『서태지와 아이들 3집』を聴いた日。

夜明け前

▶ アーティストページ:ソ・テジと僕。

1994年8月10日発売。
ダンスを一曲も入れず、ロックとバラードと「怒り」だけで固めた問題作。
韓国100大名盤の一枚。
売上としては、1集の170万枚、2集の220万枚と比較すると大きく落とした150万枚。
すごすぎます。


作品概要

•発売日:1994年8月10日
•形態:3rdアルバム(全9曲)
•通称:발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ/渤海を夢見て
•ジャンル:ロック / ヘヴィメタル / バラード(ダンス曲ゼロ)
•TITLE曲:「발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ」
•制作:서태지ソ・テジ/作詞・作曲・編曲
•特記:大韓民国100大名盤に選出

時代背景

1994年の韓国。
ソ・テジとアイドゥルはすでに「文化的英雄」の地位にいた。
1集でラップを持ち込み、2集でダブルミリオンを達成した彼らに、世間は3集でもキャッチーなダンスチューンを期待していた。
だが、ソ・テジはその期待を真正面から裏切ることにした。

3集には、ダンス曲が一曲もない。
あるのは、ソ・テジが本来やりたかったヘヴィメタルと、バラード、そして社会への鋭いメッセージだけだ。
分断された祖国を歌い、教育制度を告発し、人間の二面性を描く。
もともと3集で引退するつもりだったとも語られており、言いたいことをすべて詰め込んだアルバムになった。

この時代の韓国の若者にとって、「교실ギョシル 이데아イデア」は単なる曲ではなかった。
受験戦争の真っただ中にいた10代が、自分たちの怒りを代弁してくれる声を初めて聴いた瞬間だった。
社会批判を歌謡曲でやる土壌は、それ以前のフォーク世代も築いていたが、10代の若者の胸に突き刺さる形でやったのはソ・テジが初めてだった。


アルバムの流れ

1集・2集で韓国を踊らせた男が、3集でいきなり踊ることをやめた。

このアルバムには、ダンス曲が一曲もない。
あるのは、ソ・テジが本来やりたかったヘヴィメタルと、バラード、そして社会への鋭いメッセージだけ。
分断された祖国を歌い、教育制度を告発し、人間の二面性を描く。
売れ線を捨ててでも言いたいことがある、という意志の塊だ。

ヒットメーカーが、表現者へと舵を切った一枚。
それがこの3集だ。


各曲紹介

01 Yo! Taiji
今作も儀式のイントロから。
ただし、その先で待っているのは、これまでとまったく違う音だ。
今作のテーマはメタルロックです。
イントロだけで「あ、今回は別物だ」と感じさせる。
同じ曲名でも、アルバムの色を宿している。

02 [TITLE] 발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ/渤海を夢見て
あの空に、自由に、あの鳥たちと一緒に、飛びたい。

3集のタイトル曲。
テーマは「分断」と「南北統一」だ。
かつて朝鮮半島から満州にまたがった古代国家・渤海への郷愁を通じて、分断された祖国への思いを歌った。
ミュージックビデオも制作された、重く美しい一曲。
教科書にも一時期掲載されていた。
アイドルが統一を歌う。
その空気をソ・テジは作っていた。

鳥の音に繋がるアコースティックギターは清らかな空をイメージ。
ここに汚れた感じがするくらいバランスが崩れたチェロを入れる。
それで混沌を狙ったとソ・テジは語っている。
もう何を言ってるのかわからないけど、成功していると思う。
緊張-緊張-解放の構成を意図してもいるそうだ。

当時の最先端であるRed Hot Chili PeppersやU2のギターを連想させる音を取り入れるなど、ソ・テジの吸収力の高さに驚かされる。
古代国家への郷愁と、1990年代のオルタナティブロック。
その組み合わせが、なぜかひとつの曲の中で成立している。

03 아이들의アイドゥルエ 눈으로ヌンウロ/子どもたちの目で
ソ・テジの曲で最も普通の感性に近い曲ランキング1位かもしれない。
ソ・テジの曲としては若干違和感が残る、普通さ。
だがその「普通」がアルバムの中に一曲あることで、他の曲の「異常さ」がより際立つ。
構成として意図的に置かれた一曲のように感じる。
子どもたちの純粋な目線から見た世界という視点は、後の「교실ギョシル 이데아イデア」と表裏一体だ。

04 교실ギョシル 이데아イデア/教室イデア
このアルバム、いや韓国の10代を揺らした一曲。
受験偏重の韓国教育を、これ以上ないほど鋭く告発した。
ヘヴィメタルバンド「크래쉬クレッシュ」の안흥찬アン・フンチャンがメタルボーカルで参加し、あの絶叫を響かせている。

毎朝7時30分までに教室に入れ、という強制に対する抗議。
点数だけで人間を評価するシステムへの怒り。
それをアイドルが叫ぶ。
日本で例えるなら、米津玄師が受験制度に対する声明を絶叫しながら歌うくらいのインパクトだ。
尾崎豊が「卒業」を歌ったことに近いが、角度がまた違う。
もっと直接的で、もっと怒っている。

そしてこの曲には伝説の「逆再生騒動」がある。
曲を逆回転で再生すると悪魔のメッセージが聞こえる、という噂が当時広まり、社会問題にまでなった。
もちろん事実無根だったが、それだけこの曲が持っていた衝撃の大きさを物語っている。
音楽が「危険物」として扱われた。
その事実が、逆にこの曲の力を証明している。

05 내ネ 맘이야マミヤ/僕の心さ
「교실ギョシル 이데아イデア」と同じく、「크래쉬クレッシュ」の안흥찬アン・フンチャンのボーカルフィーチャリングが入っている。
ソ・テジがパンクをやってみた一曲。
拘束に対する不満を表現しているよう。
3集の中で最もエネルギーが直線的に出てくる一曲だと感じる。
叫ぶことで発散させる、という方法論がそのまま音になっている。

06 제킬박사와ジェキルバクサワ 하이드ハイドゥ/ジキル博士とハイド
有名な小説・ミュージカル「ジキル博士とハイド氏」を下敷きに、ある犯罪者の物語を描いた一曲。
プログレッシブな変奏を通じて、まるで短いミュージカルのような構成になっている。
人間の二面性という重いテーマを、演劇的な音楽で表現した野心作だ。

小説に感銘を受けて曲で表現しようと思い立ち、しかもここまで狂える。
一曲の中に物語があって、まるで短いミュージカルを観たような気持ちになる。
Dr.DreやEminemが扱うようなテーマをアイドルがやるのか、と何度聴いても思う。
この曲がダンスチューンでもなくバラードでもなく「演劇的な音楽」として存在することが、3集の特異性を象徴している。

07 영원ヨンウォン/永遠
あの김동률キム・ドンリュルが、聴いて感嘆を禁じ得なかったと伝えられる一曲。
ディズニーのような壮大さを持ちながら、韓国語で歌われる。
「발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ」とともに3集の「重さ」を支える柱のような一曲だ。
重いアルバムの中で、この曲だけが「永遠」という普遍的な感情に触れている。
だから僕はこの曲が3集の中で一番好きだ。
怒りや批判ではなく、ただ美しいものを作ろうとした瞬間がここにある。

08 발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ (Instrumental)
タイトル曲のインストゥルメンタル版。
歌詞がない分、メロディの重みだけが残る。
あの空に、自由に、あの鳥たちと一緒に、飛びたい。
その思いが、言葉なしに伝わってくる。

09 널ノル 지우려ジウリョ 해ヘ/あなたを消そうとする
アルバムの中で、ソ・テジ以外が作詞した数少ない曲。
書いたのは、後にYGを作るヤン・ヒョンソク。
1集に続いて、ここでも彼が筆をとっている。
ヤン・ヒョンソクの存在がソ・テジとアイドゥルというグループの内側にあり続けた。
彼の視点と言葉がなければ、このグループは少し違うものになっていたかもしれない。


アルバムを通して聴く


総評

3集は、ソ・テジが「アイドル」から「アーティスト」へと完全に脱皮した瞬間だ。
同時にアンチも増えた。
社会的・文化的どちらのアンチにも、それだけ影響力を持ったということだ。

ダンス曲を一曲も入れない。
これは商業的には大きな賭けだった。
踊れる曲を待っていたファンもいただろう。
だがソ・テジは、自分が本当にやりたかったメタルと、社会に対して言いたいことを優先した。
分断、教育、人間の闇。
アイドルが触れないはずのテーマに、真正面から踏み込んだ。

そしてそれは、ただの反抗ではなかった。
音楽的な完成度も高く、後に大韓民国100大名盤に選出されている。
「言いたいことを言う」と「いい音楽を作る」を両立させたからこそ、3集は問題作であると同時に名盤になった。

「문화대통령ムンファデトンリョン/文化大統領」という称号は、この3集あたりから本格的に彼に与えられるようになる。
社会を批判する曲はソ・テジ以前からもあったが、フォークソング中心であり若者の胸には刺さらなかったものを、ソ・テジが突き刺した。
音楽で社会を動かす存在。
その姿が、ここに完成している。

150万枚という数字は1集・2集より少ないが、それでも150万枚だ。
ダンス曲ゼロ、社会批判ありのヘヴィメタルアルバムで、150万枚売れた。
これもひとつの奇跡だ。
ソ・テジへの信頼と期待が、いかに大きかったかを示している。


余談

僕の好きな順を紹介する。

1位 영원ヨンウォン

正直、3集は「重い」。
1集2集のあの踊れる楽しさを期待して聴くと、面食らうかもしれない。
でも、その重さこそが3集の価値だ。

「교실ギョシル 이데아イデア」の逆再生騒動の話が、僕は昔から好きだ。
曲を逆回転させると悪魔の声が聞こえる。
そんな馬鹿げた噂が社会問題になるくらい、当時の大人たちはこの曲を恐れた。
たかが音楽が、それだけ世の中を揺らした。
逆に言えば、それだけの力を持った音楽が、1994年の韓国にあったということだ。

そして「제킬박사와ジェキルバクサワ 하이드ハイドゥ」。
一曲の中に物語があって、まるで短いミュージカルを観たような気持ちになる。
Dr.DreやEminemが扱うようなテーマをアイドルがやるのか、と何度聴いても思う。

元々は3集で引退するつもりだったみたいで、やりたいこと詰め込みました感がある。
それにしても中途半端な部分は多いように感じる一枚でもあるが。
3集は、ソ・テジが「売れること」より「言いたいこと」を選んだ記録だ。
その選択ができる人が、本物のアーティストなんだと思う。

3集の中で僕が一番「ほっとする」のは「영원ヨンウォン」だ。
怒りや批判ではなく、ただ美しいものを作ろうとした一曲。
キム・ドンリュルが感嘆したという話が本当かどうかはわからないが、感嘆したくなる気持ちはわかる。
壮大で、清らかで、聴き終えると少し泣きたくなる。
重いアルバムの中のこの一曲があることで、3集は「ただ怒っている」だけではなくなった。
美しいものを作れることと、社会に怒れることが、同じ人間の中に共存している。
それがソ・テジという表現者の幅だ。

3集を聴いて重たく感じる人には、まず「영원ヨンウォン」から聴くことを勧めたい。
そこから「발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ」、そして「교실ギョシル 이데아イデア」へと進む逆順が、意外と入りやすいかもしれない。
重いものを軽く包んで渡す、という手法は音楽に限らず表現全般のテクニックだが、3集はその逆をやっている。
重いものをそのまま、重いまま渡してくる。
その正直さが、30年後の今も人を動かす力を持っている理由だと思う。
3集は、音楽というメディアが何を運べるかを示した記録だ。
感情だけじゃなく、思想も、怒りも、歴史も、音楽は運べる。
そのことをソ・テジは、150万枚規模で証明した。
だから3集は、音楽が好きなすべての人に聴いてほしい一枚だ。

3集が発売された1994年は、韓国にとって政治的にも転換点だった。
民主化から数年が経ち、市民社会の声が少しずつ大きくなっていた時代だ。
その空気の中で生まれたアルバムだから、3集の歌詞には社会的な発言をしても受け入れられる素地があった。
ソ・テジが「言いたいことを言えた」のは、彼の勇気だけでなく、時代の空気も助けていた。
音楽と時代は切り離せない。
3集はその意味で、1994年の韓国という時代の証言書でもある。
聴くたびにその時代の温度が伝わってくる。
それは1994年に生まれた音楽だが、聴く側の時代を問わない。
韓国語の意味がわからなくても、あの怒りのエネルギーは国境を越える。
「교실ギョシル 이데아イデア」の絶叫を、僕は韓国語を知らない友人に聴かせたことがある。
彼は「何の曲?何を叫んでるの?」と言ったが、目が少し輝いていた。
音楽の力とは、言語を先回りするものだ。



3集とヘヴィメタルの関係

ソ・テジはもともとヘヴィメタルバンドのベーシストだった。
「시나위シナウィ」というバンドで演奏していた彼が、1集でダンスミュージックに舵を切ったとき、メタルファンの間では「裏切り者」という声もあったという。
だが3集で、ソ・テジはその「裏切り」に対する答えを出した。
ダンス曲を一曲も入れず、ヘヴィメタルとロックで固めたアルバムを作った。

3集の音楽的背景を語る上で欠かせないのが、フィーチャリングとして参加したメタルバンド「크래쉬クレッシュ」の存在だ。
「교실ギョシル 이데아イデア」と「내ネ 맘이야マミヤ」の両方に、ボーカル안흥찬アン・フンチャンの絶叫が入っている。
あの叫びがなければ、この二曲は半分の力しか持てなかっただろう。
ソ・テジのポップな感性と、メタルシーンのエネルギーが交わる交差点として、3集はユニークな作品だ。

また、「제킬박사와ジェキルバクサワ 하이드ハイドゥ」で見せたプログレッシブな展開は、当時の韓国音楽では非常に珍しい試みだった。
一曲の中で音楽的なテーマが変化し、まるで組曲のような構成になる。
ロックオペラやプログレッシブロックの手法を、韓国語の歌謡曲の中に持ち込んだ。
それをダブルミリオンのあとに作るという大胆さが、ソ・テジを「ただ売れた人」とは違う存在にしている。


教室イデアが開けた扉

「교실ギョシル 이데아イデア」が韓国社会に与えた衝撃は、音楽の枠を超えていた。
1994年当時、韓国の高校生は午前7時30分までに登校することが義務付けられていた。
放課後も補習や自習で深夜まで学校に拘束される生活が当たり前だった。
「교실ギョシル 이데아イデア」の歌詞は、その現実を「覚えているか、あの頃、7時30分に教室に閉じ込められていたことを」という言葉で告発した。

この告発が持つ意味は大きかった。
それまで、教育制度を批判することは「不健全」な行為とみなされていた。
ソ・テジはそのタブーを、100万枚を超えるセールスという大衆的な形で突き破った。
その後、実際に韓国の教育制度改革の議論が活発化した背景に、この曲が世論を動かした影響があったとも言われている。
音楽が制度を動かした事例として、韓国史上でも指折りの出来事だ。

逆再生騒動については補足が必要だ。
1994年当時、アメリカで「バックマスキング」という概念が広まっていた。
ロックやヘヴィメタルの曲を逆回転させると悪魔への崇拝メッセージが聞こえる、という主張が一部の宗教団体から出ていた時代だった。
「교실ギョシル 이데아イデア」の逆再生騒動は、その流れを受けた韓国版のモラルパニックだった。
事実無根と証明されたが、それだけこの曲への注目度が高かった証拠でもある。


3集と「文化大統領」という称号

3集において注目すべきもうひとつの点は、ヤン・ヒョンソクの作詞した「널ノル 지우려ジウリョ 해ヘ」が収録されていることだ。
1集でもヤン・ヒョンソクは作詞を担当した。
ダンサーとして参加しながら、歌詞も書く。
この多才さが、後にプロデューサーとして成功する素地だったのかもしれない。
YGを設立して以降のヤン・ヒョンソクは、音楽よりもビジネスの人として語られることが多い。
だが、彼の出発点にはソ・テジとアイドゥルのメンバーとして曲を書いたという経験がある。
そのことを「널ノル 지우려ジウリョ 해ヘ」は教えてくれる。

「文化大統領」という称号

「문화대통령ムンファデトンリョン/文化大統領」。
この呼称がソ・テジに定着したのは、3集前後のことだ。
大統領とは国家元首だが、「文化の大統領」とは要するに「若者の心の大統領」という意味だ。
国会議員でも政府役人でも親でも教師でもなく、ソ・テジが若者の精神的な指針になっていた。

これはとてつもない影響力だ。
同世代の一人の若者の言葉が、国全体の若者の感情を代弁していた。
その状況が10年あまり続いた。
日本で近い事例を探そうとすると、なかなか出てこない。
ソ・テジほど政治的・社会的な影響力を持ちながら、同時に商業的な成功も収めたポップアーティストというのは、どの国でも稀だ。

3集が百大名盤に選ばれた理由は、単に音楽的完成度だけではないだろう。
それが生まれた時代の証言として、記録する価値があるからだ。
1994年に、あの社会で、あの音楽が生まれた。
その事実そのものが、選出理由のひとつだと思う。


渤海という選択

タイトル曲「발해를バルヘル 꿈꾸며クムクミョ」で「渤海」を選んだことの意味を考える。
渤海は698年から926年まで、朝鮮半島北部から満州にかけて存在した国家だ。
高句麗の後継国家とも呼ばれる。
現在の韓国・北朝鮮・中国・ロシアにまたがる広大な領域を治めていた。

ソ・テジがこの古代国家を選んだのは、朝鮮半島が分断される以前の統一された姿への郷愁を込めるためだろう。
渤海は現在の南北どちらの「自国史」にも完全には収まらない、より大きな「朝鮮民族の歴史」の象徴だ。
その広大な空を夢見ることで、分断という現実への悲しみと、統一という願望を同時に表現した。

教科書にも掲載されたということは、教育の場でも「この曲が訴えることには意味がある」と評価されたということだ。
1集でデビューし、わずか2年で教科書に載る曲を書いた。
ソ・テジの言葉が持つ力の重さを、改めて感じる。


マルのひとこと

220万枚売れた次のアルバムでダンス曲をゼロにする、その決断ができることが僕には信じられない。
3集を聴くたびに、「本当にやりたいことをやる」ということの怖さと美しさを同時に感じる。
教室イデアを聴くと、音楽が単なるエンターテインメントではないことを思い知る。
あの絶叫は、怒りを持った一世代が持ち得たひとつの声だった。
その声が150万枚売れて、教科書に載って、制度論議を巻き起こした。
音楽に何ができるか、という問いへの答えがここにある。
僕は3集を聴くたびに、自分が生きている時代にも、誰かがこういう音楽を作っているはずだと思う。
それを探し続けることが、音楽を聴く理由のひとつだ。
ソ・テジの革命は、このアルバムでさらに深化した。

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