▶ アーティストページ:Epik High
「We’ve Done Something Wonderful」というアルバムタイトルを日本語に訳すなら、「僕たちは何か素晴らしいことをした」となる。
過去形だ。
すでに何かを成し遂げた人たちの、静かな達成感。
- 目次
- アルバム概要
- 01 People Scare Me
- 02 빈차ビンチャ (Empty Car) feat. OH HYUKの오혁オヒョッ
- 03 No Thanxxx feat. Mino, Simon Dominic, The Quiett
- 04 연애소설ヨンエソソル (Love Story) feat. IU
- 05 Here Come the Regrets feat. Lee Hi(イ・ハイ)
- 06 The Benefits of Heartbreak feat. Lee Suhyun(イ・スヒョン)
- 07 Bleed
- 08 Tape 2002/7/28
- 09 Us Against the World
- 10 Lost One feat. Kim Jong-wan(キム・ジョンワン)
- 11 문배동ムンベドン (Munbae-dong) feat. Crush(クラッシュ)
- アルバムの評価と意義
- エピカイとTaJinYo事件
- マルのひとこと
- プロフィール
- 主要ディスコグラフィー
目次
- アルバム概要
- アルバムの評価と意義
- エピカイとTaJinYo事件
- マルのひとこと
- プロフィール
- 主要ディスコグラフィー
「빈차/空車」という曲は、深夜のタクシーを題材にしている。
「빈차」は乗客のいないタクシーのサイン。
「계산적인 세상이 손을 내미는데/計算高い世界が手を差し伸べてくる」
「잡기 싫은데 빈손이 더 무서워/つかみたくない、でも空手が怖い」
成功の「乗り物」に乗ることへの迷いと、乗れなかったことへの複雑な感情。
OH HYUKの霞がかった声が、その感情の輪郭を曖昧にする。
MVはソウルの深夜の街頭で撮影された。
タクシーのサインが灯ったり消えたりしながら、誰も乗っていない車が走っていく。
夢を追いかけながら届かない、30代の不全感。
ピンポイントで刺してくる曲だった。
「Love Story(연애소설)」はIUとのコラボ。
IUのラインが忘れられない。
「왜 모든 기억이 명장면이 되어서/なぜ全ての記憶が名シーンになって」
「날 갈기갈기 찢어놓나/私をズタズタに引き裂くのか」
別れてもなお、思い出は美しくなっていく。
それがいかに残酷かを、これほど正確に表現した曲を他に知らない。
Tabloはこう歌う。
「아무것도 없었던 나에게/何も持っていなかった私に」
「네가 준 상처들 덕분에/君がくれた傷のおかげで」
「슬픈 연애소설의 주인공이 될 수 있었어/悲しい恋愛小説の主人公になれた」
傷が人を物語の主人公にする。
この一節を読んだとき、このアルバムタイトルの意味がやっとわかった気がした。
アルバム概要
「We’ve Done Something Wonderful」は2017年にリリースされたエピカイの9thアルバムだ。
グループ結成から14年という節目を迎えての作品であり、タイトルにはその年月への静かな誇りが込められている。
「何か素晴らしいことをした」という過去形の宣言は、自己賞賛ではなく、長い旅を経て初めて口にできる感謝の言葉だ。
このアルバムの最大の特徴は、豪華すぎるコラボレーションにある。
IU、BIGBANG(G-DRAGON, T.O.P)、CL、Crush、AKMU、Lee Hi、OH HYUKといった韓国音楽を代表するアーティストたちが参加している。
エピカイが14年間かけて築いたネットワークと信頼関係がなければ、このラインナップは実現しなかった。
ある意味でこのアルバムは、エピカイが韓国音楽シーンに存在し続けたことの証明書でもある。
一方で、このアルバムはエピカイの初期の怒りや鋭さよりも、より成熟した視点から人生を見つめる作品になっている。
30代後半のアーティストが、傷と喜びの両方を知った上で語る言葉は、若さの無謀さとは違う重さを持つ。
「僕たちは何か素晴らしいことをした」という言葉の重みは、14年間の積み重ねの上にある。
その積み重ねのひとつひとつが、このアルバムの曲たちになっているのだと思う。
01 People Scare Me
2017年の14周年アルバムの幕開けに相応しく、人間そのものへの恐怖を宣言する。
孤独に慣れた者が群衆に踏み込むときの、あの奇妙な恐怖心。
タブロ、ミスラ・ジン、DJ トゥクッツが三人で立ち上げたグループが、今もって「人が怖い」と言えることの正直さが、このタイトルに宿っている。
「怖い」と言うことは弱さではない。
それだけ深く傷ついた経験があるということだ。
TaJinYo事件で大衆というものの恐ろしさを骨身で知ったエピカイが、それでも人前に立ち続けてきた。
その矛盾と覚悟がアルバムの最初の一言に込められている。
「人が怖い」から「それでも音楽を続ける」への飛躍が、このアルバムを貫く意志だ。
2010年代前半に深刻な社会的攻撃にさらされながらも、エピカイは音楽への道を歩み続けた。
その経緯を知るリスナーにとって、「People Scare Me」というアルバムの冒頭は、単なる曲のタイトル以上の意味を持つ。
02 빈차ビンチャ (Empty Car) feat. OH HYUKの오혁オヒョッ
Hyukoh(혁오)のフロントマン、OH HYUKを迎えた深夜のソウルの詩。
「빈차(空車)」とはタクシーのルーフサインで、乗客なしで走っていることを示す。
成功という乗り物に乗ることへの迷い、しかし乗れないままでいることへの不安。
OH HYUKの独特のファルセットが、その宙吊り感をそのまま音に変えている。
ソウルの深夜の街頭で撮影されたMVは、灯ったり消えたりするビンチャのサインとともに、走り続けているが誰も乗せていない車を映し出す。
その映像はそのまま、夢を追いかけながらもどこへも辿り着けない焦燥感の比喩だ。
2017年のソウルに生きる、夢と現実の間にいる人々への共感がこの曲には満ちている。
OH HYUKとの組み合わせが生み出す、インディーとヒップホップが交差するサウンドも新鮮だった。
03 No Thanxxx feat. Mino, Simon Dominic, The Quiett
ミノ、サイモン・ドミニク、ザ・クワイエットを迎えたアルバム中最もハードなトラック。
魂のすべてを音楽に注ぎ込んできた人間の不退転の姿勢を宣言し、外部からの評価も謝罪も必要としないという独立宣言として機能する。
タブロ自身が「このアルバムで最も無垢な曲」と語った逆説が面白い。
表面上は過激に聞こえる言葉が、その実は純粋な芸術家精神の発露だった。
それを「感謝しない(No Thanxxx)」という挑発的なタイトルに包むのがエピカイらしい。
四人のラッパーが競い合うように声を重ねる後半は、韓国ヒップホップの豪華な瞬間のひとつだ。
YGとAOMGという異なるレーベルのラッパーが一堂に会したこのトラックは、エピカイの「繋ぐ存在」としての役割を体現している。
04 연애소설ヨンエソソル (Love Story) feat. IU
このアルバムで最も広く聴かれた曲。
韓国を代表するシンガーソングライター、IUを迎えた失恋の詩は、記憶が美しく変容することの残酷さを歌う。
「全ての記憶が名シーンになって私をズタズタに引き裂く」というIUのラインは、別れの後の感情を完璧に言語化した。
Tabloのリリックは傷を財産として語る。
「何も持っていなかった私に、君がくれた傷のおかげで、悲しい恋愛小説の主人公になれた」。
この一節がアルバムタイトル「We’ve Done Something Wonderful」の意味を照らし出す。
傷つくことも、誰かを愛したことも、すべてが「何か素晴らしいこと」の一部だったのだ。
IUとエピカイという二つの巨大な存在が融合したこの曲は、2017年の韓国音楽シーンで大きな話題を呼んだ。
05 Here Come the Regrets feat. Lee Hi(イ・ハイ)
大切にしていた記憶が時間とともに色褪せていく恐怖、そして後悔の波がやがて来るという予感を歌う。
イ・ハイのボーカルが悲しみに寄り添いながらも、それでも支え合うことへの希望を手放さない。
後悔は来る。
それでも「来てもいい」と受け入れるような、諦めと優しさが混在した複雑な一曲だ。
「後悔がやってくる」というタイトルは諦念のように聞こえるが、その後悔を恐れず迎えに行く強さがこの曲にはある。
イ・ハイの声とエピカイのリリックが交差するとき、傷ついた同士が肩を並べているような感覚が生まれる。
YGファミリーの後輩として共に活動してきた二者の信頼関係が、この曲の親密な温度感を生んでいる。
後悔を恐れることをやめた瞬間、人は少し自由になる。
06 The Benefits of Heartbreak feat. Lee Suhyun(イ・スヒョン)
失恋から何を得られるか。
痛みを財産に変えようとするこの曲は、傷つくことを許可する。
AKMU(악동뮤지션)のイ・スヒョンの澄んだ声が、傷口に当てる冷たい水のように響く。
押しつけがましい励ましではなく、静かに隣に座って語りかけるような温度感。
心が壊れることで初めて見えてくる景色がある。
そういう考えを、エピカイは長年の歌詞で繰り返し示してきた。
イ・スヒョンのボーカルが加わることで、失恋の痛みは「男の子の話」ではなく普遍的な人間の経験として広がる。
「失恋の利益(Benefits of Heartbreak)」という冷静なタイトルの選択に、長年を経て感情と距離を保てるようになったエピカイの成熟が表れている。
07 Bleed
アルバム中で最も剥き出しの一曲。
芸術のために自分を傷つけ続ける行為への、怒りでも誇りでもなく、ただの確認。
「出血していることで、俺は生きている」という逆説的な生の証明。
音楽を作り続けることの代償を詩的に、しかし正直に語る。
タイトルは一言、内容もミニマルだ。
それだけに削ぎ落とされたリリックの言葉一つ一つが重い。
エピカイが時々見せる「これ以上格好をつけない」瞬間のひとつで、アルバムの中に突然空いた無防備な穴のような曲。
コラボレーション曲が多いアルバムの中で、この一曲だけが剥き出しに「三人だけ」で立っている緊張感がある。
08 Tape 2002/7/28
1分45秒の短いトラック。
2002年7月28日という具体的な日付は、エピカイ結成前後の記憶を刻む。
テープに録音された過去の声のような質感で、若い日のある瞬間が召喚される。
言葉より空気が語るインタールード的な一曲。
日付を曲名にするという行為は、記録と記憶の間にある行為だ。
記念日ではない普通の一日が、後から振り返れば何かの始まりだったと気付く。
そういう個人的な時間の感覚が、このトラックに凝縮されている。
14周年のアルバムに置かれた小さなタイムカプセル。
14年前の誰かが現在の自分に語りかけているような、不思議な共鳴が生まれる。
09 Us Against the World
大人になった三人が、「世界に対して、俺たちは一緒にいる」という連帯を歌う。
責任や失望と戦いながらも、孤独ではないことへの確信。
アルバムタイトル「We’ve Done Something Wonderful」そのものを体現するような力強い宣言。
エピカイというグループが長続きする理由は、三人がお互いを本当に信頼しているからだとタブロは語った。
その信頼が音に出ている曲だ。
世界を敵に回しても、横に誰かがいれば戦える。
そういうシンプルな真実を、大仰でなく歌い上げる。
TaJinYo事件という集団的な圧力に晒されながら生き延びた三人の絆が、この曲に特別な重みを加えている。
10 Lost One feat. Kim Jong-wan(キム・ジョンワン)
アルバム中で最も長く(5分2秒)、最も静かな喪失の曲。
NELLのキム・ジョンワンが加わり、失った何か(あるいは誰か)への鎮魂が丁寧に紡がれる。
後悔でも怒りでもなく、ただ「いなくなった」という事実と向き合う時間。
キム・ジョンワンの声は悲しみを美しく包む特別な能力を持っている。
その声とエピカイのリリックが重なると、喪失は「終わり」ではなく「変容」として聴こえてくる。
失ったものはもう戻らないが、その空白の形が自分をつくっている。
そういう静かな諦観が、五分かけてゆっくりと沁みてくる。
「Swan Songs」での「Let It Rain」以来、NellのKim Jong-wanとエピカイの組み合わせは当然の名コンビになっていた。
11 문배동ムンベドン (Munbae-dong) feat. Crush(クラッシュ)
ソウルの地名「文排洞(문배동)」を冠したアルバムのクロージング。
クラッシュの甘い声に乗せて、過ぎ去った時間と場所への郷愁が漂う。
かつて夢を見た街角、貧しくも音楽だけがあった日々。
名前のついた場所に記憶を留める行為が、このタイトルに込められている。
「Wonderful(素晴らしいこと)をやり遂げた」というアルバムタイトルに対する答えが、この最後の曲の中にある。
それはどこか特定の場所、特定の時代の空気だ。
場所は変わっても、あの頃に感じたものは変わらない。
クラッシュとエピカイが共に作り出した黄昏時の感触で、アルバムは静かに幕を閉じる。
「文排洞」という実在する地名を使うことで、このアルバムは夢想から現実へと着地する。
アルバムの評価と意義
「We’ve Done Something Wonderful」は発売当時から高評価を受けた作品だ。
デビューから14年経ったグループが、初期の鋭さを失わずに成熟した作品を作り続けているという評価が多く寄せられた。
音楽評論家たちは「韓国ヒップホップの長老」としてのエピカイの地位を再確認するアルバムとして位置付けた。
このアルバムで特筆すべきは、コラボレーションのクオリティだ。
IU、BIGBANG、CLという超大物から、OH HYUKやCrushといった次世代のスターまで。
ジャンルも世代も異なるアーティストたちが、エピカイの音楽の世界に集まってきた。
これは14年間の信頼の積み重ねなくしては実現しなかったことであり、その意味でこのアルバムは「人間関係の結晶」でもある。
またこのアルバムは、TaJinYo事件という深刻な試練を乗り越えたエピカイが「それでも素晴らしいことをした」と宣言する作品としても読める。
根拠のない学歴詐称疑惑によって活動を休止せざるを得なかった時期を経て、完全に復活した彼らが14年目に手渡したメッセージ。
「We’ve Done Something Wonderful」という言葉の重みを、その文脈で受け取ると、全く別の感触になる。
「Love Story」「빈차」などの大ヒット曲を含み、ストリーミングでも長く再生され続けるこのアルバムは、エピカイが10年代後半の韓国音楽シーンでも確かな存在感を示した証拠だ。
デビュー作の怒りとエネルギーから、成熟した感謝へ。
その旅を14年かけて歩んだからこそ、このタイトルには揺るぎない重みがある。
エピカイとTaJinYo事件
このアルバムを語る上で、TaJinYo事件に触れないわけにはいかない。
2010年頃から、インターネット上でTabloのスタンフォード大学卒業という経歴が「嘘だ」という運動が広がった。
「タブロに真実を要求します(타블로에게 진실을 요구합니다)」の頭文字を取ったTaJinYoという運動は、最盛期に数十万人が参加した。
スタンフォード大学側が卒業証明書を公式に提示し、韓国警察も捜査した結果「嘘はなかった」と結論付けた。
しかしその間、Tabloとその家族が受けた精神的な打撃は計り知れないものがあった。
エピカイは活動を大幅に制限せざるを得なくなり、長期間の沈黙を余儀なくされた。
2017年のこのアルバムに「People Scare Me(人が怖い)」という曲から始まり、「We’ve Done Something Wonderful」というタイトルで終わることの意味は、その文脈で初めて完全に理解できる。
あれだけの集団的な暴力を受けても、音楽を続けた。
それだけで、十分すぎるほどの「素晴らしいこと」だと、僕は思う。
マルのひとこと
「Love Story」のIUのあのラインは、聴くたびに違う場面を思い出させる。
全ての記憶が名シーンになるというのは残酷でもあり、豊かでもあって、エピカイはその両面をちゃんと知っている人たちだと思う。
プロフィール
エピカイは2003年にソウルで結成された韓国のヒップホップグループだ。
MC担当のTablo(本名チャン・ヒョンソク)とMithra Jin(本名チェ・ジンヒョン)、DJのDJ Tukutz(本名キム・ジョンウォン)の3人で構成される。
「We’ve Done Something Wonderful」は2017年リリースの9thアルバムで、グループの結成から14年という節目の作品だ。
TaJinYo事件という深刻な試練を乗り越えた後の、完全な復活宣言として受け取られた。
TabloはスタンフォードでCreative Writingを学んだ詩的なラッパーで、その緻密な言語表現はグループの代名詞となっている。
Mithra JinはパンチのあるMCスタイルで、Tabloのリリックにエネルギーとリズムをもたらしてきた。
DJ TukutzはビートとDJワークでグループの音楽的基盤を支える、縁の下の力持ちだ。
三人の間の化学反応は14年経っても色褪せず、このアルバムがその証拠になっている。
主要ディスコグラフィー
| 年 | タイトル | 備考 |
|---|---|---|
| 2003 | Map of the Human Soul | 1stアルバム・デビュー作 |
| 2007 | Swan Songs | Fly収録・大ヒット作 |
| 2008 | Pieces, Part One | Umbrella収録 |
| 2010 | Epilogue | YGへの移籍前最後の作品 |
| 2012 | 99 | ブランニュー移籍第1弾 |
| 2017 | We’ve Done Something Wonderful | 9thアルバム・14周年 |
デビューから「We’ve Done Something Wonderful」に至るまで、エピカイは常に時代の変化と向き合いながらも、ヒップホップへの誠実さを失わなかった。
YGエンターテインメントへの移籍、TaJinYo事件による活動停止、そしてブランニューミュージックへの移籍と復活。
それだけの試練を経て14周年を迎えたグループが「We’ve Done Something Wonderful」とタイトルをつけたとき、その言葉は最大限の重みを持って聴き手に届く。
IUとのコラボレーションで「Love Story」という名曲を生み出し、VIPたちはGDRagonやT.O.PとのトラックでYG時代の絆を確認した。
CrushやOH HYUKといった次世代のアーティストとの出会いは、エピカイが時代を超えて愛される理由を示している。
14年という時間は決して短くない。
その歳月を経て作られたこのアルバムには、青春の怒りとは違う、穏やかで確かな「やり遂げた」という感触がある。
何度聴いても新しい発見がある、それがエピカイの音楽の奥深さだと感じている。
エピカイが積み重ねてきた歴史の重さを感じさせる一枚だ。


