに閉じるアウトロ。
死と受容についての短い哲学的省察が、Innisfreeで開いた扉を閉める。
「さようなら」はこのアルバムの終わりではなく、何かを手放すことで次へ進む準備の言葉として響く。
Swan Songsは最後の歌だったかもしれないが、Goodbyeを言えたグループはその後もずっと続いた。
Innisfreeで「そこへ行こう」と憧れを語り、Goodbyeで「さようなら」と別れを告げる。
その円環の構造がアルバム全体を詩集として完成させる。
しかしエピカイにとってGoodbyeは終わりでなく、次の始まりへの接続詞だった。
Swan Songsの後も、彼らは白鳥のように美しい声で歌い続けていく。
アルバムの評価と意義
「Swan Songs」は2007年のリリース以来、エピカイの代表的なアルバムのひとつとして評価されてきた。
Flyという大ヒット曲を抱えながら、アルバム全体としての完成度を犠牲にしなかったことが最大の成果だ。
音楽メディアからは「2000年代韓国ヒップホップの金字塔」という評価を受けており、現在も名盤リストに頻繁に登場する。
このアルバムを通じてエピカイは、韓国ヒップホップが持つ可能性を一段引き上げた。
文学、哲学、宗教、映画的な情景描写をヒップホップに持ち込みながら、それでもストリートの温度を失わない。
その絶妙なバランスが、後の世代のアーティストたちにとっての道標になっている。
Nell、Clazziquai、Brown Eyed Soulといった当時のインディーシーンとの共演は、韓国音楽のジャンルを横断するコラボレーションの先例となった。
「ヒップホップはヒップホップだけで完結しなくていい」というメッセージが、このアルバムの共演者リストに込められている。
マルのひとこと
「Let It Rain」をNellのKim Jong-wanと作ったとき、エピカイは「ヒップホップとロックの境界」を消したのだと思う。
Swan Songsはそういう「越境」が随所にあって、そのたびに韓国音楽の地図が少し広がった感じがする。
プロフィール
エピカイは2003年にソウルで結成された韓国のヒップホップグループだ。
MC担当のTablo(本名チャン・ヒョンソク)とMithra Jin(本名チェ・ジンヒョン)、DJのDJ Tukutz(本名キム・ジョンウォン)の3人で構成される。
「Swan Songs」は2007年リリースの作品で、解散の危機を乗り越えてFlyという大ヒットを生み出した後に作られた。
成功と批判の狭間で揺れながらも、音楽への誠実さを失わなかったグループが、その時点の全力を注いだ作品だ。
TabloはスタンフォードでCreative Writingを専攻した詩的なラッパーとして知られ、Mithra JinはエネルギッシュなMCスタイルでグループを支えてきた。
DJ TukutzはビートメイキングとDJワークでグループのサウンドを作り上げた。
Swan Songsはこの三人が最も「自分たちらしい」形で音楽を鳴らした時期の作品として、エピカイファンの間で特別な位置を占めている。
Nell、Clazziquai、Brown Eyed Soulというコラボレーターたちとの邂逅が、このアルバムをヒップホップを超えた普遍的な作品に高めた。
「白鳥が死の直前に最も美しく歌う」という伝説と、解散の危機を乗り越えたというグループの実体験が重なり合うとき、Swan Songsというタイトルは文字通りの重みを持つ。
この作品を入口に、エピカイの音楽に引き込まれたリスナーは世界中にいる。


