Kid Milliと僕。키드밀리와나

K-HIPHOP

韓国ヒップホップには、ときどき「分類できない人」が現れる。

ジャンルの真ん中にいるわけでもなく、外れているわけでもない。
誰の真似でもない場所に、いつの間にか立っている。
Kid Milli(키드밀리/キドゥミリ)は、まさにその「色」の塊みたいな男だ。

アニメに超絶詳しい。
日本が大好き。
しかも、笑える。
個人的に、笑い方が好きな韓国ラッパー2大巨頭のひとり。w

そんな男が、実はラッパーになる前、まったく別の世界で頂点を目指していた。
そこから話を始めよう。


基本情報

項目内容
名前Kid Milli(키드밀리/キドゥミリ)
本名チェ・ウォンジェ(최원재)
生年月日1993年10月26日
出身ソウル・汝矣島(ヨイド)生まれ
金浦(キンポ)育ち
デビュー2016年2月3日(シングル『TN』)
所属POV(自身のレーベル/2026年設立)
元はIndigo Music
クルー宇宙飛行(우주비행/WYBH)、Cozyboys、파김치갱
ジャンルヒップホップ

所属について、ひとつ大事な更新を。
彼は2025年11月、8年在籍したIndigo Music(인디고뮤직/インディゴミュジッ)との契約を終え、自分のレーベル「POV」を立ち上げた
2026年3月の正規3集『LOVESICK』は、そのPOVからの第1作だ。
今の彼は、誰かに育てられる側ではなく、自分で旗を立てる側にいる。


ラッパーになる前は「プロゲーマー志望」だった

意外な事実から始めよう。

Kid Milliは音楽を始める前、プロのスタークラフト(StarCraft)選手を夢見ていた。
しかもただの夢ではなく、実際にプロゲーミングチーム「Incredible Miracle」に所属していたことがある。

スタークラフトというのは、宇宙を舞台にしたリアルタイム戦略ゲームだ。
画面の中で基地を建て、資源を集め、兵士を生産し、相手の軍隊とリアルタイムで戦う。
一瞬の判断と、1分間に何百回もマウスとキーボードを操作する反射神経が勝敗を分ける。

韓国ではこのスタークラフトが社会現象になり、プロリーグが組まれ、優勝者が国民的スターになるほどのeスポーツ大国になった。
日本で言えば、プロ野球選手や将棋のプロ棋士を本気で目指すくらいの狭き門だ。
その世界にいた青年が、いつの間にかマイクを握り、韓国ヒップホップの最前線に立っている。
人生はわからない。

ちなみに今でもゲーム好きは健在で、現在はLeague of Legendsの廃人だ。
アカリ専、ティアはダイヤ4、限定スキン欲しさにガチャ箱へ100万ウォン溶かした、という筋金入り。
元プロゲーマーの業は、そう簡単には抜けない。


ヒップホップとの出会い、そして「下手」からの出発

では、ゲーマー志望の青年は、どうやってラッパーになったのか。

きっかけは、一本のライブだった。
友人に半ば強引に連れて行かれたヒップホップの公演で、彼はビンジノ(Beenzino)の「If I Die Tomorrow」を聴く。
そこで完全に、心を持っていかれた。

そこからベテランラッパー、スウィンス(스윙스)に数年間ラップを習い、人間的にも親しくなる。
スウィンスがIndigo Musicを立ち上げると同時に、第1期メンバーとして契約した。

ここで、信じられない話をひとつ。
スウィンス本人いわく、当時のKid Milliは「本当に下手だった」という。
2016年にIndigoへ入った頃も「めちゃくちゃ下手」で、周りからは「なんであいつを連れていくんだ」と何度も言われたそうだ。
会社では隅っこにじっと座り、ブラックナットとだけつるんでいた。

先輩のJUSTHIS(저스디스/ジョスディス)に至っては、最初まったく期待していなかった。
「本当に上手いラッパーなら俺が知らないはずがない」という考えの彼は、Kid Milliの名前を一度も聞いたことがなかったからだ。
ところが、Kid Milliが作品を出すたびに、その期待値を毎回ぶち破っていく。
今ではJUSTHISも、彼に深いリスペクトを抱いている。

「下手」と言われた男が、数年後には国内ヒップホップで「最もフォームの良いラッパー」と並び称される。
この成り上がりが、Kid Milliという物語の背骨だ。

音楽スタイル 버퍼링/ボポリン(バッファリング)플로우/プロウ」という発明

Kid Milliのフロウは、彼の最大の武器だ。

彼の代名詞は「버퍼링(バッファリング)플로우(フロウ)」と呼ばれる。
音節を高速で、まるでブツブツと回線が途切れるように断ち切って吐き出す、独特のフロウだ。
流れるように韻を踏むのとは逆に、わざとリズムを断ち切り、聴き手の予想を外す。
あまりに滑らかに崩すので、録音物を聴くと「人間が速く喋っている」というより「音声合成ソフトが吐き出している」ような、奇妙な質感すらある。
この崩しの感覚が、彼を「オーバーグラウンドで最も人気のあるラッパーの一人」かつ「ファッショニスタ」の地位に押し上げた。

スタイルにはA$AP Rocky(エイサップ・ロッキー)の影響が指摘される。
デビュー初期は逆に「A$AP Rockyのコピーキャットだ」と海外ヒップホップのリスナーから叩かれたほどだ。
だが彼はそこから自分だけのフロウを作り上げ、今度は真似される側になった(この話は後で出てくる)。

そしてもうひとつ、彼を語る鍵が「変化」だ。
カニエ・ウェストがアルバムごとにスタイルを変える姿に影響を受けたという彼は、一枚ごとに音を脱皮させる。
2020年の『BEIGE 0.5』では、突然ラブソングのシンギング/EMOラップへ大胆に転換し、賛否を巻き起こした。
本人が「2集を出した後、みんなが俺を嫌いになった」と言うほどに。
これはC JAMM(씨잼ッシジェム)の名盤『킁/クン』の影響では、と噂され、当時は否定したが、今では影響を認めている。

意味で殴るのではなく、音の質感と間(ま)で勝負する。
何を言っているかより、どう響くか。
服を選ぶときの「理屈じゃない好き」に近い感覚だ。


優勝候補だった男が、3位で終わった理由(Show Me The Money 777)

彼の名を全国区にしたのが、2018年放送の「Show Me The Money 777」だ。
日本で言えば、フリースタイルダンジョンとM-1を足して規模を10倍にしたような国民的ラップサバイバル番組。

このシーズンのKid Milliは、優勝候補だった。
セミファイナルでは対戦相手を632対153という圧倒的な票差で下し、決勝に進出。
多くの人が彼の優勝を予想していた。

ただ、道のりは順風満帆ではなかった。
途中の評価戦で、彼は歌詞を間違える場面があった。
すぐに立て直して脱落こそ免れたが、緊張感の漂う瞬間だった。

最終結果は、優勝nafla、2位Loopy、そしてKid Milliは3位。
この3位から「キド쓰리/ッスリ(キド3)」というあだ名までついた。

ただ、Kid Milliの場合、順位より「あの独特のフロウが全国に知れ渡った」ことの方が大きい。
淡々としているようで、よく聴くと変拍子のように崩してくる。
聴き手の予想を少しずつ裏切るそのラップは、優等生的なうまさとは違う中毒性を持っていた。


VINXENとのディス戦 フロウを真似された男

Kid Milliのフロウがどれほど独特だったか。
それを逆説的に証明したのが、VINXEN(빈첸/ビンチェン)とのディス戦だ。

VINXENは「고등래퍼/コドゥンレポ(高校ラッパー)」で有名になった若手で、独特のフロウで注目を集めた。
ところがリスナーの間で、「このフロウ、Kid Milliのに似てないか?」という指摘が相次いだ。

ここが大事なところで、元祖はKid Milliの方だ。
VINXENがKid Milliやキム・シミャ(김심야)、NO:ELらのフロウをコピーしているという論争が起き、Kid Milliがそれを指摘してディスると、VINXENが反論。
こうしてディス戦が始まった。

ヒップホップにおいて「フロウを真似される」というのは、ある意味で勲章でもある。
それだけそのスタイルがオリジナルで、影響力を持っていたということだからだ。
誰も真似できないフロウは、真似する対象にすらならない。


「honmono」 日本語と韓国スラングの二枚重ね

Kid Milliの代表曲のひとつに「honmono(혼모노/ホンモノ)」がある。

Kid Milliの代表曲のひとつに「honmono(혼모노/ホンモノ)」がある。
2017年8月5日リリース、Black Nut(블랙넛/ブレッノッ)をフィーチャリングに迎えた、EP『Maiden Voyage Ⅱ』のタイトル曲だ。

「honmono」は日本語の「本物」から取られている。
だが韓国で「혼모노/ホンモノ」というと、実は「オタク」「ギーク」を指すスラングとしても使われる。
つまりこの一語に、日本語の「本物」と、韓国の「オタク」という二つの意味が重ねられている。

ちなみに本人いわく、この曲はラブライブを4回見て作ったらしい。
ディンゴ(Dingo)のフリースタイル映像も、その言葉に合わせてとことんオタクっぽく、ギークな世界観で作られた。
本物であること、そしてオタクであること。
その両方を肯定するこの曲は、Kid Milliを代表する一曲になった。

ラブライブめっちゃ好きだよねほんと。
スウィングスをマネージャーにした時にラブライブのセリフを言わせてたの、面白かったw
モエモエw メイドカフェでサチョゲン(4000円)は、Kid Milliにしか歌えない。マジで。

日本語をタイトルに選び、母国のスラングと掛け合わせる。
この言語感覚こそ、Kid Milliが「フロウでファッションを表現する」と言われるゆえんだ。

なお、無名時代の2016年、シングル『TR』の「Time Looping」に、ただ一人だけ客演してくれたラッパーがいる。
BewhYだ。
当時はまだ後輩同士だった二人が、後にそれぞれシーンの台風の目になる。
あの一曲は、いま聴くと「ふたりの未来が交差した記録」だ。


クルー文化 宇宙飛行、酒クラブ、そして웹예능/ウェペヌン

韓国ヒップホップを理解するうえで、「クルー」という存在は欠かせない。
同じ思想や美学を持つ仲間が集まった「派閥」かつ「家族」のようなものだ。

Kid Milliは、ギリボイ(Giriboy)が作ったクルー「宇宙飛行(우주비행/WYBH)」のメンバー。
2017年10月20日、釜山のoutputで開かれた宇宙飛行のパーティーで、ギリボイの審査を経て加入した。

もうひとつのクルー「Cozyboys」が、また面白い。
本人いわく、これは音楽クルーではなく「酒を飲むクラブ」らしい。
グループチャットの名前まで酒に関連したものだという。
メンバーもラッパー、バレリーノ、と職業がバラバラ。
硬派なクルーのイメージを、見事に脱力させてくれる。

そして近年は「파김치갱(パギンチゲン)」という、ヒップホップではなくウェブバラエティのクルーでも活動中。
キム・プン、チムチャクメン、クァッチューブ、パニボトルといった人気YouTuberたちと組んでいる。
これは、침착맨(チムチャメン)のファンだった彼が「배도라지に入りたい」と言い続けた末に、自分で作ってしまったクルーだ。


ファッションという、もう一つの言語

Kid Milliはラッパーであると同時に、ファッションへのこだわりでも知られる。

愛するブランドはVetements、Gucci、Stone Islandなど。
さらにCozyboysの仲間と「nondisclothes」、続いて「NUPEAK」というブランドまで運営している。

面白いオチがある。
彼はStone Islandを愛しすぎて「Stone Islandの人」として有名になりすぎた結果、逆に着なくなってしまった。
着るときも、あのシグネチャーのワッペンを外して着るという徹底ぶり。
有名になりすぎると、好きだったものから距離を取りたくなる。
このひねくれ方も、実にKid Milliらしい。

彼のラップは、よく「ファッションのよう」と評される。
意味で殴りに来るのではなく、語感・音の質感・間そのもので世界観を作る。


バラエティの素顔 鋭いラッパーの、ゆるい裏側

近年はバラエティ・YouTubeコンテンツでも引っ張りだこだ。

Car, the Garden(카더가든/カドガドゥン)のアバター合コン企画への出演をきっかけにYouTube出演が急増。
「파김치갱/パギンチゲン」のレギュラー、ファン・ソユンと組む音楽トークショー「비빔팝(ビビンパップ)」のパネラーとしても活躍している。

ここで意外なのが、彼の素の性格だ。
ヒップで反抗的な見た目とは裏腹に、非常に謙虚で、気が小さく、繊細
スウィンス曰く、舞台恐怖症もあったほどで、SMTM9のセミファイナル出演前まで震えていたという。
ライブで歌詞を少し間違えただけで、その日の深夜にインスタライブを開いて謝るような男だ。
鋭いラップと、間抜けなほどのゆるさ。
この振れ幅が、彼をシーンの「愛されキャラ」にしている。

カドガドゥンのアバター合コン回は必見だ。
名言は「わー、パンだ!」「俺、パン狂いなんだㄲㄲ」。
名シーンは、皿に鼻をつけて食べるところww
字幕もなんとかついてるんで、意味がわからなくても見てほしい。
Kid Milliがきっと好きになる。
字幕もなんとかついてるんで、意味わからなくても見てほしい。Kid Milliがきっと好きになる。


「30歳でAdult Milliに改名」する約束はどうなったか

ラジオ番組「2時脱出カルトゥショー(두시탈출 컬투쇼/トゥシタルチュル コルトゥショ)」に出演した際、Kid Milliはパーソナリティのキム・テギュンと、ある約束を交わした。
「30歳になったら、芸名をKid Milli(子どものMilli)からAdult Milli(大人のMilli)に変える」と。

結論から言うと、30歳を過ぎた今も、彼はKid Milliのままだ。
約束は守られなかった。
(インスタの名前だけ、こっそり「Sir milli」に変えていた時期はあるが。)
だが誰も困っていないし、本人も気にしていない。
このゆるさが、Kid Milliという人間そのものである。


余談

同名問題
ウ・ウォンジェ(우원재)というラッパーと、本名の「ウォンジェ」が同じで、よく混同される。
面白いことに、この二人のウォンジェは、それぞれSMTM6とSMTM777で揃って3位。
仲も良く、インスタでふざけて互いの名前を呼びながら悪態をつき合う動画まで上げている。

愛猫
飼い猫の名前は「チェ・キム・ギョンドッ(최김경덕)」。
「おじさんっぽい名前にすると長生きする」と聞いて名付けたらしい。
(여자)아이들/ヨジャアイドゥルのミヨンが参加したシングル「Kitty」は、この愛猫のための曲だ。

愛酒家
好きな食べ物を聞かれて「焼酎(ソジュ)」と答えるレベル。
アルバム制作で1ヶ月LAに滞在した時、焼酎が飲みたくて仕方なく、売っている店を探して大金を払って浴びるほど飲んだ、というエピソードもある。

株で大失敗
2026年、株式投資で大コケして、なんと全財産の3分の2を溶かしたらしい(…)。
しかも本人、経済YouTubeチャンネルにゲスト出演して、自分の投資ポートフォリオと“一代記”を堂々と語っている。
失敗すら笑いに変えてしまうこの胆力。
やっぱりこの男、ただ者ではない。

創作の原動力
かつて彼は、ある人から「お前の音楽はクソだ」と言われたことがあるという。
その悔しさが、後の名盤『AI, THE PLAYLIST』を生む原動力のひとつになった。
ちなみにこのアルバム名、「エーアイ」ではなく「アイ」と読む。
日本語の「愛」から取られているのだ。
言われた一言を、何年もかけて作品で見返す。
それもまた、ヒップホップだ。


ディスコグラフィー(主要作)

作品種別リリース記事
TNシングル2016▶ 聴いた日。
TR1st EP2016▶ 聴いた日。
Maiden Voyage ⅡEP2017準備中
AI, THE PLAYLIST正規1集2018▶ 聴いた日。
BEIGE 0.5正規1.5集2020準備中
BEIGE正規2集2023準備中
LOVESICK正規3集2026準備中

BEIGE以降 「最もフォームの良いラッパー」の現在地

2023年の正規2集『BEIGE』が、彼のキャリアを次の段階へ押し上げた。

「自分が音楽を始めた頃にやりたかった音楽を作った」という一枚で、どこで流しても違和感のない“背景音楽”のような心地よさを狙ったという。
この作品で彼は「2020年代中盤の韓国ヒップホップで、最もフォームの良いラッパーTOP3」と評されるまでになった。
レイジ、実験的ヒップホップ、ポップラップ、ハウス。
ジャンルのスペクトラムは果てしなく広がり、そのつどサウンドに合わせたラップを的確に吐き出す。

そして2025年にIndigoを離れ、2026年に自分のレーベルPOVを設立。
3集『LOVESICK』で、アーティストとしての第2幕を開いた。
「下手だ」と言われた青年は、今や自分の旗の下に立っている。


メンバー(ソロアーティスト)

Kid Milli(키드밀리/キドゥミリ)|笑い方が特徴的な八方異才
本名チェ・ウォンジェ。
ラップ・ファッション・バラエティ、どこを切っても「色」を持つ八方異才。
笑うときに途切れ途切れに笑う独特の笑い方から、韓国のファンの間では「Kid Milliは笑うときもフロウが出る」と言われるほど。

▼ 公式Instagram
(https://www.instagram.com/kidcozyboy/)


マルのひとこと

たまには、こういう現代のラッパーで息継ぎを。

Kid Milliのいいところは、鋭い眼差しでめちゃくちゃかっこいいラップをするくせに、バラエティに出ると一気に隙だらけになるところだ。
カドガドゥンのアバター合コン企画でのあのゆるさ、レギュラー番組での素のリアクション。
ステージでマイクを握るときの姿とは、まるで別人だ。

そして彼には「honmono」という曲がある。
日本語の「本物」と、韓国で言うところの「オタク」を一語に重ねた、あの曲。
本物であることと、何かに本気でのめり込むこと。
その二つは、きっと同じことなんだと思う。
鋭いラップも、間抜けなバラエティも、全部ひっくるめてKid Milliは「ほんもの」だ。

彼もタトゥーが目立つようになってきた。
HIPHOPというジャンルにおいて、韓国は言葉の部分で日本語より有利なところがある。
言葉の表現が多様であるがゆえに「韓国ヒップホップは怖い、難しい」と思っている人にこそ、Kid Milliから入ってほしい。
ほんものは、案外こういうゆるい笑いの顔をしてやってくる。

うりぬん、そのほんものに触れていきたい。

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