ユン・ミレと僕。윤미래와나

1世代

韓国ヒップホップに、「ラップが上手い女性」が現れるたびに、必ず言われる言葉がある。

「第2のユン・ミレだ」。

つまり、彼女が基準なのだ。
何十年も、韓国の女性ラッパーの「ものさし」であり続けている人。
ユン・ミレ(윤미래)。
別名、T。タシャ。

ラップも、ボーカルも、両方が最上級。
アメリカのヒップホップで言えば、ローリン・ヒルのような存在。
「韓国ヒップホップの女王」と呼ばれる、ただ一人の女性だ。

うりぬんでは、彼女を ▶ ドランクンタイガーと僕。 の「Tiger JKの妻」として紹介した。
でも、それはあまりに失礼な話で。
彼女は、誰の妻である前に、彼女自身が、まぎれもないレジェンドだ。

そして彼女の人生には、一曲の名曲が、まるごと刻まれている。
「검은 행복/コムン ヘンボッ(黒い幸福)」。
これは、差別を誇りに変えた女性の物語だ。


■ 基本情報

項目内容
名前윤미래(ユン・ミレ)
※別名 T / Tasha / Gemini
本名ナターシャ・シャンタ・リード
(Natasha Shanta Reid)
生年月日1981年5月31日(米テキサス州キリーン)
国籍アメリカ
所属グループ업타운(1997〜99)
타샤니(1999〜2000)
MFBTY(2013〜)
デビュー1997年 업타운(Uptown)1集『Represent』
所属Feel gHood Music
家族夫:Tiger JK
息子:ソ・ジョーダン
特記事項「国家代表の女性ヒップホップ・ミュージシャン」。
ラップとボーカルのオールラウンダー

■ ユン・ミレという人物

ユン・ミレの本名は、ナターシャ・シャンタ・リード。
「윤(ユン)」は、韓国人である母の姓だ。

父は、駐韓米軍として服務したアフリカ系アメリカ人、トーマス・J・リード。
母は、韓国人。
1981年、アメリカ・テキサス州で、一人娘として生まれた。

父は、軍人でありながら部隊のクラブでDJをするほどの音楽好きだった。
だからユン・ミレは、生まれたときから音楽に囲まれて育った。
(この生い立ちは、後の「검은 행복」にそのまま歌われている)

軍人の父に従い、アメリカ、韓国、ドイツと、いくつもの国を転々とした。
どこにいても、彼女は「どこの子」とも言い切れなかった。
アメリカ人、韓国人、黒人。
そのあいだで、アイデンティティは揺れ続けた。


■ 「검은 행복(黒い幸福)」 差別を、幸福に変えた歌

ここは、ていねいに書きたい。

1980〜90年代の韓国で、黒人の血を引く子どもが受けた差別は、今では想像しにくいほど厳しいものだった。
ユン・ミレは、韓国にいた頃、外国人学校に通っていた。
だが、その外国人学校の中ですら、黒人ハーフであることで差別を受け、途中で学校をやめることになった。

アメリカでも、韓国でも、どこか「よそ者」。
そのつらさを、彼女は誰よりも深く知っている。

でも、彼女はそれを、恨みや嘆きで終わらせなかった。

そのすべての哀しみと、それでもあった喜びを、一曲の歌にした。
それが「검은 행복(コムン ヘンボッ/黒い幸福)」。
タイトルからして、すごい。
「黒い」という、差別の言葉として投げつけられたかもしれない色を、「幸福」とつなげてみせた。

そして、この曲の途中に流れるナレーションは、父トーマスが、自ら吹き込んだものだという。
自分の出自を、痛みごと抱きしめて、「幸福」と名づける。
これ以上に強い自己肯定の歌を、僕は知らない。

今、ユン・ミレはこう言う。
韓国人の情緒をよく理解しているし、韓国人であることに、誇りを持っている、と。

「검은 행복」は、彼女の音楽キャリアの中でも、最高の名曲として語り継がれている。
2020年には、この曲を題材にした絵本『검은행복』まで出版された。
痛みが、誇りになり、やがて子どもたちへの贈り物になった。


■ デビュー 14歳で見出された才能

ユン・ミレの才能が見出されたのは、1995年。
まだ14歳のときだった。

グループ「업타운/オプタウン(Uptown)」のメンバーを探していたチョン・ヨンジュンの目に留まり、1997年、韓国でデビューする。

ここで、ちょっと驚きの事実がある。
デビュー当時、彼女はまだ15歳。
ところが、19歳と偽って活動していた。
しかも、誰一人、その年齢を疑わなかった。

それくらい、彼女のラップとボーカルは、完成されていた。
ラップとR&Bを、一人で同時にこなす。
そんなボーカリストは、当時の韓国にほとんどいなかった。
15歳の少女は、最初から「本物」だった。


■ 타샤니/タシャニ、そして「イ・ヒョリ」との歴史のif

Uptownを一時離れ、ユン・ミレは애니(エニー)と「타샤니(タシャニ)」という女性デュオを組む。

タイトル曲は当時ヒットしなかったが、「하루하루/ハルハル」「경고/キョンゴ」といった曲は、後年「埋もれた名曲」として再発掘され、今も愛されている。

そして、この타샤니/タシャニには、面白い「歴史のif」がある。

実は当初、타샤니は3人組として準備されていた。
その3人目の候補がなんと、イ・ヒョリ(이효리)だった。

ところがイ・ヒョリはDSPへ移籍し、Fin.K.Lのメンバーになる(▶ Fin.K.Lと僕。)。
逆にエニーは、もともとDSPの練習生だったが、Fin.K.Lの色と合わないと考えてDSPを離れ、ユン・ミレ側へ来た。

もしあのとき、イ・ヒョリが타샤니に入っていたら。
Fin.K.Lも、ユン・ミレのキャリアも、まったく違う形になっていたかもしれない。
1世代の人脈は、本当にどこまでも絡み合っている。


■ ソロへ 初めての1位と、涙

2000年、Uptownが解散。
ユン・ミレは、ソロへと転向する。

2001年、1集『As Time Goes By』を発表。
これが大ヒットし、彼女はソロアーティストとして確固たる地位を築いた。

タイトル曲「시간이 흐른 뒤/シガニ フルン ディ(時が流れて)」が、SBS『人気歌謡』で1位候補に。
そして、予想を覆して、1位を獲る。
歌手キャリアで、初めての1位だった。

その瞬間、ユン・ミレは感極まって、受賞コメントを言えなかった。
ただ、涙を流した。
ようやく言葉を絞り出して、こう言った。
「夢を見ているみたい。ありがとうございます」。

美しいのは、その後だ。
1位を争った相手は、샾/シャッ(Shop)というグループだった。
彼女のアンコール舞台に、샾のメンバー全員が上がってきて、祝福した。
そして翌週、今度は샾が1位を奪い返すと、ユン・ミレも샾のアンコール舞台に上がり、メンバーのラップパートを一緒に歌って返した。

勝った、負けたじゃない。
リスペクトを、リスペクトで返す。
ユン・ミレという人の人柄が、この一件に全部出ている。


■ オールラウンダーの女王 ラップも、ボーカルも、OSTも

ユン・ミレの本当の凄みは、その「振れ幅」だ。

硬派なヒップホップで、男性ラッパーをも黙らせるラップを聴かせたかと思えば、心を溶かすようなR&Bのボーカルも歌える。
夫のTiger JKいわく、「あまりに隙がなくて、気の強い男性ラッパーですら、ユン・ミレには音楽的に何も言えない」。

そしてもう一つ、彼女には「ドラマOSTの女王」という顔がある。

『主君の太陽』の「Touch Love」。
『太陽の末裔』の「ALWAYS」。
『愛の不時着』の「Flower」。
『梨泰院クラス』の「Say」。

韓国ドラマを観る人なら、名前は知らなくても、必ず彼女の声を聴いている。
ヒップホップの女王が、国民的なバラードも歌う。
このオールラウンドさが、ユン・ミレを「替えのきかない存在」にしている。


■ Tiger JKと、MFBTY

ユン・ミレとTiger JKは、Uptownの時代から親しくなった。
そして2007年に結婚し、2008年に息子ジョーダンが生まれる。

2013年からは、夫Tiger JK、ラッパーBizzyとともに「MFBTY」を結成。
自分たちのレーベル Feel gHood Music で、後進のアーティストを育てている。

ヒップホップの大父と、ヒップホップの女王。
「韓国のJAY-Zとビヨンセ」と呼ばれる、この夫婦の物語は ▶ ドランクンタイガーと僕。 にも書いた。
それぞれが一人で伝説なのに、二人そろうと、もっと伝説になる。
こんな夫婦は、なかなかいない。


■ 韓国ヒップホップ史における位置づけ

ユン・ミレの功績は、はっきりしている。

「女性が、ヒップホップのど真ん中で戦える」ことを、最初に証明したことだ。

男性中心だった韓国ヒップホップで、彼女はラップでも実力で頂点に立った。
2011年には、アメリカのMTVが選ぶ「注目すべき海外の女性ラッパー」に選ばれ、「韓国ヒップホップ界の女王」と紹介された。

そして冒頭に戻る。
韓国で、ラップの上手い女性が出てくるたびに、「第2のユン・ミレ」と言われる。
これは、彼女が「比較される側」ではなく、「基準そのもの」だということだ。

ローリン・ヒルが世界の女性ラッパーの一つの到達点なら、ユン・ミレは韓国のローリン・ヒル。
後に続くすべての女性ラッパー、女性ボーカリストが、彼女の背中を見て育っている。

2024年には、BTSのj-hopeの「NEURON」にも、개코/ゲコと並んで参加した。
デビューから四半世紀を超えてなお、彼女は現役の「女王」であり続けている。


■ 韓国でのイメージ

韓国でユン・ミレは、「実力の代名詞」として、絶対的な尊敬を集めている。

ラッパーとしての凄み、ボーカリストとしての深さ、そして「검은 행복」に象徴される、自分の出自を誇りに変えた強さ。
その全部が、「かっこいい女性」の一つの理想像になっている。

Tiger JKとのおしどり夫婦ぶりも含めて、彼女は「強くて、温かくて、ぶれない人」。
派手なゴシップではなく、その実力と生き方で愛され続けている、稀有なアーティストだ。


■ ディスコグラフィー(主要作)

タイトル特記記事
As Time Goes By2001ソロ初・「시간이 흐른 뒤」初の1位準備中
Gemini2002「끝없는 바다 저편에」準備中
To My Love2002準備中
t 3 YOONMIRAE2007「검은 행복」収録準備中
Gemini 22018「You & Me」準備中

■ 余談

別名の「T」「タシャ」は、本名ナターシャ(Natasha)から来ている。

ロールモデルは、ローリン・ヒルと、女性ラッパーのDa Brat。
特にローリン・ヒルとは、ラップとボーカルのスタイルが本当によく似ている。

夫はマイケル・ジョーダンの大ファンで、息子の名前は「ジョーダン」。
そして二人は宗教が違う(夫は仏教、ユン・ミレはプロテスタント)が、結婚のとき「互いの宗教を尊重し、どちらにも合わせない」と決めたという。
このあたりの、無理に一つにしない感覚も、彼女らしい。

2022年には、コンビニのCUから、彼女をモデルにした「T 미래 소주/ティ ミレ ソジュ」という焼酎まで発売された。


■ マルのひとこと

「黒い幸福」。

このタイトルを初めて見たとき、胸を掴まれた。
「黒い」と「幸福」は、普通はつながらない。
むしろ、ぶつかる言葉だ。

でもユン・ミレは、自分に投げつけられたかもしれない言葉を、自分の手で「幸福」に書き換えてみせた。
痛みを、隠すんじゃなくて、抱きしめて、歌にした。
しかもその歌のナレーションを、お父さんがやっている。
もう、それだけで泣ける。

僕は、ラップが上手いとか、歌が上手いとか、そういう物差しの先にあるものを、彼女に見る。
自分が何者かを、誰かに決めさせない。
自分で名づける。
それができる人が、本当に強い人なんだと思う。

韓国でいちばんラップの上手い女性は誰か、と聞かれたら、いつもユン・ミレが頭をよぎる。
でも僕がいちばん尊敬するのは、その実力よりも、「黒い幸福」と言い切れる、その生き方のほうだ。

ここまで書いてきて、申し訳ない気持ちになるが彼女の曲で一番好きな曲は愛の不時着OST Flowerなのは許してほしい。
うりぬん、ユンミレの誇りを、ちゃんと受け取りたい。

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