ドランクンタイガーと僕。드렁큰 타이거와나

1世代

너희가 힙합을 아느냐/ノヒガ ヒパプル アヌニャ.
(お前ら、ヒップホップを知ってるか)

うりぬんでは、これまで何人もの韓国ヒップホップを書いてきた。
Kid Milli、BewhY、Giriboy。
SMTMで頂点に立った、現代のスターたち。

でも、彼ら全員の「根」にあたる存在を、まだ書いていなかった。

ドランクンタイガー(드렁큰 타이거/ドゥロンクン タイゴ)。
そのリーダー、Tiger JK(タイガー・ジェイケイ)。
韓国で「힙합의 대부/ヒパベ デブ(ヒップホップの大父)」と呼ばれる、ただ一人の男だ。

今でこそ、韓国ヒップホップは世界が注目する文化になった。
だが、彼が始めた頃、韓国に「ヒップホップ」という音楽は、存在しなかった。
ダンスやファッションは知られていても、音楽としてのヒップホップは、誰も分かっていなかった。
「黒人と何やってるんだ」「韓国語もできないくせに」。
そう言われて、門前払いされた。

これは、誰も理解しなかった荒れ地に、たった一人でヒップホップの種を蒔いた男の物語だ。


■ 基本情報

項目内容
グループ名드렁큰 타이거/ドゥロンクン タイゴ
(Drunken Tiger)
デビュー1999年2月2日(正規1集『Year Of The Tiger』)
解散2018年11月14日(正規10集)
メンバーTiger JK
DJ Shine(2005年に脱退)
ジャンルヒップホップ
活動期間約20年
特記事項韓国ヒップホップ大衆化の口火を切った歴史的グループ。「大父」

■ メンバー

Tiger JK(タイガー・ジェイケイ)|韓国ヒップホップの大父
本名はソ・ジョンクォン。
ドランクンタイガーの中心であり、すべての始まり。
2005年にDJ Shineが抜けてからは、実質的に一人でドランクンタイガーの名前を背負い続けた。
ライブでの圧倒的なカリスマから「韓国ヒップホップ・ライブの帝王」と呼ばれる。
妻は、これまた韓国音楽界の伝説、Yoon Mi-rae(ユン・ミレ)。
二人は「韓国のJAY-Zとビヨンセ」と称される、唯一無二の夫婦だ。

DJ Shine(ディージェイ・シャイン)|もう一人の創設者
本名はマーク・イム。
ニューヨーク出身で、Wu-Tang ClanやMobb Deepといった東海岸ヒップホップの影響を受けた、重く硬派なスタイルの持ち主。
Tiger JKとともにドランクンタイガーを結成し、「난 널 원해/ナン ノル ウォネ」「너희가 힙합을 아느냐/ノヒガ ヒッパブル アヌニャ」の大ヒットを生んだ。
5集を最後に、音楽的な方向性の違いからグループを離れた。


■ Tiger JKという人物 音楽一家に生まれた、タイガーの化身

Tiger JKは、1974年、ソウルに生まれた。

実は、彼は生まれながらの「タイガー」だ。
1974年生まれの寅年。
しかも誕生日の7月29日は、「国際トラの日(International Tiger Day)」。
ここまで来ると、もう運命である。

そして、音楽一家の子でもあった。
父は著名な音楽評論家、母は1970年代のグループ「ワイルド・キャッツ」のリーダー。
(母は、映画『ゴーゴー70』のヒロインのモデルになった人でもある)
音楽は、生まれたときからそばにあった。

小学生で渡米。
父の勧めで、一人マイアミの叔父のテコンドー道場で育ち、なんと公認4段になる。
その後LAのビバリーヒルズ高校へ(同級生にアンジェリーナ・ジョリーがいたという)。
やがてUCLAで文芸創作を学ぶ。

テコンドーの蹴りと、言葉を操る力。
この二つが、後の「Tiger JK」をつくることになる。


■ 始まりは、怒りのラップだった

Tiger JKがラップを始めた瞬間は、はっきりしている。

1992年。
彼が尊敬していたヒップホップの中に、韓国人を否定的に描いた曲があった。
西海岸で名のしれた、氷の立方体が歌う「黒いナントカ」って曲。
高校生だったTiger JKは、それに「音楽」と「知性」で答えることを選ぶ。

歴史の授業で、その曲への反論をラップにして発表したのだ。
それが校内で表彰され、噂が広がり、ヒップホップフェスティバルに招待される。
そこで披露した「Call Me Tiger」(テコンドーの蹴り技が韓国語で出てくる)で、即興ラップ部門を受賞した。

偏見に、暴力ではなく、ラップで返す。
この瞬間に、Tiger JKというラッパーが生まれた。
そしてここで、同じ韓国系アメリカ人のDJ Shineと出会い、後のドランクンタイガーへとつながっていく。

ヒップホップの本質は、抵抗だ。
彼のキャリアは、その本質そのものから始まっていた。


■ 門前払いの時代 「韓国語もできないくせに」

1995年、Tiger JKはEP『Enter The Tiger』を引っさげて、韓国にやって来る。

結果は、惨敗だった。

当時の韓国に、音楽としてのヒップホップを理解する土壌は、まったくなかった。
放送局を回っても、返ってくるのは心ない言葉ばかり。

「黒人と、何やってるんだ」。
「ダンスがないから、ダメだ」。
「韓国語もできないくせに、何をするつもりだ」。

あるプロデューサーは、「ヒップホップとはこういうものだ」と言って、まったく別のグループの曲を流してみせたという。
当時の韓国は、ヒップホップのファッションとダンスは知っていても、ヒップホップという「音楽」を、知らなかったのだ。

放送はたった一度きりで、失敗。
Tiger JKは、いったんアメリカへ戻る。

でも、彼は諦めなかった。

1997年、再び韓国へ。
ストリート公演や小さな行事で、地道に名を売っていく。
ちょうどその頃、Jinusean(지누션/ジヌション)らによって、ヒップホップが少しずつ大衆に知られ始めていた。
アンダーグラウンドのコミュニティも育ちつつあった。
1995年の荒野は、少しずつ、耕されはじめていた。

そして1999年。
ついに、その時が来る。


■ 1999年、『Year Of The Tiger』

1999年2月2日、ドランクンタイガーは1集『Year Of The Tiger』でデビューした。

「난 널 원해(俺はお前が欲しい)」。
「너희가 힙합을 아느냐(お前ら、ヒップホップを知ってるか)」。

この2曲が、韓国の大衆を撃ち抜いた。

特に「너희가 힙합을 아느냐」というタイトルが、すべてを象徴している。
門前払いされ続けた男が、「お前ら、本物のヒップホップを知ってるか?」と、世間に突きつけたのだ。
挑発であり、宣言だった。

このアルバムは、後に「1990年代の100大名盤」に選ばれている。
荒野に蒔かれた種が、ついに芽を出した瞬間だった。


■ 教科書に「悪い例」として載った曲

ここで、笑えるような、笑えないような話がある。

「너희가 힙합을 아느냐」という曲は、当時の高校の社会・文化の教科書に載った。
それも、「ヒップホップを否定的に紹介する」文脈で、だ。

つまり、まだ社会全体が「ヒップホップ=よく分からない不良の文化」と見ていた時代の象徴として、この曲が引用されたのだ。

でも、考えてみてほしい。
その「教科書に悪い例として載った音楽」が、25年後、韓国を代表する文化になった。
Show Me The Moneyが国民的番組になり、BewhYやKid Milliがスターになる、その未来を。

教科書が、間違っていた。
Tiger JKが、正しかった。
歴史が、そう証明した。


■ アルバムで追う、20年の歩み

1집『Year Of The Tiger』(1999) 
난 널 원해 / 너희가 힙합을 아느냐。すべての始まり。

2집『위대한 탄생/ウィデハン タンセン(偉大なる誕生)』(2000)
韓国語のラップに本格的に挑み始めた時期。

3집『The Legend Of…』(2001)
Good Life。名曲として今も愛される。

4집『뿌리/ップリ(根)』(2003)
남자기 때문에。
Tiger JKの韓国語の歌詞が完全に花開き、人気が絶頂に達した一枚。タイトルの「根」が、彼の立ち位置そのものだ。

5집『하나하면 너와나/ハナハミョン ノワナ』(2004)
この作品を最後に、DJ Shineが脱退。

6집『1945 해방/ヘバン(解放)』(2005)
ここからTiger JK一人体制に。Dynamic Duoらが客演し、シーンの仲間との絆を示した。

7집『Sky Is The Limit』(2007)
8:45 Heaven。

8집『Feel gHood Muzik: The 8th Wonder』(2009)
「Monster」は、Tiger JK、Yoon Mi-rae、海外の名ラッパー陣が集結した、ヒップホップの教科書のような一曲。

10집『Drunken Tiger X: Rebirth Of Tiger JK』(2018)
最後のアルバム。

ドランクンタイガーは、韓国のヒップホップミュージシャンとして、初めて「10集」に到達したグループになった。
後にEpik HighやDynamic Duoらも10集にたどり着くが、その道を最初に切り開いたのは、彼らだった。
誰も道がなかったところから始めた男が、誰よりも遠くまで歩いた。
それを証明する、数字だ。


■ DJ Shineのこと

5集を最後にグループを離れたDJ Shine。
その理由をめぐっては、当時いろいろな噂が流れた。

でも、本人がインタビューで、はっきり語っている。
ただ、追求する音楽の方向性が違っただけ。
Tiger JKへの悪感情なんて、何もない、と。

実際、ドランクンタイガーが最後の10集を出したとき、DJ ShineはTiger JKに「お疲れさま」と連絡をしている。
今は、バリでリゾートを営みながら暮らしているという。

二人で荒野を切り開いた事実は、別々の道を歩いても、消えない。


■ 大父として 育てる側へ

Tiger JKがすごいのは、自分が成功しただけで終わらなかったことだ。

2013年からは、妻のYoon Mi-rae、ラッパーのBizzyとともにMFBTYを結成。
そして自身のレーベル「Feel gHood Music(필굿뮤직/フィルグッミュジッ)」を通じて、後進のヒップホップ・R&Bアーティストを育てている。

プレイヤーとして頂点に立ち、そして「育てる人」へ。
韓国ヒップホップという文化そのものを、根から育て、次の世代へ手渡してきた。

数々の事件や噂もあったが、それでもTiger JKが大衆から愛され続けるのは、その音楽の温かさと、人柄の良さゆえだと言われている。
荒々しいだけの男ではない。
礼儀正しく、品があり、誰よりも家族を愛する人。
それが、大父の素顔だ。


■ K-POP / ヒップホップ史における位置づけ

Tiger JKの功績は、ただ一つの言葉で足りる。

「韓国にヒップホップを、根付かせた」。

彼が荒野を耕さなければ、今の韓国ヒップホップは、まったく違う形になっていた。
いや、存在すらしなかったかもしれない。

Show Me The Moneyで競い合うラッパーたち。
BewhY、Kid Milli、Giriboy。
彼らが当たり前のように立っているステージは、Tiger JKが「黒人と何やってる」と笑われながら、一人で踏み固めた地面の上にある。

YG系のJinusean、そして1TYM(▶ 1TYMと僕。)が「ポップとしてのヒップホップ」を大衆に広めたとすれば、ドランクンタイガーは「本物のヒップホップ・カルチャー」そのものを韓国に植えた。
この二つの流れが合わさって、今の韓国ヒップホップがある。

大父、という呼び名は、伊達じゃない。


■ 韓国でのイメージ

韓国でTiger JKは、「힙합의 대부(ヒップホップの大父)」として、ジャンルを超えた尊敬を集めている。

ラッパーたちにとっては、絶対的な先駆者であり、目標。
大衆にとっては、ライブの帝王であり、人格者。
そして、윤미래/ユン・ミレとの夫婦は、韓国芸能界で最も愛される「おしどり夫婦」の一つだ。

若いラッパーがリスペクトを語るとき、必ずと言っていいほど、Tiger JKの名前が出てくる。
彼は「過去の人」ではなく、今も現役の「根」として、シーンの真ん中に立っている。


■ ディスコグラフィー(主要作)

タイトル特記記事
1집Year Of The Tiger1999デビュー・90年代100大名盤準備中
3집The Legend Of…2001「Good Life」準備中
4집뿌리(根)2003韓国語歌詞が花開く・絶頂期準備中
5집하나하면 너와나2004DJ Shine最後の参加準備中
8집Feel gHood Muzik2009「Monster」準備中
10집Drunken Tiger X2018最終作・韓国HIPHOP初の10集準備中

■ 余談

Tiger JKは、1974年生まれの寅年で、誕生日の7月29日は「国際トラの日」。
名前も、生まれも、まるごとタイガー。

母は1970年代のバンド「ワイルド・キャッツ」のリーダーで、映画『ゴーゴー70』のヒロインのモデル。
音楽の血は、母から受け継いだものだ。

息子の名前は「ソ・ジョーダン」。
Tiger JKが大のマイケル・ジョーダン好きだから、というのが由来だ。

Tiger JKと妻ユン・ミレ/윤미래は、「韓国のJAY-Zとビヨンセ」と呼ばれる。
ヒップホップとR&B、それぞれの頂点に立つ二人が、夫婦。
これ以上の組み合わせは、なかなかない。


■ マルのひとこと

「お前ら、ヒップホップを知ってるか」。

このタイトルを初めて知ったとき、なんて挑発的なんだ、と思った。
でも、Tiger JKの来た道を知ると、これは挑発じゃなくて、叫びだったんだと分かる。

誰も分かってくれない。
「黒人と何やってる」「韓国語もできないくせに」と笑われる。
教科書にまで「悪い例」として載せられる。
そんな中で、たった一人、「本物はこれだ」と言い続けた人がいた。

僕がいちばんしびれるのは、彼が「根(뿌리/ップリ)」というタイトルのアルバムを出していることだ。
自分が何者か、ちゃんと分かっている。
俺は、根なんだ、と。

今、韓国ヒップホップは世界中で聴かれている。
BewhYもKid Milliも、当たり前にスターだ。
でもその全員が立っている地面は、25年前にこの男が、笑われながら一人で踏み固めた場所だ。

花は目立つ。
でも、根がなければ、花は咲かない。

うりぬん、その根を、ちゃんと覚えていたい。
너희가 힙합을 아느냐のおかげで、少しは分かるようになったHIPHOPを記していきたい。

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