▶ アーティストページ:ソ・テジと僕。
1993年6月21日、韓国で初めて「ダブルミリオン」に到達した一枚。
マーケティングの天才という皮肤が飛び交うほど売れたアルバム。
学生が学校を早退してレコード店に並んだ、あの伝説の音盤。
作品概要
•発売日:1993年6月21日
•形態:2ndアルバム(全8曲)
•ジャンル:ヒップホップ / ロック / 国楽フュージョン / エレクトロニカ
•TITLE曲:「하여가/何如歌」
•販売枚数:220万枚超(韓国大衆音楽史上初のダブルミリオン)
•制作:서태지/作詞・編曲・演奏すべて
時代背景
1集が230万枚(※後の集計では130万枚とも)という驚異的なセールスを記録してから約1年。
1993年の韓国で、ソ・テジとアイドゥルへの期待は社会現象的な水準に達していた。
学生たちの間では「次のアルバムが出たら学校を早退してでも買いに行く」という空気があったという。
そして実際に、そうなった。
しかし、ソ・テジは「売れているから、もっと大衆向けに」という方向を選ばなかった。
むしろ逆だった。
1集でラップを持ち込んだ次の一手として、彼は韓国の伝統音楽「국악」をロックに融合させるという、前代未聞の実験を行った。
ダブルミリオンと実験精神を同時に達成した、唯一無二の一枚だ。
この時代の韓国で、ソ・テジほどの影響力を持ったアーティストは他にいない。
服装、言葉遣い、音楽の趣味、社会への視点。
若者がソ・テジに同期していた。
日本で言うなら、その影響力の桁は尾崎豊と安室奈美恵を合わせたような感じかもしれない。
もっと大きいかもしれないが、とにかくそういうスケールだった。
アルバムの流れ
恒例の「Yo! Taiji」で幕を開け、いきなり「하여가」でヘヴィメタルのギターと韓国の伝統楽器・태평소を激突させる。
誰も聴いたことのない音で、リスナーの度肝を抜く。
そこからファンへの愛を綴ったバラード、薬物という社会の闇、エレクトロニカの実験を行き来し、1集の荒削りさから一歩進んだ「作品」としての完成度を見せつける。
1集が宣戦布告なら、2集はもう勝利宣言だ。
しかも、ただ売れただけではない。
中身は当時の韓国で最も実験的だった。
各曲紹介
01 Yo! Taiji
今作も儀式のイントロから。
「これから何かが始まる」という合図は、もう様式美になっている。
マイケル・ジャクソンとヒップホップを感じさせるビートが始まりを告げる。
2集のイントロを聴くと、1集より音の解像度が上がっていることがわかる。
制作環境もアーティストとしての自信も、一段階成長した跡だ。
02 [TITLE] 하여가 (何如歌 / Anyhow Song)
正直、歌詞は僕にも聞き取れない。
2集の、いや韓国大衆音楽史の事件。
ヘヴィメタル級のギターソロと、韓国伝統楽器・태평소という笛の音色を一曲に同居させた。
ヒップホップに국악/韓国伝統音楽を接ぎ木したこの発想が、1993年のものだ。
裏側がまた豪華だ。
曲中の「イェイ イェイ イェイヤイヤ」という叫びは、ソ・テジの友人であり師でもある김종서。
中盤のギターソロのアドリブは、セッションギタリスト이태섭。
そして태평소は、サムルノリで名高い김덕수が録音に参加し、ライブでは장사익が吹いた。
韓国伝統芸能の巨匠たちが、ロックの真ん中に呼ばれている。
「何如歌」というタイトルは朝鮮時代の歌謡から来ている。
伝統と現代、東洋と西洋。
その二つを強引に衝突させることで生まれる音のエネルギーが、この曲のすべてだ。
ゴリゴリのロックなのに、途中から太鼓と笛が鳴り始める。
初めて聴いた人は必ず「あれ、何が起きた?」となる。
それが狙いだったのだろうし、それは今も成功し続けている。
03 우리들만의 추억/僕たちだけの思い出
これは特別な一曲だ。
ファンの真心や、ファンとの交感を思い出して書かれた曲で、後述の「너에게」とともに、韓国歌謡史上初の「팬송/ファンソング」に分類される。
アイドルがファンに向けて歌を捧げるという、今では当たり前の文化。
その起点がここにある。
韓国のDDR (댄스댄스레볼루션) 的なゲームに収録されていたおかげで、ソ・テジとアイドゥルを直接知らない世代にも認知度がある。
結果として、時代を超えた曲になっている。
色んな音の集合体を作る天才ソ・テジって感じがする一曲。
聴くたびに「好き」が増す。
04 죽음의 늪/死の沼
ソ・テジとアイドゥルの曲で初めて社会性が加わった一曲。
テーマはなんと薬物問題だ。
麻薬中毒者の内面を描いた歌詞で、この頃の韓国では踏み込んだテーマだった。
編曲はスマッシング・パンプキンズや、ソ・テジが敬愛するマイケル・ジャクソン、特に「Dangerous」アルバムの影響を受けているとソ・テジ自身が語っている。
推理映画やホラー映画のBGMのような、陰鬱な空気をまとっている。
この曲が2集に入っていることで、アルバムは「売れ線の集合体」ではなくなった。
意図的に影を持ち込んでいる。
次の3集で社会批判がさらに深まる予告が、ここにすでに埋まっている。
05 너에게/あなたへ
ソ・テジとアイドゥル特有の、感性的なポップバラード。
「우리들만의 추억」と並び、韓国初のファンソングとして語られる。
激しさの裏にある、優しい一面。
ソン・シギョンがカバーしたバージョンも有名で、僕はどちらも好きだ。
原曲のほうに、ちょっと青くて不完全な感じがあって、それが好きだ。
世界は変わっていくだろうし、僕らの考えも変わる。
でも、あなたのことは変わらず思っている。
そんな内容の歌詞が、ちょうど20代前半の声で歌われると、リアルな重量を持つ。
06 수시아/誰是我
「誰是我 (我は誰ぞ)」という漢字タイトルのエレクトロニカ。
158BPMという速いテンポのメロディは、2000年代初頭に韓国を席巻するテクノブームを7年も先取りしていたと評価されている。
発表当時、韓国で最も速いBPMの楽曲だったとも言われる。
アイデンティティを問うテーマと、未来的なサウンド。
今聴いても「速い曲だな」と感じるのに、これを1993年に作っていたということが本当に信じられない。
ソ・テジは常に、今の技術と今の感覚の数歩先に立っている。
その感覚が一番よく出ているのが、この「수시아」だと思う。
07 마지막 축제/最後の祝祭
花火の音が心地よい。
全体の音としては、ドリカムを思い出すような感じがする。
2集の活動期間のライブ実況は、後に「’93 마지막 축제」としてリリースされた。
タイトルが、その時代の幕引きを飾る一曲。
祝祭の「最後」とは何か。
次への扉を感じさせるタイトルだ。
08 우리들만의 추억 (Instrumental)
ファンソングのインストゥルメンタル版で締めくくる。
歌詞がない分、メロディの優しさだけが残る。
アルバムをここで閉じる選択が、ソ・テジらしい。
激しく始まり、静かに終わる。
その構成が、2集というアルバム全体の性格を表している。
アルバムを通して聴く
総評
2集を一言で言えば、「売れたのに、攻めていた」アルバムだ。
普通、220万枚という前人未到のセールスを記録するなら、もっと安全な、万人受けする音楽を作りたくなる。
だがソ・テジは逆をやった。
ヒップホップに国楽を混ぜ、薬物問題を歌い、テクノを先取りし、ファンソングという新しい文化を作った。
1集が「韓国語でこんな音楽ができる」という証明だったとすれば、2集は「その音楽で、まだ誰もやっていないことを全部やる」という宣言だった。
とりわけ「하여가」で見せた西洋と国楽の融合は、後のK-POPが世界で戦うときの武器になる「ハイブリッドの発想」そのものだ。
商業的な頂点と、音楽的な冒険を同時に成立させる。
これができるアーティストは、いつの時代も決して多くない。
2集のソ・テジはそれをやった。
しかも21歳か22歳でやった。
そのことを忘れないようにしたいと、何度聴いても思う。
またこのアルバムには、後の韓国音楽産業への伏線が多く含まれている。
ファンソングという文化の誕生、社会性のある歌詞の台頭、テクノの早期導入。
K-POPの今を構成する多くの要素が、2集という土台の上に立っている。
2集を聴くにあたって、アルバムとして通して聴くことをおすすめしたい。
「하여가」の衝撃から始まり、バラード、薬物問題を扱った曲、テクノの実験、祝祭の幕引き、インスト。
この8曲の流れには、一枚のアルバムとして意図された構成がある。
「하여가」だけ聴いて終わるのは、もったいない。
8曲目まで聴いてこそ、2集が「どういうアルバムだったか」がわかる。
「죽음의 늪」の陰鬱さと「너에게」の優しさが同じアルバムに存在することが、2集の振れ幅の広さを示している。
明るいだけでも暗いだけでもない。
その複雑さが、220万人が聴いたアルバムを一面的なものにしなかった理由のひとつだろう。
ソ・テジは一度として「前回の成功の繰り返し」をしなかった。
1集が売れたら2集でさらに違うことをする。
その姿勢がアーティストとしてのソ・テジの核心だ。
2集は、そのスタンスが商業的にも完璧に成功した奇跡の記録だ。
アメリカを音楽の第一線とした場合、韓国にとってソ・テジの存在は際立って大きい。
日本と比較すると5年は早く、最先端の音楽シーンを国内に持ち込んだアーティストだと言える。
しかも大大大ヒットで国民レベルに届けた。
そこが、他と違うところだ。
余談
僕の好きな順を紹介する。
1位 너에게
2位 우리들만의 추억
3位 마지막 축제
正直に言うと、2集は「하여가」に全部持っていかれるアルバムだと思っている。
ヘヴィメタルのギターが鳴っているのに、その隙間から태평소が顔を出す。
普通なら水と油みたいな組み合わせなのに、なぜか成立してしまっている。
初めて聴いたとき、「何が起きてるんだ」と笑えるほどに。
1993年に、ロックの真ん中にサムルノリの巨匠を呼ぶ。
その発想が、どう転んでもソ・テジ。
あの「イェイ イェイ イェイヤイヤ」の叫びも友人であり師匠である人を、こんな形で曲に閉じ込めるセンス。
人間関係まで音楽の素材にしてしまう。
そして地味にすごいのが「수시아」だ。
158BPMのこの曲を1993年に作っていたという事実が、おまけでついてくるってどないやねん、と思う。
テクノが流行る何年も前に、もうここにあった。
ソ・テジはいつも、時代の数歩先に立って手招きしている。
1集の荒削りな衝撃も好きだけど、2集は「この人たち、本気で何か企んでる」と確信させてくれる一枚だ。
だから僕は、何度でも「하여가」に戻ってくる。
「너에게」を1集を語る文脈で持ち出してしまったが、改めて2集の文脈で聴くと、また違った重さがある。
1集でデビューし、たった1年でダブルミリオンを達成した。
それだけの数の人が聴いていた。
そのファンたちへ向けて「あなたへ」と歌う。
220万人に「あなたへ」と言える人が、この世界に何人いるだろう。
ソ・テジはその数の重さを感じながら、この曲を書いたのだろうか。
それとも、ただ自然に出てきた言葉だったのだろうか。
どちらでも、この曲は成立している。
それが本物の曲の強さだ。
ファンソングという文化が今のK-POPアイドルにとって当然のコンテンツになっていることを考えると、「너에게」が30年以上前に作られたことの意味が大きく感じられる。
今の韓国アイドルがやっていることの原点を、このアルバムはいくつも持っている。
2集は、韓国音楽の可能性の広さを証明した。
ヒップホップも国楽も薬物問題もファンへの感謝もテクノも、ひとつのアルバムの中にある。
ジャンルの壁を意識しないアーティストだけが、こういうものを作れる。
ソ・テジは最後まで、壁を気にしなかった。
それが、このアルバムが今も新鮮である理由のひとつだ。
2集を聴いてから3集を聴くと、その変化の大きさに驚く。
同じアーティストが1年2ヶ月でここまで変わるのかという驚きがある。
だが変わっていないものもある。
「誰もやっていないことをやる」という姿勢だ。
2集では国楽とロックの融合。
3集ではダンス曲ゼロのメタルアルバム。
その一貫した「常識を疑う」姿勢が、1集から4集まで貫かれている。
2集はその旅の第二章として、最も商業的に成功した地点に立っている。
その成功が、3集・4集の自由を生んだとも言える。
220万枚という信頼があったから、次のアルバムで冒険できた。
セールスという結果が、アーティストの自由を作ることがある。
2集はその典型例であり、韓国音楽史においても稀有な事例だ。
売れたから攻められた。
そのことが、このアルバムをより特別にしている。
2集のプロデュース姿勢について
2集のクレジットを見ると「作詞・編曲・演奏すべて ソ・テジ」という表記がある。
これが何を意味するか。
20歳代のアーティストが、メジャーリリースの楽曲をすべて自分でコントロールしたということだ。
作詞だけ、あるいは編曲だけを担当するのではなく、音楽としての全体像を自分の意志で設計した。
この姿勢は、後の韓国音楽産業における「プロデューサーアーティスト」という概念の先駆けでもある。
今のK-POPでも、グループの中に楽曲制作に深く関わるメンバーがいることは当たり前だ。
BIGBANGのG-DragonやSOLが自ら楽曲を書く、防弾少年団のメンバーたちが作詞に参加する。
その文化の源流には、ソ・テジのこの姿勢がある。
「アーティストが自分の音楽を自分で作る」という文化を韓国の大衆音楽に根付かせた人、それがソ・テジだ。
2集が生んだ文化と記録
220万枚という数字がどれほどのものか、少し考えてみたい。
1993年の韓国の総人口は約4500万人。
その中で220万枚が売れたということは、約20人に1人がこのアルバムを買ったことになる。
子どもや高齢者を除けば、音楽を積極的に聴く年代の相当な割合がこのアルバムを手にした計算だ。
韓国大衆音楽史上初のダブルミリオンという記録は、単なる数字ではなく、ひとつの時代が結実した証だった。
ダブルミリオンのアルバムがヒップホップと国楽の融合実験を含んでいる。
この矛盾のような事実が、ソ・テジという存在の特異性を示している。
商業的な成功と芸術的な実験が、普通なら相反する。
大衆に届けるためには、わかりやすくシンプルにする必要があることが多い。
だがソ・テジは、難解かもしれない実験をそのまま入れて、それでも220万枚売った。
リスナーがソ・テジを信頼していた、ということだろう。
「この人が面白いと言うなら、面白いはずだ」という信頼が、受容を作った。
国楽とロックの融合という革命
「하여가」で行われた国楽とロックの融合は、1993年時点では完全に前代未聞だった。
韓国の伝統音楽「국악」は、保守的な文脈で保護・継承されるものという認識が強かった。
それをヘヴィメタルのギターと同じ曲の中に置く。
伝統音楽の担い手たちが怒っても不思議ではない発想だが、サムルノリの巨匠김덕수自身が参加したことで、それは「冒涜」ではなく「融合」として受け取られた。
後に「ワールドミュージック」という言葉が日本でも普及し、伝統音楽と現代音楽の融合は音楽シーンの一ジャンルになった。
だが1993年の韓国でそれをやった人物として、ソ・テジの名前は歴史に刻まれている。
2集の「하여가」は、後のK-POPが世界で戦うときの「ハイブリッド戦略」の原型だ。
東洋と西洋を混ぜる、伝統と現代を混ぜる、その発想が1993年にすでにあった。
ファンソングという文化の誕生
「우리들만의 추억」と「너에게」が韓国初のファンソングとして語られることの意味は大きい。
今では「ファンソング」はK-POPアイドルにとって定番のコンテンツだ。
ファンへの感謝や愛を楽曲として残すことは、アーティストとファンの関係性を深める文化として確立している。
その起点がソ・テジとアイドゥルの2集にある。
より深く言えば、「アーティストがファンに対して感謝を示す」という発想自体が、当時の韓国の歌謡界では珍しかった。
歌手は舞台に立ち、観客はそれを受け取る。
その一方向性が当然だった時代に、ソ・テジはファンとの双方向性を音楽として表現した。
それが後のアイドル文化の「ファンとの関係性」という概念の礎になった。
今の韓国アイドルグループが当然のようにやっていることの多くは、ソ・テジ世代が切り拓いたものだ。
マルのひとこと
ヘヴィメタルのギターと伝統楽器が同じ空間で鳴っている瞬間、「音楽に不可能はない」と本気で思った。
220万枚売れたアルバムが、同時に最も挑戦的なアルバムでもある。
それがソ・テジの2集だ。
2集を聴いてから、韓国の伝統音楽を聴くと面白い発見がある。
「태평소」という楽器の音を知っていると、その後の韓国音楽の中でそれがサンプリングされたり引用されたりする瞬間に気付けるようになる。
ソ・テジが「하여가」でその音を大衆化した影響は、思いのほか長く続いている。
K-POPが世界で「韓国的なもの」として戦えるのは、こうした伝統との接続を試みた先人がいたからだ。
2集はその最初の試みの、最も成功した例だ。
だから2集を聴くことは、今のK-POPを深く理解することにも繋がる。
「하여가」を聴いてから、韓国の伝統芸能を観てみると、また新しい発見がある。
テピョンソの音が、頭の中でロックギターと鳴り始めるから。
ソ・テジは人の耳を、永遠に変えてしまった。
2集はそのことを、もっとも鮮明に証明した作品だ。
220万枚が証明するのはセールスだけじゃない。
220万人分の耳が変わったことを、このアルバムは証明している。
そしてその変わった耳が、次の世代の音楽を作る人たちを育てた。
ソ・テジとアイドゥルの2集は、韓国音楽の地図を書き直した一枚であり、今も現役で誰かの耳に届いている。
それが本物のレガシーというものだ。
2集はその証明を、最も華やかな形で残した一枚だ。
韓国音楽史に燦然と輝く、永遠の名盤だと思っている。



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