『AI, THE PLAYLIST』を聴いた日。

K-HIPHOP

▶ アーティストページ:Kid Milliと僕。

2018年3月10日リリース。
Kid Milliが全国区になる前に、アンダーグラウンドで「こいつは本物だ」と言わせた実験作。


目次

  • 作品概要
  • アルバムの流れ
  • 2018年という時代背景
  • 各曲紹介
  • 客演陣という、シーンの地図
  • アルバムを通して聴く
  • 総評
  • Kid Milliというアーティストを理解するための一枚
  • 日本語と韓国ヒップホップ
  • SMTM777の前夜として
  • このアルバムが「エクスペリメンタル」である理由
  • このアルバムを聴くタイミング
  • マルのひとこと

作品概要

発売日:2018年3月10日
形態:1stフルアルバム(全13曲)
ジャンル:エクスペリメンタル・ヒップホップ
所属:Indigo Music
Kid Milli:ラップ・作詞・プロデュース
客演:Brain(ピッチを上げたKid Milli) / Jvcki Wai / Ja Mezz / NO:EL / DSEL / Khundi Panda / slez


アルバムの流れ

これは、Kid Milliが「Show Me The Money 777」で全国に知られる、その半年前のアルバムだ。

つまり、まだ大衆に発見される前の、純度100%のKid Milliが入っている。
流行を狙うでもなく、わかりやすさに媚びるでもなく、ただ自分の「色」を実験的に塗り重ねた一枚。
タイトルの『AI, THE PLAYLIST』が示すように、統一感のあるコンセプトアルバムというより、彼の頭の中のプレイリストを覗いているような、自由でとっ散らかった魅力がある。

この一枚があったから、後の全国区がある。
順番として、ここは外せない。


2018年という時代背景

このアルバムがリリースされた2018年という年を少し振り返っておきたい。

韓国のヒップホップシーンは、「Show Me The Money」シリーズによって大衆化が急速に進んでいた時期だ。
アンダーグラウンドから這い上がってきたラッパーたちが、テレビの舞台で戦い、視聴者の票を集めて全国区になる。
その流れの中で、ヒップホップはもはやサブカルチャーではなく、韓国の音楽産業の中心の一つになろうとしていた。

しかし『AI, THE PLAYLIST』は、その大衆化の波に乗るためではなく、明らかに自分のペースで作られている。
13曲を通して聴くと、「売れるために作った一枚」という空気が一切ない。
むしろ「自分の頭の中にある音楽を、そのまま外に出した」という感覚が漂う。
それが2018年のKid Milliの正直な状態だった。

Indigo Musicというレーベルも重要なコンテキストだ。
当時のIndigo Musicは、韓国ヒップホップのアンダーグラウンドを代表するレーベルのひとつで、所属アーティストの個性を尊重する姿勢で知られていた。
Kid Milliがこういうアルバムを作れたのは、そのレーベルの空気があったからでもある。


各曲紹介

01 AI

アルバムの幕開け。
タイトルそのものを冠したイントロ的トラック。
「4000원짜리ウォンッチャリ 발렌시아가バレンシアガ」(4,000ウォンのバレンシアガ)という皮肉の効いたラインが飛び出す。
バレンシアガのようなラグジュアリーブランドと、4,000ウォン(約400円)という安値を並べる。
本物か偽物か、高価か安価かを超えて「俺は俺のスタイルでやる」という宣言のようなトラック。
「I kissed your 미래ミレ(未来)」という一節も印象的で、Kid Milliらしい英語と韓国語のミックスが光る。

02 WHY DO FUCKBOIS HANG OUT ON THE NET

このアルバムを象徴する一曲として、よく挙げられるトラック。
音は粗く聴こえるけど味がある。
タイトルからして、ネット上の薄っぺらい男たちへの皮肉が効いている。
邦題をつけるなら「ネットにしかいない奴ら」くらいだろうか。
Kid Milliの言語感覚と毒が詰まっていて、聴いているこちらも「確かにいるな、そういう人種」と思わず笑ってしまう。
秋葉原をBMW I8で走るシュールなイメージも飛び出し、東京サブカルチャーへの独自の視線が光る。
愛しかないけど愛だけあればいい、というラインが全体を貫くテーマになっている。
日本のラッパーHIYADAMがリミックスを出すくらいには、このシーンで確かなクラシック扱いされている一曲だ。

03 동물원ドンムルウォン/ZOO

フューチャリングのBrainはピッチを上げたKid Milli本人だ。
Kanye WestのI Am a God(feat. GOD)と同じ手法で、自分の声を変えて別人として参加する。
クラブという空間を「動物園」と見立て、そこに集まる人間たちを「動物」として描く視点が面白い。
観客という名の動物たちを管理する飼育員視点で進むこの曲は、シーンへの冷静な観察眼を示している。
表面的には遊び心があるが、底には皮肉が流れている。

04 2WO

タイトルからして「2」へのこだわりが詰まっている。
歌詞の中でも「2」に関連する言葉やイメージが繰り返し登場し、聴き慣れてくると「あ、ここにも2が」と発見する楽しさがある。
여의도ヨウィド 하나비ハナビ boomin というラインが個人的に好きで、ソウルの夜景と花火のイメージが重なる瞬間は鳥肌ものだ。
Kid Milliの語感遊びが特に顕著なトラックのひとつ。

05 HARD TOUCH freestyle

フリースタイル名義のトラック。
肩の力を抜いた、彼の素のフロウが聴ける。
スタジオで完璧に計算された曲ではなく、その場のグルーヴで乗っていく感じが心地いい。
フリースタイルと銘打っていても、Kid Milliのラップスキルは揺るぎない。
むしろ計算を外したときの彼のほうが、本質的な何かが透けて見える気がする。
Melon(音楽配信サービス)をトイレ代わりに使うというシュールなラインも飛び出し、笑いの中に毒を仕込む彼らしさが出ている。

06 FLEX

ヒップホップの「FLEX(見せびらかし)」カルチャーを冠した一曲。
家賃6万円越えは地元の友達には贅沢だ、というラインに不思議なリアリティがある。
韓国ヒップホップのFLEXは、ロールスロイスやプライベートジェットを歌うアメリカのラップとは違う、もう少し身近なスケールで展開されることも多い。
そのローカル感が、Kid Milliのリリックの魅力のひとつだ。
サビにある「가랑이를ガランイル 찢다ッチッダ」(股を裂く)は、「無理をしてでも走り続ける」「必死に頑張る」という意味合いの慣用句で、贅沢に見えても実は必死だという自己矛盾が滲む。

07 IZAKAYA(feat. Jvcki Wai)

「居酒屋」。
日本語をそのままタイトルにしている。
この曲を聴くと、Kid Milliの日本語・日本文化への偏愛がどれほど深いかが分かる。
後の「honmono」でも日本語愛が爆発するが、その片鱗はここに既にあった。
客演はJvcki Waiで、二人の掛け合いはテンションが高く、居酒屋という舞台が似合いすぎている。
Akloや Dragon Ash、アンダーカバーの高橋盾の名前が出てきたり、タワーレコードにアルバムを並べる夢を語ったり、日本のシーンへの敬意と憧れが随所に見える。
タワーレコードというフレーズが出てきた瞬間、急に身近に感じたのは僕だけじゃないはずだ。

08 HUGOBOSS(feat. Ja Mezz)

高級ブランドを冠したタイトル。
ファッショニスタとしてのKid Milliの顔が見えるトラック。
상수동サンスドンは弘大(ホンデ)エリアの隣に位置する街で、カフェや独立系ショップが集まるソウルのクリエイティブな地区だ。
そこから世界へ、という上昇志向が曲全体に流れている。
羽田空港が登場する場面は「ここでも日本か」と笑えるし、Kid Milliの東京への執着は病的なほど一貫している。

09 CORPORATE ESPIONAGE(feat. NO:EL)

「企業スパイ」という不穏なタイトル。
客演のNO:ELは、後にKid Milliと何度も共演し名曲を生む間柄になる。
Kid Milliのフロウ模倣論争(VINXENとの件)でも名前が挙がったことのある若手の一人で、当時からシーンに注目されていた。
秋葉原をナワバリに、サブカルチャーの希望として登場するKid Milliのイメージは相変わらずシュールで楽しい。
福岡からメキシコへ極秘飛行機で移動するという設定は意味不明だが、それがいい。
NO:ELが放つ「2200년도ニョンド 지드래곤ジドゥレゴン 섭렵해ソプリョプヘ」(2200年のG-Dragonすら制覇する)というラインは、スケールが大きすぎて笑えるが、その壮大さがヒップホップの面白さでもある。

10 BLUE

기리보이ギリボイ的なスロウなフロウで進む一曲。
俺は緑の気分なのにあなたは青色だから俺はブルー(憂鬱)になる、という感情の色分けが面白い。
感情を色で表現するのは詩的な手法だが、Kid Milliはそれを重くなりすぎず、サラッと聴かせる技術がある。
アルバム全体の中で一息つく場所のような役割を果たしている。
FLEXやスパイなどの強い世界観から、少し内省的な場所に降りてくる瞬間だ。

11 GIVE ME SOMETHING(feat. DSEL)

アルバムを通して聴くと、「愛しか持ってないから、愛だけあればいい」というテーマを強化する曲だ。
DSELは同じIndigo Musicの仲間であり、デビューシングル「TN」でも共演した間柄。
ホームな感覚で作られた曲のような温度感がある。
Kid Milliが外に向かって強い言葉を投げる曲が多い中、この曲は少し内側に向いている印象だ。

12 LOVE freestyle(feat. Khundi Panda)

客演はKhundi Panda。
実力派同士の掛け合いが楽しめるフリースタイルで、音源としての完成度より「今この瞬間の熱量」が優先されている。
愛によって憎み感謝する、という矛盾した感情の同居が歌詞の核にあり、それがKid Milliのリリックの複雑さを示している。
粗いが、その粗さに生々しいエネルギーがある。

13 WAIT ON ME remix(feat. slez)

リミックスでアルバムを締めくくる。
「みんなが待ってるから行かなければいけない高みに」という意識が、アルバムの最後にはっきりと顔を出す。
ここまで実験的に自分の世界を展開してきたKid Milliが、最後にはっきりと「上を目指す」と宣言する。
この曲が終わった後、2018年後半のSMTM777でKid Milliが全国区になるという事実と重ねると、この締め方には妙なリアリティがある。


客演陣という、シーンの地図

このアルバムの楽しみ方のひとつが、客演(フィーチャリング)の顔ぶれだ。

Jvcki Wai、NO:EL、Khundi Panda、Ja Mezz。
彼らは皆、2010年代後半の韓国アンダーグラウンドヒップホップを担った才能たちだ。
Kid Milliのアルバムに名を連ねるということは、それだけ彼がシーンの中心にいた証拠でもある。

韓国ヒップホップは「誰が誰と組んでいるか」を追うと、シーンの地図が見えてくる。
このアルバムの客演リストは、2018年当時のアンダーグラウンドの「いま熱い才能」の一覧表のようなものだ。
後にそれぞれが大きくなっていく、その手前の瞬間が記録されている。

Jvcki Waiはその後ソロとしてさらに頭角を現し、NO:ELはKid Milliとの化学反応で名曲を生み続けた。
Khundi Pandaも独自のスタイルを磨き続けて韓国ヒップホップファンの間で確固たる地位を築いた。
2018年の時点でこれだけの才能が一枚のアルバムに集まっていたことは、後から振り返ると鳥肌が立つ。


アルバムを通して聴く


総評

『AI, THE PLAYLIST』は、Kid Milliの「原液」だ。

後の彼は、SMTM777で全国区になり、バラエティで愛され、ファッションアイコンになる。
でもこのアルバムには、まだ何者でもなかった、いや「アンダーグラウンドの何者か」だった頃の、薄めていないKid Milliが詰まっている。

エクスペリメンタル・ヒップホップというジャンルが示す通り、聴きやすさより実験を優先した一枚だ。
だからこそ、彼の「色」がもっとも濃く出ている。
流行のフロウでも、売れ線のメロディでもない。
Kid Milliにしか出せない崩しと毒と語感が、13曲にわたって鳴り続ける。

入門には、正直、向かないかもしれない。
でもKid Milliという人間の核を知りたいなら、ここに戻ってくることになる。
「全国区になる前のKid Milliはどんな人間だったのか」という問いへの答えが、13曲に詰まっている。

このアルバムを聴いて「難しい」と感じた人も、半年後に戻ってくると別の聴こえ方をするかもしれない。
Kid Milliというアーティストへの理解が深まるほど、このアルバムの濃度がより鮮明に伝わってくる。
そういう、育てながら楽しむ一枚だ。


個人的ランキング
1位 WHY DO FUCKBOIS HANG OUT ON THE NET
2位 BLUE
3位 Izakaya feat. Jvcki Wai


Kid Milliというアーティストを理解するための一枚

『AI, THE PLAYLIST』を聴くということは、Kid Milliという人間の設計図を読むことに近い。

13曲にわたって、彼が好きなもの、憎むもの、笑えるもの、矛盾していること、全部が詰まっている。
日本への執着(居酒屋、秋葉原、タワーレコード、羽田空港)、ファッションブランドへの愛憎、クラブシーンへの冷めた視線、それでも「愛しかないから愛だけあればいい」という柔らかい核心。
これほど多面的なアーティストの「一番薄めていない版」を一枚のアルバムで提示するというのは、相当な自信の表れだ。

韓国のヒップホップシーンを知る人なら、このアルバムが出た時期の「空気」も感じられるはずだ。
2018年前半という、SMTMの波が高まりつつある時期に、Kid Milliはこれほど商業的ではない作品を出した。
その選択そのものが、彼の芸術家としての姿勢を示している。

後に彼がSMTM777で全国区になったとき、すでにこのアルバムを聴いていた人たちは「そうだよな、こうなるよな」と思ったに違いない。
そしてSMTM777で知った人たちは、このアルバムに遡って「こんな世界があったのか」と驚いただろう。
どちらの体験も、Kid Milliというアーティストを深く知る旅の一部だ。


日本語と韓国ヒップホップ

このアルバムには「IZAKAYA」「HUGOBOSS」など、日本語や日本文化への参照が随所に現れる。
秋葉原、タワーレコード、羽田空港、Aklo、Dragon Ash、アンダーカバー。
これほど日本へのリスペクトが溢れるアルバムは、韓国ヒップホップの中でも珍しい。

Kid Milliが日本の何に惹かれていたのかは、彼のインタビュー等から詳しくは分からないが、アルバムの内容から読み取れる。
ファッション、サブカルチャー、音楽、それらが混在する東京という都市への憧れだ。
韓国にいながら東京のエネルギーを感じ取り、それを自分のラップに混ぜ込む。
その行為自体が、Kid Milliというアーティストのグローバルな視野を示している。

後に「honmono」という日本語そのままのタイトルの曲をリリースするKid Milliにとって、このアルバムの日本語愛は伏線だったと言える。
「IZAKAYAでhonmonoをいただきました」という感覚で、このアルバムの中の日本要素は全て後の「honmono」へ繋がっていく。


SMTM777の前夜として

このアルバムがリリースされた2018年3月から半年後、Kid Milliは「Show Me The Money 777」に出場する。
そこでの活躍が全国区への扉を開いた。

SMTM777でのKid Milliのパフォーマンスを見た人は、「このラッパーはいったいどこから来たんだ」と思っただろう。
しかし、このアルバムを聴いていた人には分かっていた。
このラッパーは、アンダーグラウンドで「AI, THE PLAYLIST」を作っていた人間だ。
その核心は、テレビの舞台に上がっても変わらなかった。

SMTM777の前と後でKid Milliのオーディエンスは劇的に拡大した。
しかし音楽的な本質は変わっていない。
それは『AI, THE PLAYLIST』が証明している。
これだけの実験性と個性が最初から備わっていたのだから、あとは出会うタイミングの問題だったのかもしれない。


このアルバムが「エクスペリメンタル」である理由

「エクスペリメンタル・ヒップホップ」というジャンル名を聞くと、「難解なもの」「一般人には分からないもの」というイメージを持つ人もいるかもしれない。
でも『AI, THE PLAYLIST』の「実験性」は、そういう意味での難解さではない。

Kid Milliの実験は、「このフロウをここで崩したらどうなるか」「この英語と韓国語の比率でどんな音になるか」「このタイトルにこの内容の曲を作ったらどう聴こえるか」という、聴覚的・言語的な実験だ。
音楽理論的に複雑なことをしているわけではなく、言葉の使い方とフロウの組み合わせを実験している。

だから、ヒップホップをそれほど聴いていない人でも「なんか面白い」と感じる部分がある一方、ヒップホップをよく知っている人ほど「この崩し方はすごい」と感じる部分がある。
間口は広く、深みは深い。
そういうアルバムだ。


このアルバムを聴くタイミング

『AI, THE PLAYLIST』をいつ聴くべきか、という問いへの答えは人によって違う。

SMTM777でKid Milliを知った直後に聴くなら、「あのKid Milliの原点」として聴くことになる。
「honmono」や「Beige」を先に聴いているなら、「あの完成度の前の実験段階」として聴くことになる。
このアルバムから入るなら、「分類できない何か」として聴き始め、後から「これがKid Milliの核心だったんだ」と分かる。

どのタイミングで聴いても、それなりの発見がある。
それがこのアルバムの強さだ。
「原液」であるということは、どこに混ぜても存在感を発揮するということでもある。

Kid Milliのディスコグラフィーを全部聴こうとしている人には、ここを起点にすることをお勧めする。
「最初から最後へ」でも「最後から最初へ」でも、どちらの方向でこのアルバムを聴いても、それが「Kid Milliという地図のどこにいるか」を教えてくれる。
『AI, THE PLAYLIST』は、そういう地図の中心のような一枚だ。


マルのひとこと

「WHY DO FUCKBOIS HANG OUT ON THE NET」というタイトルだけでもうKid Milliが好きになれる気がして、初めて聴いたとき笑いながらリピートした。
全国区になる前のこの実験作を、今この時代に聴けることが、韓国ヒップホップを追う喜びのひとつだと思っている。

コメント