ソ・テジと僕。 서태지와나.

夜明け前

ソウルには한강(ハンガン/漢江)という川がある。
街を南と北に分けるこの川を渡ると、同じソウルでも空気が変わる。

韓国の音楽史にも、その川と同じ境界線がある。
1992年を境に引かれた、「以前」と「以後」という線だ。
その線を引いた張本人を、ソテジとアイドゥル(서태지와 아이들)という。

このグループがやったことは、ヒット曲を出したという次元ではない。
韓国の音楽の作り方、聴き方、売り方、さらには国の検閲制度そのものまで、たった4年で変えてしまった。順に見ていく。


■ 基本情報

項目内容
グループ名서태지와 아이들(ソテジとアイドゥル)
デビュー1992年3月23日(1集発売)
解散1996年1月31日
活動期間約3年10ヶ月
発表アルバム全4集
通称문화대통령(文化大統領)/10代の大統領

■ メンバー

서태지(ソ・テジ)|文化大統領
本名チョン・ヒョンチョル(정현철)、1972年生まれ。
グループの頭脳であり、ほぼ全曲の作詞・作曲・編曲・プロデュースを一人で担った。
高校中退後、ヘヴィメタルバンド「시나위(シナウィ)」のベーシストを経て、アメリカの黒人音楽・ヒップホップに傾倒。
韓国語ラップとダンスミュージックを独自に探求し、グループを結成した。
解散後の1998年にソロ復帰し、現在も活動を続けている。

양현석(ヤン・ヒョンソク)|後のYG総帥
コーラスとダンスを担当。
グループ解散と同じ1996年に事務所「양군기획(ヤングン企画)」を設立。
これが後のYGエンターテインメントとなり、JINUSEAN・1TYM・BIGBANG・2NE1・BLACKPINKを世に送り出す。
K-POPの歴史を動かす人物が、ここでダンスを踊っていた。

이주노(イ・ジュノ)|ダンスの推進力
ダンス担当。
グループの激しいパフォーマンスを牽引した。
解散後はソロ活動や後輩の発掘など、多方面で活動を続けた。


■ 1992年、最低点から始まった革命

1992年3月14日、テレビ番組「토요일 토요일은 즐거워(土曜日土曜日は楽しいよ)」の生放送。
3人が初めてステージに立った。

審査員がつけた点数は、10点満点で7.8点。ほぼ最低評価だった。
ヒップホップ、ロック、ダンス、韓国語ラップ。
当時の韓国の音楽語彙には、その音を表す言葉すら存在しなかった。
審査員は採点のしようがなかったのだ。

ところが視聴者の反応は真逆だった。
デビューから9日後の1992年3月23日、1stアルバム「ソテジとアイドゥル 1集」がリリース。
瞬く間に社会現象となる。


■ 1集 その年のすべての賞を独占した

タイトル:서태지와 아이들 1집(ソテジとアイドゥル 1集)
リリース:1992年3月23日

収録曲:

  1. Yo! Taiji
    ※作詞作曲:ソ・テジ
  2. わかってる|난 알아요|I Know
    ※作詞作曲:ソ・テジ
  3. 幻想の中のあなた|환상 속의 그대|You, In the Fantasy
    ※作詞作曲:ソ・テジ
  4. 君と共にした時間の中で|너와 함께한 시간 속에서|In the Time Spent With You
    ※作詞作曲:ソ・テジ
  5. この夜が更けてゆくが|이 밤이 깊어가지만|Though This Night Deepens
    ※作詞:ヤン・ヒョンソク 作曲:ソ・テジ
  6. 僕のすべて(Live Mix)|내 모든 것|My Everything
    ※作詞作曲:ソ・テジ
  7. 今は|이제는|Now
    ※作詞作曲:ソ・テジ
  8. Blind Love(English ver.)
    ※作詞:William.B 作曲:ソ・テジ
  9. Rock’n Roll Dance(’92 Heavy Mix)
    ※作詞:ソ・テジ 作曲:Angus Young
  10. Missing
    ※作曲:ソ・テジ

    ※全曲 編曲:ソ・テジ


収録曲「わかってる」がMBCの音楽チャートで10週連続1位を記録した。

この数字が何を意味するか。1992年の韓国に地上波は3局しかなかった。KBS、MBC、SBS。そのうちひとつのチャートで1位の座を2ヶ月以上誰にも渡さないとはどういうことか。当時「バラードの皇帝」と称されたシン・スンフン(신승훈)、「歌王」チョ・ヨンピル(조용필)、「トロットの伝説」ナ・フナ(나훈아)。これらの絶対的な存在たちが支配していたチャートで、デビュー新人が10週間居座り続けた。

1集の最終販売枚数は約180万枚。デビューアルバム歴代最高販売枚数を記録した。

受賞はその年の主要な音楽賞をほぼ独占した。

  • TV저널 今年のスター賞
  • ソウル歌謡大賞 最高人気賞
  • スポーツソウル 今年の歌手賞
  • 大韓民国映像音楽大賞 ゴールデンディスク賞
  • MBC 10大歌手歌謡祭 最高人気歌謡賞+新人歌手賞
  • KBS歌謡大賞 15大歌手賞

その年の音楽界に与えられたすべての賞を独占したと語られるほど、授賞式を制圧した。


■ 2集 国内初の220万枚超え

タイトル:서태지와 아이들 2집(ソテジとアイドゥル 2集)
リリース:1993年6月21日

収録曲:

  1. Yo! Taiji
  2. 何如歌|하여가|Anyhow Song
  3. 僕たちだけの思い出|우리들만의 추억|Our Memories
  4. 死の沼|죽음의 늪|Swamp of Death
  5. 君に|너에게|To You
  6. 誰是我|수시아|Who Am I
  7. 最後の祝祭|마지막 축제|The Last Festival
  8. 僕たちだけの思い出(Inst.)

    ※全曲 作詞作曲編曲:ソ・テジ

このアルバムは国内で初めて220万枚以上の販売記録を打ち立てた。

当時の韓国の人口は約4400万人。その約5%が同じアルバムを手に取ったことになる。日本に換算すれば約600万枚に相当する規模だ。タイトル曲「何如歌」はポップとロックを融合させ、1集とは異なる音楽的成熟を示した。


■ 3集 音楽が社会に牙をむいた

タイトル:서태지와 아이들 3집(ソテジとアイドゥル 3集)
リリース:1994年8月10日

収録曲:

  1. Yo! Taiji
  2. 渤海を夢見て|발해를 꿈꾸며|Dreaming of Balhae
  3. 子どもたちの目で|아이들의 눈으로|Through Children’s Eyes
  4. 教室イデア|교실 이데아|Classroom Idea
  5. 僕の心さ|내 맘이야|It’s My Heart
  6. ジキル博士とハイド|제킬박사와 하이드|Dr. Jekyll and Hyde
  7. 永遠|영원|Eternity
  8. 渤海を夢見て(Inst.)
  9. 君を消そうとする|널 지우려 해|Trying to Erase You
    ※作詞:ヤン・ヒョンソク

    ※1〜7 作詞:ソ・テジ
    ※全曲作曲編曲:ソ・テジ

ここでソテジとアイドゥルは変わった。

「教室イデア」は大韓民国の教育制度の矛盾を正面から批判した曲だ。大学入試のためだけに存在するような画一的な教育を告発し、10代から熱狂的な支持を受けた。

「渤海を夢見て」は失われた古代国家・渤海への郷愁と民族アイデンティティを歌い、社会的な議論を呼んだ。

音楽で社会問題を公の議論にする歌手を、韓国の10代は「文化大統領」と呼び始めた。大統領という言葉を音楽家に使う国は、そう多くない。


■ 4集 検閲と最後のメッセージ

タイトル:서태지와 아이들 4집(ソテジとアイドゥル 4集)
リリース:1995年10月5日

収録曲:

  1. Yo! Taiji
  2. 必勝|필승|Victory
  3. Come Back Home|컴백홈
  4. 時代遺憾|시대유감|Regret of the Times ※原曲は検閲によりMRバージョンのみ収録
  5. 1996, 彼らが地球を支配したとき|1996, 그들이 지구를 지배했을 때|1996, When They Ruled the Earth
  6. 悲しい痛み|슬픈 아픔|Sad Pain
  7. Taiji Boys
  8. Free Style
  9. Good Bye

    ※1〜7,9 作詞作曲編曲:ソ・テジ
    ※8 作詞作曲編曲:ソ・テジ、キム・ジョンソ(シナウィ)

4集には重大な事件が起きた。

収録曲「時代遺憾」の歌詞が事前審議で引っかかった。歌詞が政治的・社会的に問題があると判断され、原曲のボーカルは収録できなかった。アルバムには歌詞を取り除いたMRバージョンのみが収録され、原曲のフルバージョンはグループ解散後にようやくシングルとして発売された。

この一件は、韓国の音楽における事前検閲制度そのものへの問題提起となり、後に検閲制度が廃止される流れを後押ししたとも言われている。音楽家が制度を動かしたのだ。

「Come Back Home」は青少年の家出という社会問題を取り上げた。家庭崩壊、暴力、経済的苦境。ソテジとアイドゥルは最後まで、当時の韓国が直視したがらないものを音楽で照らし続けた。


■ 「시대유감/シデユガン」一曲が国の検閲制度を倒した

韓国大衆音楽史において、ソ・テジが残した最大の功績のひとつがこれだ。

4集収録曲「시대유감(シデユガン/時代遺憾)」は、1995年9月、当時の공연윤리위원회(公演倫理委員会、通称「공륜/ゴンリュン」)から「歌詞が過激で現実を否定的に描いている」として修正を求められた。

ソ・テジの抵抗は鮮烈だった。
歌詞を修正するのではなく、ボーカルを丸ごと削除し、歌のない演奏(インストゥルメンタル)版だけをアルバムに収録したのだ。
「言えないなら、何も言わない」という無言の抗議だった。

この出来事が引き金となり、音盤の事前審議制度そのものへの批判が噴出する。
そして1996年6月、憲法裁判所は事前検閲を違憲と判断。
공륜は1996年6月7日に廃止された。
これを記念して、同年7月10日、歌詞のついたオリジナルの「시대유감」がシングルとして発売された。

歌手が一曲をめぐって抵抗し、その結果として国の検閲制度が消えた。
これは韓国の表現の自由の歴史における、決定的な事件だった。


■ 1996年1月31日、文化大統領の退任

1996年1月31日、ソウルの성균관 유림회관(成均館儒林会館)で記者会見が開かれた。

ソ・テジはこう告げた。
「過去4年間の歌謡界活動を終え、大韓民国の平凡な青年に戻りたい」。

この発表は、KBS・MBC・SBSの3大放送局すべての夜9時メインニュースのトップで報じられた。
音楽グループの解散が国のトップニュースになる。
それ自体が、彼らの存在の大きさを物語っていた。
ファンは自宅や事務所の前に集まり、解散反対のデモを繰り広げた。

活動期間、わずか4年。アルバム、わずか4枚。
その短い時間で、韓国の音楽は別の川を流れ始めていた。


■ 解散後、それぞれの道

■ 解散後のそれぞれ

ソ・テジは1998年にソロとして復帰し、なんだかんだ独自の音楽世界を築き続けている。
ヤン・ヒョンソクはYGエンターテインメントを率い、K-POPを代表する事務所のひとつに育て上げた。
イ・ジュノはソロ活動や後輩育成など多方面で活躍を続けた。
3人が別々の道を進んだことで、ソ・テジとアイドゥルが蒔いた種は、韓国の音楽のあちこちで芽を出すことになった。


■ K-POP史における位置づけ

ソ・テジとアイドゥルが韓国大衆音楽に残したものを整理すると、こうなる。

  • 放送で韓国語ラップを初めて成立させた
  • ダンスミュージックを歌謡界の主流に押し上げた
  • 「活動期」と「休息期」を区別する概念を初めて確立した(後のアイドル活動サイクルの原型)
  • アイドル市場を切り開いた(後のH.O.T.やSechs Kiesに直接つながる)
  • 音楽で社会問題を語ること、そして検閲に抗うことを示した
  • ファッション・ヘアスタイルまで社会全体に影響を与えた

今のK-POPが世界で当たり前にやっていることの、かなりの部分の原型がここにある。


■ 韓国でのイメージ

韓国でソ・テジは、ほとんど「触れてはいけない神話」に近い扱いを受けている。

「문화대통령(文化大統領)」という称号は、引退から30年近く経った今も生きている。
世代を問わず、彼が韓国大衆音楽の「起点」であることに異論を唱える人はほとんどいない。
ミュージシャンが尊敬するミュージシャン、いわば「アーティストのアーティスト」という位置にいる。

同時に、彼は極端に露出を避ける「神秘主義」のイメージでも知られる。
それは感覚でいうと、「引きこもり」に近いレベルで。
バラエティに頻繁に出るタイプではなく、長い沈黙の後にふらりとカムバックしては、また姿を消す。
その「滅多に会えない」感覚が、逆に伝説性を強めている。
普段テレビに出ずっぱりのスターとは、明らかに別種のオーラだ。

若い世代にとっては「親世代が熱狂した伝説」「K-POPの源流にいる人」という認識が強い。
リアルタイムで体験していなくても、「すごい人らしい」という畏敬だけは確実に受け継がれている。
韓国におけるソ・テジ/서태지という名前は、流行ではなく、もはや歴史の一部として扱われている。


■ ディスコグラフィー一覧

リリース特記記事
1集1992.03.23「난 알아요」
10週連続1位
▶ 聴いた日。
2集1993.06.21「하여가」
ダブルミリオン
▶ 聴いた日。
3集1994.08.10「교실 이데아」▶ 聴いた日。
4集1995.10.05「Come Back Home」▶ 聴いた日。

■ 余談

  • グループ名の「아이들(アイドゥル)」は「子どもたち」の意味。
    「ソ・テジと、その仲間たち」というニュアンス
  • ヤン・ヒョンソクが後にYGを作ったことで、「ソ・テジ → YG → BIGBANG」という系譜が生まれた。BIGBANGを好きな人は、知らないうちにソ・テジの孫の世代を聴いている
  • 「난 알아요(ナン アラヨ)」は海外アーティストからの影響も指摘されるが、韓国語でラップが成立することを大衆に証明した功績は揺るがない

マルのひとこと

ソテジとアイドゥルの「幻想の中のあなた(환상 속의 그대/ファンサン ソゲ クデ)」という曲がある。

これが1992年の音楽だということが、僕にはいまだに信じられない。新しいとか古いとかいう次元の話ではない。この曲は、まだ来ていない時代の音がする。未来の曲だ。そして幻想の中にいる僕は、ふとこう思う。

ソ・テジという幻想が作り上げた世界を、うりぬん、もう知っているのかもしれない、と。

伝説とはたぶん、そういうものだ。初めて聴いたのに、ずっと前からそこにあった気がする。1992年に韓国の音楽を変えて、1996年に突然引退を宣言した男は、30年以上経った今も「文化大統領」と呼ばれ続けている。大統領は任期が終わったら大統領ではなくなる。でもソ・テジは、ずっとそう呼ばれている。

それがすべてを語っている。

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