『TR』を聴いた日。

K-HIPHOP

▶ アーティストページ:Kid Milliと僕。

2016年6月20日。
デビューシングル『TN』から4ヶ月、Kid Milliの最初のEP。


目次

  • 作品概要
  • TR
  • 4ヶ月という速度
  • 各曲紹介
  • BewhYとの共演が意味するもの
  • アルバムを通して聴く
  • 総評
  • 余談
  • 「TR」というタイトルについて
  • 「Alive」と「BIG」が示す野心
  • 『TN』から『TR』への4ヶ月の変化
  • BewhYというアーティスト
  • Time Loopingというタイトルの意味
  • 韓国ヒップホップの「交差点」を後から発見する楽しさ
  • EPというフォーマットについて
  • Kid Milliの軌跡の中での位置
  • 『TR』を聴いた後に
  • マルのひとこと

作品概要

発売日:2016年6月20日
形態:1st EP(全4曲)
ジャンル:ヒップホップ
所属:Indigo Music
Kid Milli:ラップ・作詞
客演:BewhY(「Time Looping」)


TR

2月にデビューシングル『TN』を出したKid Milliが、わずか4ヶ月後の6月に放った最初のEP、それが『TR』だ。
タイトルの付け方からして、すでに自分のスタイルを持っている。
『TN』『TR』、意味を説明しすぎない、記号のような名前。
後に「honmono」や「IZAKAYA」で見せる言語遊びの感覚が、この命名にも滲んでいる。

3曲のシングルから4曲のEPへ。
一歩ずつ、しかし確実に、彼は自分の世界を広げていく。


4ヶ月という速度

デビューから4ヶ月でEPを出すのは、決して遅いペースではない。
むしろ「俺にはまだ出したいものがある」という意思表示として機能している。

『TN』の3曲で「自分はこういうラッパーだ」と宣言したKid Milliが、今度は4曲で「自分はこういうことができる」と提示する。
デビューからEPまでを連続して聴くと、4ヶ月でわずかに成長している部分と、最初から変わらない核心が見えてくる。
核心が変わらないのは強みだ。
成長しつつも自分を失わない、というのは簡単そうで難しい。

2016年という年は、韓国ヒップホップが「Show Me The Money 5」でさらに拡大した年でもある。
BewhYがその年に優勝し、全国的な知名度を獲得した。
Kid MilliはSMTM5には出ていなかったが、同じ年に同じシーンにいた。
そしてそのBewhYとこのEPでコラボすることになる。


各曲紹介

01 Alive

「生きている」と冠したオープニング。
飲んで、吸って、FLEX、得る、金を、という生々しいラインが並ぶ。
「Alive」というタイトルに対して、中身は正直なまでに「生きている証拠」としての欲望を並べている。
きれいごとなし。
生きているということは欲することだ、という感覚が曲全体に流れている。

Kid Milliのラップは、道徳的に正しいことを言おうとしない。
「FLEX」「金」「飲む」「吸う」、これらを臆せず並べるのは、それが彼の生活の現実であり、ヒップホップの語り口だからだ。
アメリカのラップが「マンション、車、女」を歌うように、Kid Milliは自分のスケールで「生きている感覚」を並べる。
そのローカル感と正直さが、聴いていて心地いい。

02 BIG

シンプルで強いタイトル。
「大きくなる」という野心そのものを名前にしたような一曲だ。
サイコという言葉がしっくりくる熱量があって、野心を表現するというより野心そのものが音になっているようだ。

「BIG」という言葉は、ヒップホップの文脈では特別な重みを持つ。
「ビッグになる」「大物になる」という野心はラップのもっとも古典的なテーマのひとつで、The Notorious B.I.G.の名前にも「BIG」は入っている。
Kid MilliがそれをKoreanのフロウで歌うとき、韓国ヒップホップの普遍的な「上を目指す意志」と、アメリカのラップの伝統が交差する。

03 Time Looping(feat. BewhY)

このEP、いやKid Milli初期の最重要トラックを「10:41」と争うかもしれない。
客演は宗教的かつ哲学的なラッパー、BewhY(비와이ビワイ)だ。

BewhYはこの2016年に「Show Me The Money 5」で優勝し、一気にスターダムを駆け上がる。
SMTM5での優勝前に録音されたのか後なのか、時系列は微妙だが、「Time Looping」がリリースされた2016年6月の時点では、BewhYはすでに注目を集めていた、あるいはまさに注目を集めようとしていた存在だった。

つまりこの曲は、後に韓国ヒップホップを代表する二人が、まだ大きくなる前に交わした記録だ。
二つの才能が、これから上っていく直前の瞬間に同じトラックで韻を踏んでいる。
今聴くと、鳥肌が立つ組み合わせだ。

BewhYのラップスタイルとKid Milliのスタイルは、対照的だ。
BewhYは宗教的・哲学的な言葉を積み上げ、ある種の「高さ」に向かうような歌い方をする。
Kid Milliは崩したフロウで、地べたの感覚から言葉を投げつける。
この対比が、一つのトラックの中で面白いテンションを生む。

しっかりとBewhYは存在感を残し、Kid Milliも全く負けていない。
それぞれが自分のスタイルを貫きながら、それでも曲としての統一感がある。
そのバランスが「Time Looping」の最大の魅力だ。

「Time Looping」というタイトルが示す通り、時間が繰り返すような感覚が曲全体にある。
繰り返すループの中で自分を見つめ直すというイメージは、Kid Milliのデビューシングル「TN」の自己対話的なテーマとも響き合う。

04 (ボーナストラックまたは追加収録曲)

EPとして4曲構成のこの作品は、3曲目の「Time Looping」でのBewhYとの邂逅をピークとして、全体がきれいにまとまっている。
4曲という短さが、逆に集中力を生んでいる。


BewhYとの共演が意味するもの

「Time Looping」におけるBewhYとの共演は、単なるコラボレーション以上の意味を持つ。

韓国ヒップホップのシーンは、コネクションと信頼関係で動いている部分が大きい。
誰が誰と組むかは、単純な友人関係だけでなく「この人の音楽を自分のアルバムに乗せたい」という音楽的尊重の表れでもある。
Kid MilliがBewhYを呼んだ、あるいはBewhYがKid Milliの誘いを受けたということは、お互いへのリスペクトがあったということだ。

後に別々の頂へ登っていく二人が、まだ無名に近い時期に同じ船に乗っていた。
韓国ヒップホップの面白さは、こういう「大物になる前の交差点」を後から発見できるところにある。
「あのときの二人がここにいる」という発見の喜びは、音楽を遡って聴くことでしか得られない体験だ。


アルバムを通して聴く


総評

『TR』は、Kid Milliが「挑戦」した記録だ。
デビューシングル『TN』が「これが俺だ」という最初の声だったとすれば、『TR』は「俺はさらにこんなこともできる」という次の声だ。
そして何より、「Time Looping」でBewhYと組んだこと。
これが後から振り返ると、2016年のKid Milliにとって最大の「証明」になっている。

後に別々の頂へ登っていく二人が、まだ無名に近い時期に同じ船に乗っていた。

韓国ヒップホップの面白さは、こういう「大物になる前の交差点」を後から発見できるところにある。
2016年のこのEPを今聴くことは、そういう発見の旅でもある。


余談

「Time Looping」のBewhYとの共演は良きも、後にガッツリ作曲からセルフプロデュースも完璧にこなす2人の良い部分は充分には発揮されていないかなと感じる。
せめてビートがもう少し面白ければ、と思っちゃうけど、これもまたこれでいいと思える거든ゴドゥン。
この荒削りさが2016年の証だから。

Kid MilliもBewhYも、この時点ではまだ「将来性のある若手」という段階だった。
将来性が現実になった今だから、その将来性が見える。
でもその将来性は、2016年6月20日にすでにここにあった。
それが分かるだけで、このEPを聴く意味は充分にある。


「TR」というタイトルについて

『TN』『TR』、Kid Milliの初期の2作品はどちらも2文字のアルファベットをタイトルに持つ。

「TN」も「TR」も、それ自体では意味が分からない。
あえて説明しない。
「この2文字には何の意味がある?」と問わせることで、リスナーに想像させる。
Kid Milliは「答えを与えない」ことを美学として持っている、と思う。

「TN」が「이 노래ノレ는 내 것(この歌は俺のもの)」の略だとしたら? あるいは全く別の意味だとしたら?
「TR」が「Time and Reality」の略だとしたら? あるいは「Time Remix」だとしたら?
考え始めると止まらない。
でも答えは出ない。
それでいい。
Kid Milliはそういうアーティストだ。

後の作品では「AI, THE PLAYLIST」「Beige」といった、より多くの言葉を持つタイトルになっていく。
でも初期の2文字タイトルは、「説明しない美学」の最も純粋な形だ。
Kid Milliが最初に世界に見せた顔が、「TN」と「TR」という謎の2文字だった。


「Alive」と「BIG」が示す野心

「Alive」と「BIG」という最初の2曲のタイトルを並べると、Kid Milliが当時何を求めていたかが見えてくる。

「生きている」そして「大きくなる」。
この2つは、若いアーティストの根本的な衝動だ。
生きているという実感を確認しながら、より大きな舞台に向かって歩く。
シンプルだが、それ以上でもそれ以下でもない。

「Alive」では「飲んで、吸って、FLEX、得る、金を」という生々しいラインが並ぶ。
これは単純な「ヒップホップ的な生活の誇示」ではなく、「自分が生きていることの証拠を列挙している」感覚がある。
欲望があること、感覚があること、それが「生きている」ということの確認だ。

「BIG」は野心の直接表現だ。
大きくなる、それだけを言う。
どうやって大きくなるか、なぜ大きくなりたいか、大きくなった後どうするか、そういうことは言わない。
「大きくなる」という意志だけが音になっている。
その潔さが、このEPのトーンを作っている。


『TN』から『TR』への4ヶ月の変化

デビューシングル『TN』と比べて、4ヶ月後の『TR』では何が変わったか。

まず、曲数が増えた。
3曲から4曲へ。
わずかな増加だが、「もっと出せるものがある」という意思の表れだ。

次に、「Time Looping」でBewhYを迎えたこと。
デビューシングルではDSELという同じレーベルの仲間との共演だったが、EPではより外に向かって手を伸ばした。
BewhYは同じIndigo Musicではなく、別の場所で活動するラッパーだ。
自分のテリトリーの外から才能を呼ぶという選択は、4ヶ月でKid Milliの視野が広がったことを示している。

そして、テーマの深化だ。
「Alive」「BIG」という力強いタイトルが示すように、野心と生命力がより前面に出てきた。
『TN』でも野心は見えていたが、『TR』ではそれがより明示的だ。
「大きくなる」と言い切る「BIG」は、「これが俺の音楽だ」という宣言よりも攻撃的な意志を感じる。


BewhYというアーティスト

BewhY(비와이ビワイ)について、もう少し詳しく触れておきたい。

彼は信仰をテーマにした歌詞を多く書くラッパーで、宗教的な世界観と哲学的な思考をラップに落とし込む。
「Show Me The Money 5」(2016年)での優勝は、韓国ヒップホップの歴史に残る瞬間のひとつだ。
その圧倒的なライムと世界観は、シーン全体に影響を与えた。

BewhYのスタイルは、Kid Milliとは対極に近い。
BewhYは垂直に、上昇する感覚で言葉を積み上げる。
Kid Milliは水平に、横に広がりながら言葉を投げる。
「Time Looping」では、この二つの方向性が一曲の中に同居している。
それが違和感になるかというと、不思議とそうならない。
むしろ「こんな組み合わせがあったのか」という発見の快感がある。

BewhYが後に語ったKid Milliへのコメントがあるかどうかは分からない。
でもこの2016年の「Time Looping」というトラックが、お互いへのリスペクトから生まれたものであることは、曲を聴けば伝わる。
二人が本気で向き合っている。
それが音に出ている。


Time Loopingというタイトルの意味

「Time Looping」という言葉は、時間が繰り返すループを意味する。

同じ時間を繰り返すことで何が変わり、何が変わらないか。
繰り返すループの中で自分はどこにいるのか。
そういう哲学的な問いを内包したタイトルは、BewhYの思想的な傾向とも響き合う。

一方でKid Milliにとっての「時間のループ」は、もっと具体的な意味を持つかもしれない。
デビューシングル「TN」で「23歳の自分が過去の自分に語りかける」という構造を持っていたKid Milliにとって、時間の往復や繰り返しは一つのテーマだ。
過去を振り返り、現在を確認し、未来を見据える。
その往復運動が「Time Looping」という言葉に込められているとしたら、それはデビュー作「TN」のテーマの延長線上にある。

BewhYとKid Milliが「Time Looping」というタイトルのもとで共演したことは、二人の思想的な共鳴を示しているとも読める。
宗教的・哲学的な時間観を持つBewhYと、自己の過去・現在・未来を往復するKid Milli。
異なるアプローチで「時間」に向き合う二人が、同じトラックで出会った。


韓国ヒップホップの「交差点」を後から発見する楽しさ

韓国ヒップホップを遡って聴く楽しさのひとつは、「大物になる前の交差点」を発見することだ。

後に別々の場所で輝くことになる二人のアーティストが、まだ無名か半無名の段階で同じトラックで共演している。
今の視点からその共演を聴くと、「あのときすでにここにいた」という発見の喜びがある。
これは、音楽を新しい順に聴くだけでは得られない体験だ。

「Time Looping」はその意味で、韓国ヒップホップの地図を描くための重要な点のひとつだ。
Kid Milliという点とBewhYという点を結ぶ線が、2016年6月のこのトラックに刻まれている。
二人の軌跡を知る人には、この一曲が単なる「初期の共演」ではなく、歴史的な記録として聴こえる。


EPというフォーマットについて

EPというフォーマットは、フルアルバムとシングルの中間に位置する。
4曲から6曲程度で構成されることが多く、「アルバムを作るほどではないが、シングル1曲では伝えきれない」という段階で選ばれることが多い。

Kid Milliにとっての『TR』は、まさにその「中間」だ。
デビューから4ヶ月、まだフルアルバムを作る準備はできていないが、「TN」の3曲で終わらせるつもりもない。
その状態で4曲のEPを出す。
これは正直な選択だ。

EPという形式は、アーティストの「今の状態」をリアルタイムで見せる窓でもある。
フルアルバムは時間をかけて作られることが多いため、「今現在のアーティスト」より少し前の状態が詰まっていることもある。
でもEPは、もっと今に近い。
2016年6月の『TR』は、2016年6月のKid Milliがそのまま入っている。

その意味で、『TN』と『TR』という2つの初期作品は、Kid Milliの2016年の「定点観測記録」として機能している。
2月の状態、6月の状態。
4ヶ月でどう変わり、どう変わらなかったか。
その比較を通して、Kid Milliというアーティストの輪郭がより鮮明になる。

変わったこと: 客演の幅が広がった。
BewhYという外部の才能を呼ぶことができた。
曲のテーマが「宣言」から「野心」へとシフトした。
変わらなかったこと: 「説明しすぎない」スタイル。
記号のような短いタイトル。
言語を玩具にする感覚。
自分の音楽への自信。

変わったことと変わらなかったことの両方が見えるとき、アーティストの「核」が何であるかが分かる。
Kid Milliの核は、「自分の音楽は自分が決める」という姿勢だ。
それは『TN』でも『TR』でも変わらなかった。
そしてその後のすべての作品でも、変わっていない。


Kid Milliの軌跡の中での位置

Kid Milliのディスコグラフィーを時系列で並べると、『TR』は2番目に登場する作品だ。
デビューシングル『TN』(2016年2月)から始まり、このEP『TR』(2016年6月)、そして1stフルアルバム『AI, THE PLAYLIST』(2018年3月)へと続く。

『TR』は、「TN」と「AI」という二つの大きな作品に挟まれた4曲のEPだ。
地味に見えるかもしれない。
でもその「挟まれた」という位置が、この作品の意義を示している。
デビューの興奮と1stアルバムの野心の間で、Kid Milliが静かに力を蓄えていた時期の記録だ。

「Time Looping」でBewhYと共演したことで、Kid Milliのネットワークが広がり、後の客演豊富なアルバム制作への布石になったとも考えられる。
出会いと共演が次の出会いと共演を生む。
音楽シーンがそういうつながりで成り立っていることを、この一枚が静かに示している。


『TR』を聴いた後に

『TR』を聴き終えた後、自然と次のKid Milliが聴きたくなる。

「Alive」で生きている感覚を確認し、「BIG」で野心を叫び、「Time Looping」でBewhYと時間について考えた。
この4曲が終わると、「次は何を出すんだ」という期待感が残る。
アーティストの初期作品が持つ最大の魅力は、「この先」への期待を生むことだ。

Kid Milliの場合、その「この先」は2018年の『AI, THE PLAYLIST』、そしてSMTM777での全国区という形で実現した。
2016年6月にこのEPを聴いていた人が、2018年にSMTM777で彼を見てどう思ったか。
「そうだよな、こうなるよな」という納得と、「ここまで来たか」という喜びが混ざった感覚だったのではないか。

韓国ヒップホップのアーカイブを辿ることの喜びは、こういうところにある。
「次はどうなるか」を知りながら「あの頃」を聴く。
その時間的な豊かさが、音楽を遡って聴く醍醐味だ。
4曲という短さが、その豊かさを凝縮している。
短いから、何度でも聴ける。
何度聴いても、発見がある。
それがEPというフォーマットの持つ力だ。


マルのひとこと

BewhYとKid Milliが同じトラックで鳴っているという事実だけで胸が熱くなる。
後から振り返るから分かるその価値は、当時のリスナーには届いていただろうか。
いずれにせよ、この「交差点」は音として永遠に残っている。
韓国ヒップホップを辿る旅に出るなら、この一枚は必ず通る道だと思う。
4曲、20分足らずで、2016年6月のKid Milliに会える。
それだけで、このEPを聴く価値がある。

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