「インスタグラム」という曲がある。
タイトルだけ聞けば、誰でも知ってる青いアプリのことだと思う。
でも、DEANが2016年に放ったその曲は、スマホの画面越しに交わされる嘘くさい関係性を、あれだけ艶っぽく切り取った3分間だった。
韓国語がわからなくても伝わった。
伝わってしまった。
それがDEAN、本名クォン・ヒョク(권혁)という男の話だ。
K-R&Bというジャンルが「K-POPの隣にあるもの」として認識され始めたころ、DEANはそのど真ん中に立っていた。
アイドルではない。
かといってアンダーグラウンドの匂いだけで生きているわけでもない。
チャートにも刺さりつつ、音の質感はどこまでも本物志向。
そういう人間が、韓国音楽シーンにほとんどいなかった時代に、DEANは登場した。
ただ、その後が波乱だった。
輝かしいデビューから、長い沈黙。
そしてまた戻ってきた。
このページでは、DEANという人間の軌跡を、なるべく正直に書いていきたいと思う。
目次
1. プロフィール
2. 主要ディスコグラフィー
3. EXOの「Growl」を書いた男が、なぜR&Bシンガーに
4. 「Pour Up」と「instagram」、そして130 Mood: TRBL
5. Fanxy ChildとK-HIPHOPシーンへの接続
6. 長い沈黙、そして帰還
7. you.will.knovvとプロデューサーとしての顔
8. マルのひとこと
プロフィール
本名:クォン・ヒョク (권혁)
生年月日:1992年11月10日
出身:ソウル特別市弘恩洞
活動形態:シンガーソングライター・プロデューサー
所属レーベル:you.will.knovv / Universal Music
ジャンル:オルタナティブR&B・ネオソウル
主要ディスコグラフィー
| 年 | タイトル | 種別 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2015 | I’m Not Sorry (feat. Eric Bellinger) | シングル | 米国デビュー曲 |
| 2015 | Pour Up (feat. Zico) | シングル | 韓国デビュー曲・KMA最優秀R&B賞受賞 |
| 2016 | シングル | 国内チャート1位 | |
| 2016 | 130 Mood: TRBL | EP | Billboard世界アルバムチャート3位 |
| 2016 | Bermuda Triangle (feat. Zico, Crush) | シングル | Billboard World Digital Songs 3位 |
| 2019 | D (Half Moon) (feat. Gaeko) | シングル | |
| 2023 | Die 4 You | シングル | 約4年半ぶりのカムバック |
| 2023 | 4:44 | アルバム | |
| 2024 | 3:33 NASA / CTRL | シングル |
EXOの「Growl」を書いた男が、なぜR&Bシンガーに
話は中学生のDEANまで遡る。
ソウルの弘恩洞という街で育った少年が、アメリカのヒップホップに夢中になった。
日本で言えば、2000年代初頭にエミネムやジェイ・Zのアルバムを擦り切れるまで聴いてた中学生、あの感覚だろう。
CDを買うお金が足りなくて、友達の家でダビングしてもらって、それをウォークマンで繰り返し聴いて。
もはや「音楽好き」というレベルじゃない。
完全に憑かれていた、という状態だ。
それがDEAN少年だった。
16歳のとき、後にアジアのヒップホップシーンを揺るがすことになるKeith Apeと組んで音楽を作り始める。
そのころはまだラッパーとしての自分を模索していた。
マイクの前に立って、言葉を武器にする人間に自分はなれるのか、なれないのか。
その問いを抱えながら、同時に「歌う」という選択肢が頭をもたげ始めた。
でも18歳になるころには、歌声の持つ可能性に気づいていた。
「歌える」という事実が、DEANの人生の舵を切らせた。
「Deanfluenza」という名義で、ロサンゼルスに拠点を置く作曲チームに参加する。
そこで書いたのが、EXOの「Growl」だ。
あの、2013年に韓国を席巻したあの曲を、DEANは共同で手がけていた。
VIXXへの楽曲提供もある。
つまりDEANは、表舞台に出る前から、韓国のポップ音楽の水面下で動いていた人間だ。
チャートの上でスポットライトを浴びている顔ではなく、その光源を設計している側の人間として、20歳そこそこのDEANはすでに業界の中に存在していた。
作る側の経験があるから、何が「刺さる曲」かを肌で知っている。
メロディーラインの強度も、プロダクションの質感も、歌詞の言葉の選び方も、全部シンガーとしてではなくクリエイターとして身につけたものだ。
「ここで音を引いたら聴く側はどう感じるか」という問いを、DEANは常に持っている。
それがDEANの音楽に「計算された本物感」を与えている理由だと思う。
計算されているのに、感情が先に来る。
そのねじれがDEANの魅力の核だ。
「Pour Up」と「instagram」、そして130 Mood: TRBL
2015年7月、DEANはアメリカでデビューする。
「I’m Not Sorry」、グラミー受賞経験のあるプロデューサーEric Bellingerをフィーチャーした楽曲だ。
英語で歌い、アメリカ市場を意識した1曲目。
ここだけ見ると「K-POPのグローバル戦略的な動き」に見えるかもしれないが、そうじゃない。
DEANはもともとアメリカ音楽の文脈で育っていたから、英語で歌うことに違和感がなかった。
チャレンジじゃなくて、ホームグラウンドの一つだった。
続いて韓国でのデビュー曲「Pour Up」。
フィーチャリングにZicoを迎えた。
この曲がDEANを一躍、韓国R&Bシーンのど真ん中に引っ張り出した。
韓国音楽大賞でその年の最優秀R&B/ソウル賞を獲得している。
デビュー曲でだ。
そりゃ話題になる。
「Pour Up」は、ゆったりとしたリズムに乗りながら、どこか地に足のついた感情が流れている曲だ。
クールに見せようとしているわけじゃない、でも熱くもない。
その温度感が「あ、この人本物だ」という感覚をすぐに生み出した。
そして2016年、「instagram」が出た。
タイトル通り、インスタグラムという現代のSNSをモチーフにした楽曲だ。
スクロールするフィードの向こうで繰り広げられる、リアルとバーチャルが混線した恋愛感情。
投稿の「いいね」の数を数えながら、相手のことを思う。
フォローしているのかフォローされているのか、距離感すらあいまいなまま、何かを感じている。
その感覚を「インスタグラム」という言葉一つでタイトルにしてしまう感性が、DEANらしい。
それをDEANは、ため息混じりのファルセットで歌い上げた。
国内チャート1位。
当然だろう、という出来だった。
2016年3月25日、ついにEP「130 Mood: TRBL」が登場する。
「130」という数字はDEAN自身の体重らしいが、それよりもこのアルバムの質感が全てを語っていた。
韓国アルバムチャートで10位、Billboardの世界アルバムチャートでは3位。
K-R&BのEPがこの数字を出した時代は、まだ2016年だ。
ストリーミングもSNSも今ほど普及していない時代に、だ。
同年リリースの「Bermuda Triangle」は、ZicoとCrushとのコラボ曲だ。
Billboard World Digital Songsで3位を記録する。
Zico、Crush、DEANという組み合わせは、当時の韓国音楽シーンで最も「信頼できる布陣」のひとつだったと思う。
日本で言えば、宇多田ヒカル・椎名林檎・坂本真綾が同じトラックに乗るような衝撃だろうか。
いや、少し違うか。
でも「この三人が揃ったら外れるはずがない」という確信は伝わると思う。
Fanxy ChildとK-HIPHOPシーンへの接続
DEANはFanxy Childというヒップホップクルーに属している。
メンバーはZico、Crush、Penomeco、Millic、Stay Tuned、そしてDEAN。
韓国のヒップホップ・R&Bシーンを語るとき、このクルーを外すことはできない。
日本で言えば、SMAP解散後の各メンバーが個別に動きながら、たまに集まってひとつのステージを作る、みたいな、あの羨ましい感じだろうか。
いや、もっと音楽的な結束があるか。
何しろこの連中は、集まるたびにとんでもないものを出してくる。
ZicoはBlock Bのリーダーでありながら、솔로でもチャートを席巻し続けた人物だ。
Jay Parkが切り開いたアンダーグラウンドとメインストリームの境界線を、さらに押し広げたグループの一人と言っていい。
Crushは、韓国R&Bの中でも特にメロディーの豊かさで知られるシンガーで、後にGroovyRoomとも密接に仕事をしている。
そういう連中の中に、DEANはいた。
Fanxy Childというクルーは、「集まったときに化学反応が起きる」タイプの集合体だった。
お互いの楽曲にフィーチャリングし合い、プロデュースし合い、時にはライブでステージをともにする。
それぞれが個人としても活動しているから、常に一緒にいるわけじゃない。
でも、誰かが何かを出すたびに、メンバーの存在が影響している。
そういう関係性だ。
また、DEANはSik-Kとも近しい関係にある。
Sik-KはH1ghgrという韓国の独立系ヒップホップレーベルを代表するアーティストの一人で、そのエモーショナルな表現力と、ジャンルを横断するサウンドメイクで知られる。
DEANとSik-Kには、音楽的な方向性として共鳴する部分が多い。
ヒップホップとR&Bの境界線を意識せずに泳ぐ、あの感覚だ。
「自分はラッパーだ」「自分はシンガーだ」という枠組みに縛られていない。
その自由さが、両者の音楽に共通するしなやかさを生み出している。
KHA (Korean Hiphop Awards)は、韓国のヒップホップ・R&Bシーンにとって最も権威のある賞のひとつだ。
DEANは2016年の「130 Mood: TRBL」でアルバム・オブ・ザ・イヤーや最優秀R&B/ソウルアルバム賞にノミネートされた。
この賞へのノミネートは、単なる売上の結果ではなく、「シーンに真剣に向き合っている」という評価でもある。
DEANはそれを、デビューからわずか数年で獲得した。
長い沈黙、そして帰還
2016年から2017年にかけての爆発的な活躍の後、DEANは徐々に表舞台から遠ざかった。
2019年に「D (Half Moon) feat. Gaeko」をリリースするが、それ以降、約4年半もの沈黙が続く。
理由は明かされていない。
音楽業界の外側から見ると、「消えた」という言葉しか思い浮かばないかもしれない。
4年半というのは、人間が変わるには十分な時間だ。
音楽を作れなくなる理由は無数にある。
精神的な疲弊、環境の変化、自分の音に対する疑念。
表に出てくる情報がないから、何があったのかは誰にもわからない。
ただ、DEANが2023年に戻ってきたとき、その姿は「無理して戻ってきた人」のそれではなかった。
2023年11月、DEANはInstagramを再起動した。
過去の投稿を全てアーカイブし、何かを告げるように。
そして同月18日、「Die 4 You」をリリースした。
約4年半ぶりのリードアーティスト作品だ。
この曲はCircle Digital Chartにチャートインし、5年以上ぶりのチャート入りを果たした。
ランキング的な数字よりも、「DEANが戻ってきた」というファクトの方が、多くの人間の胸に刺さった。
続いてアルバム「4:44」をリリース。
そして2024年11月29日には「3:33 NASA」と「CTRL」を発表した。
「4:44」「3:33」という数字の並びに何かメッセージを読み取ろうとするファンも多いが、DEANはそこへの明確な言及を避けている。
語らないことで語る、というのもアーティストの表現手段のひとつだ。
沈黙から帰還したアーティストが、必ずしも全盛期のような評価を得られるとは限らない。
むしろ「あの頃の方がよかった」と言われることの方が多い。
日本にも、一時代を作った後に長い休止期間を経て戻ってきたアーティストは何人もいる。
そのたびに「あの輝きはもう戻らない」みたいな論調が必ず出る。
でもDEANは違った。
2023年の「Die 4 You」は、2016年の衝撃とは別の説得力を持っていた。
年齢を重ねた声の質感と、蓄積された感情の深さ。
それは、16歳からずっと音楽と向き合ってきた人間だけが持てるものだ。
若さは失ったかもしれないが、代わりに何かを手に入れた。
その「何か」が「Die 4 You」には詰まっていた。
you.will.knovvとプロデューサーとしての顔
DEANはシンガーだけではない。
「you.will.knovv」というR&B/オルタナティブ系インディーレーベルのCEOでもある。
このレーベルからは、Tabber、Rad Museum、MisoといったアーティストたちがDEANの下でキャリアを積んでいる。
自分が鳴らしたい音楽の地図を描き、そこに共鳴できるアーティストを集める。
そういうレーベルの形は、韓国でも日本でもまだ珍しい方だと思う。
特にRad Museumは、DEANとの共演もある注目のシンガーだ。
you.will.knovvというレーベル名そのものが、DEANの音楽的な哲学を反映している。
「あなたはやがて知ることになる」という意味合いのこの名前は、自分の音楽を急かすことなく、じっくり届けていくという姿勢の表れのように見える。
大手レーベルに所属していれば、もっと早くもっと多くのリリースができたかもしれない。
でもDEANはそうしなかった。
むしろそうしないことを選んだ。
その選択が、DEANの音楽の純度を保ってきた要因のひとつだと思う。
プロデューサーとしてのDEANは、「Deanfluenza」という名義でEXOの「Growl」に関わったことを起点に、その後もさまざまなアーティストへの楽曲提供を行っている。
シンガーとしての表現と、プロデューサーとしての視点が交差するところに、DEANというアーティストの本質がある。
演じる側と設計する側の両方を経験しているから、曲の構造と感情の流れの両方を意識して作れる。
これはなかなかできることじゃない。
また、DEANのプロダクションには「音の余白」が多い。
詰め込まない。
引き算の美学、とでも言えばいいか。
サビで全部爆発させるK-POPの文法とは真逆で、ただようような旋律の中に感情を滲ませる。
それが「聴くたびに発見がある」という体験につながっている。
日本で言えば、宇多田ヒカルの初期作品が持っていた、あの「聴き込むほど深くなる」感覚に近い。
なぜ今もDEANを語るのか
2016年に「130 Mood: TRBL」を聴いた人間と、2023年に「Die 4 You」で初めてDEANを知った人間では、受け取り方が全く違うはずだ。
前者には「あのDEANが帰ってきた」という感慨があり、後者には「このアーティストは何者だ」という新鮮な驚きがある。
入り口は違う。
でも両者が「この人の音楽は本物だ」と感じる理由は共通している。
それは、DEANが一貫して「自分の音」を守り続けてきたことにある。
流行を追わない、というより、DEANが作る音が、気づけばその周辺の流行になっている。
そういうタイプのアーティストだ。
韓国の音楽シーンは、2016年から2023年の間に大きく変わった。
BTSがグローバルな現象になり、K-POPが世界共通語として定着した。
ストリーミングの主戦場がYouTubeからSpotifyに移り、TikTokが新しいヒット曲の産地になった。
そういう激変の中で、DEANは自分のペースを崩さなかった。
崩せなかったのかもしれないし、崩したくなかったのかもしれない。
どちらにしても、その頑固さが「DEANらしさ」を守った。
K-R&Bというジャンルは、今では「韓国音楽の中の一ジャンル」として認識されている。
でも2015〜2016年当時、そのジャンル名自体がまだ定着していなかった。
DEANはその「名前がつく前の時代」に動き出した人間だ。
だから今のK-R&Bシーンを語るとき、DEANの名前はどこかで必ず出てくる。
先人として、という意味ではなく、今もその場にいる人間として。
「Pour Up」のZicoとのコンビは、ヒップホップとR&Bが溶け合った瞬間の記録だ。
「instagram」は、スマホ社会の孤独を最もうまく音楽にした曲のひとつだと思う。
「Bermuda Triangle」は、三者三様の個性が混ざり合って奇跡的なバランスを保った実験だった。
そして「Die 4 You」は、帰還の証明だった。
これだけの曲群をキャリアの中に持っているのに、DEANはまだその全体像を見せ切っていない。
4:44というアルバムも、3:33 NASAというシングルも、まだ序章のように感じる。
なぜそう感じるかは言語化が難しいが、DEANの音楽にはまだ「余白」があるのだ。
語り尽くされていない部分、見せていない表情が、まだある。
これだけのカードを持ちながら、DEANはまだ30代前半だ。
2024年の「3:33 NASA」を聴いたとき、音の質感が確実に変わっていることを感じた。
成熟、という言葉が似合うようになった。
でもそれは「尖りが消えた」ということではなくて、「尖り方が変わった」という意味だ。
20代の鋭さから、30代の鈍くて深い刃へ。
これからのDEANが、どんな音を出すか。
2020年代も半ばを過ぎた今、K-R&Bはかつてより広い場所になった。
その広くなった場所で、DEANがどう動くか。
まだまだ目が離せない。
マルのひとこと
「instagram」を初めて聴いたとき、韓国語の歌詞の意味をほとんど知らなかった。
でも流れてきたメロディーと声の質感だけで、何か切ないことを歌っているんだろうな、とわかった。
「ああ、失恋か、それに近い何かだな」くらいのことは、言語の壁を越えて届いてきた。
後で調べて、SNSの向こうにいる誰かへの感情を歌った曲だと知って、「やっぱりな」と思った。
スマホを持ったほぼ全員が経験する感情を、DEANはあんなにきれいな形にしてしまった。
それは才能というより、たぶん観察眼の問題だと思う。
自分が感じていることを、感じっぱなしにしないで、音楽という形で残せる人間。
DEANはそういう人間だ。
言語を超えて「わかる」瞬間があるとしたら、DEANの音楽はその入口になり得る。
うりぬん、もっと多くの人にDEANを知ってほしい。



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