Fin.K.Lと僕。핑클와나

1世代

韓国のガールグループ史を語るとき、必ず出てくる対立構図がある。
「S.E.S. vs Fin.K.L」。

1990年代後半、この二組がチャートとお茶の間を二分し、韓国の10代は「どちらの派か」で分かれた。

そのもう一方の山脈、Fin.K.L(핑클/ピンクル)。
SMのS.E.S.が「神秘・清純」なら、DSPのFin.K.Lは「健康的で、親しみやすく、人間味がある」。

そしてこのグループには、後に韓国で最も巨大な女性ソロスターになる女性がいた。
イ・ヒョリだ。

これは、4人の妖精(요정/ヨジョン)と、彼女たちが時代に残したものの物語だ。

S.E.S.と僕。 とあわせて読むと、90年代の熱が二倍になる。


■ 基本情報

項目内容
グループ名Fin.K.L(핑클/ピンクル)
名前の由来Fine Killing Liberty
(自由を抑圧するすべてを終わらせる)
デビュー1998年5月12日
所属DSP(대성기획/デソンギフィッ)
メンバー이효리(イ・ヒョリ)
옥주현(オク・ジュヒョン)
이진(イ・ジン)
성유리(ソン・ユリ)
公式カラー펄 레드(パールレッド)
ファンダム핑키(ピンキー)
活動1998〜2005(2019に再結合)
通称国民の妖精
90年代ガールグループの二大山脈

■ メンバー

이효리(イ・ヒョリ)|RED・国民の女神になった人
グループのビジュアルとセンター、そしてリーダー。
後に韓国を代表するソロスターへと飛躍する。
「10 Minutes」で社会現象を巻き起こし、2000年代の韓国でいちばん輝いた女性のひとりになった。
その後は済州島に移住し、動物愛護・環境・素朴な暮らしの象徴として再び国民的な存在に。
彼女の人生そのものが、ひとつの時代の物語だ。

옥주현(オク・ジュヒョン)|BLACK・歌の女王、ミュージカルの女王
グループのメインボーカル。
圧倒的な歌唱力でFin.K.Lのバラードを支えた。
実は、自由人のヒョリに代わって、グループの実質的なまとめ役を担っていたのも彼女だ。
解散後はミュージカルの世界へ進み、『アイーダ』『エリザベート』など数々の大作で主演を務める、韓国ミュージカル界のトップ女優になった。

이진(イ・ジン)|BLUE・健やかな存在感
ダンスとビジュアルを担い、バラエティでは独特の天然キャラで愛された。
解散後は女優としても活動。
2016年に韓国系アメリカ人と結婚し、その後は芸能活動を離れてアメリカで暮らしている。

성유리(ソン・ユリ)|WHITE・妖精から女優へ
愛らしいビジュアルで「妖精」と呼ばれた最年少メンバー。
面白いことに、年下なのにグループ内の序列1位は彼女だったという。
後の「末っ子最強(막내온탑/マンネオンタッ)」という、ガールグループの伝統の、いわば元祖だ。
解散後は女優に転身し、ドラマや映画で活躍した。


■ 結成秘話 最後の枠に、滑り込んだイ・ヒョリ

Fin.K.Lを生んだのは、DSP(大成企画)と、その創業者イ・ホヨン社長だ。
DSPはこの後、KARAなどを輩出し、韓国アイドル史に名を刻む事務所になっていく。

結成の物語で、どうしても語りたいのが、イ・ヒョリの加入だ。

実は、最初に決まっていた4人のデビュー組は、ソン・ユリ、イ・ジン、オク・ジュヒョン、そしてチェ・ウンジョンだった。
ところが、チェ・ウンジョンが録音中、プロデューサーに叱られて、つい暴言を吐いてしまう。
よりによって、マイクがオンのまま。
それが原因で、彼女はデビュー組を外れることになった(後にCLEOでデビューする)。

DSPは、最後の一枠を急いで探した。
そこに、デビューわずか1ヶ月前に滑り込んだのが、イ・ヒョリだった。

面白いのは、最初の顔合わせだ。
ヒョリは、先に決まっていた3人のプロフィール写真(当時のちょっと垢抜けない衣装)を見て、加入をためらったという。
ところが実際に会うと、残りの3人はヒョリの美しさに驚いた。
特にソン・ユリは、ヒップホップ姿に清純な顔立ちのヒョリを見て、心の中で「これは、いける」と思ったらしい。

後に韓国でいちばん有名な女性になる人が、ギリギリ最後に、滑り込むようにグループに入った。
運命というのは、いつもそういう細い糸の上にある。


■ 妖精なのに、面白い 「自由」を体現したグループ

ここに、Fin.K.Lという存在の、本当の個性がある。

グループ名「Fin.K.L」は、Fine Killing Liberty の略。
意味は「自由を抑圧する、すべてを終わらせる」。
妖精のイメージとは裏腹に、ものすごく反骨的な名前だ。

そして彼女たちは、その名前の通りに生きた。

当時のガールグループは、「神秘主義」が当たり前だった。
手の届かない、夢のような、ミステリアスな存在。
ライバルのS.E.S.も、その路線だった。

ところがFin.K.Lは、真逆を行く。
おならもするし、大食いだし、バラエティで体を張って笑いを取る。
社長から「망나니/マンナニシスターズ(暴れん坊姉妹)」と呼ばれたほど、自由奔放だった。

これが、革命だった。

「妖精は、飲まず食わずで、ただ美しい」という当時の常識を、Fin.K.Lは笑い飛ばした。
歌って踊るだけでなく、バラエティで国民を笑わせる。
彼女たちは「개그테이너(ギャグテイナー)걸그룹(ガールグループ)」、つまり「お笑いもできるガールグループ」の、まぎれもない元祖になった。

「Fin.K.Lが番組に出ると視聴率が上がる」。
そう言われて、SBSが彼女たちの名前を冠した番組まで作ったほどだ。

S.E.S.が「憧れ」なら、Fin.K.Lは「親しみ」。
この「隣のお姉ちゃん」のような距離感は、後のKARAの「동창돌/ドンチャンドル(同級生アイドル)」路線へと受け継がれていく。
飾らないことを、武器にする。
それを最初にやったのが、Fin.K.Lだった。


■ S.E.S.との「二大山脈」

1998年5月、Fin.K.LはR&Bバラード「Blue Rain」でデビューした。

ここに、ライバルS.E.S.との明確な戦略の違いがある。
同時期にヒップホップ調の「I’m Your Girl」で攻めたS.E.S.に対し、Fin.K.Lはあえてバラードで登場した。
音楽性で真っ向から色を分けることで、二組は共存しながら覇を競った。

当時の10代は「S.E.S.派かFin.K.L派か」で語り合った。
男性側の「H.O.T. vs Sechs Kies」と並ぶ、1世代の黄金カードだ。

ただ、勝った負けたを数字で断じるのは野暮だろう。
大事なのは、この二組が並び立ったことで、韓国のガールグループ市場そのものが一気に成熟したこと。
ライバルがいたから、互いに高め合えた。
それは、どちらのファンも、きっと分かっている。


■ アルバムで追う

1집『Blue Rain』(1998年)
デビューアルバム。
Fin.K.Lの初期の武器は、オク・ジュヒョンのボーカルが牽引するR&Bバラードだった。
それを象徴するのがタイトル曲「Blue Rain」。
続くヒット曲「내 남자친구에게/ネ ナンジャチングエソ(私の彼氏へ)」は、より王道のポップソングで、当時の流行に乗った親しみやすい一曲。
さらに「루비/ルビ(ルビー)」も愛された。
バラードとポップ、その二枚看板でいきなり国民的人気を掴んだ。

2집『White』(1999年)
約70万枚を売り上げた大ヒット作。
この2集から、二つのヒットが生まれた。
「영원한 사랑/ヨンウォナン サラン(永遠の愛)」と「자존심/ジャジョンシン(プライド)」。
特に「자존심」は、今もFin.K.L屈指の名バラードとして、カラオケで歌い継がれている。
グループの人気が、本格的に爆発した一枚だ。

3집『Now』(2000年)
韓国チャートで2位を記録した、人気絶頂期の作品。
よりダンサブルで華やかな方向へ進み、表現の幅を広げた。
そしてこのタイトル曲「Now」は、2017年、アメリカのBillboardが選ぶ「歴代最高のガールグループ曲100」に、堂々の88位で選ばれている。
20年近く前のK-POPが、世界の物差しで評価された。
これは、地味にとんでもないことだ。

3.5집「당신은 모르실거야/タンシヌン モルシルゴヤ(あなたは知らないでしょう)」(2001年)
ウェディングドレスのコンセプトで放ったこの曲は、地上波3社の音楽番組すべてで1位を獲る「グランドスラム」を達成。
次にこの記録が出るのは、なんと12年後のINFINITEだった。

4집『Forever』(2002年)
Fin.K.Lとして最後のオリジナルアルバム。
タイトル曲「영원/ヨンウォン(Forever)」のバラードが、後から振り返ると切ない。
この活動を経て、彼女たちはそれぞれの道へ向かっていく。

デジタルシングル『Forever Fin.K.L』(2005年)
2005年のこの作品を最後に、Fin.K.Lは正式な「解散」を宣言することなく、各自の個人活動に入った。
このとき出した『Forever Fin.K.L』のDVDは、韓国のガールグループとして初めて制作されたDVDでもある。
解散ではなく、それぞれの旅立ち。
この「解散と言わなかった」姿勢が、後の再結合への伏線になる。


■ 記録 アイドルガールグループ、初の「大賞」

Fin.K.Lには、忘れてはいけない記録がある。

彼女たちは、アイドルのガールグループとして、史上初めて「大賞(歌謡大賞)」を受賞したグループだ。
韓国の女性グループ全体でも、1969年のパール・シスターズ以来、実に30年ぶり、史上2組目の快挙だった。

「妖精」「親しみやすい」というイメージで語られがちだが、その実力と人気は、当時のシーンの頂点にあった。
笑いも取れて、大賞も獲る。
それが、Fin.K.Lだった。


■ メンバーのその後、特に「イ・ヒョリ」という現象

Fin.K.Lの物語は、解散後のほうがむしろ巨大になる。
とりわけイ・ヒョリの飛躍は、韓国芸能史に残る現象だった。

2003年8月、イ・ヒョリは1stソロアルバム『STYLISH…E hyOlee』でソロデビュー。
その中の「10 Minutes」が、社会現象を巻き起こす。
セクシーで自信に満ちたパフォーマンスは、それまでの「清純な妖精」のイメージを完全に塗り替えた。

彼女はCM界を席巻し、「이효리 신드롬(イ・ヒョリ・シンドローム)」という言葉まで生まれた。
アイドル出身のソロ歌手が、その年の大賞級の評価を受ける。
当時としては画期的な出来事だった。
「国民の女神」「韓国を代表するit-girl」。
その称号は、すべて彼女のものになった。

そして驚くべきは、その後の転身だ。
芸能界の頂点を極めたイ・ヒョリは、やがて済州島へ移住。
動物愛護、菜食、環境、素朴な暮らしを大切にするライフスタイルの象徴として、再び国民の心を掴んだ。
リアリティ番組『효리네 민박(ヒョリの民宿)』での飾らない姿は、華やかなスター時代とはまったく違う、新しい「国民的な好かれ方」を生んだ。

一人の女性が、二度まったく違う形で国民に愛される。
これは、本当に稀有なことだ。

他のメンバーも、それぞれの場所で輝いた。
オク・ジュヒョンは韓国ミュージカル界のトップ女優に。
ソン・ユリは女優として、イ・ジンも女優を経てアメリカでの生活へ。
4人の「その後」が、それぞれ充実していることも、Fin.K.Lが愛され続ける理由だ。


■ 2019年、14年ぶりの再結合と「캠핑클럽(キャンピングクラブ)」

2019年5月、Fin.K.Lは14年ぶりに完全体で活動を再開した。

その方法が、実にFin.K.Lらしかった。
派手な復活コンサートではなく、その夏、JTBCのバラエティ『캠핑클럽(キャンピングクラブ)』に出演。
4人がキャンピングカーで全国を旅し、昔を語り合うという、親密で素朴な内容だった。
メンバーは「これをビジネスにしない」と決め、ファンがより身近に再会を感じられる形を選んだという。

そして2019年9月、「남아있는 노래처럼/ナマインヌン ノレチョロン(残っている歌のように)」を発表。
2005年以来、実に14年ぶりの新曲となった。

儲けるためでも、話題作りのためでもない。
ただ「もう一度、4人で」という気持ちだけで集まった再結合。
それが、多くの人の胸を打った。


■ K-POP史における位置づけ

Fin.K.Lの功績は、大きく三つある。

ひとつは、S.E.S.とともに「韓国ガールグループ市場そのものを成熟させた」こと。
二組のライバル関係がなければ、韓国の女性アイドル文化はここまで早く確立しなかった。

ふたつは、「개그테이너/ケグテイノ(笑えるガールグループ)」という新しい型を発明したこと。
神秘主義が当たり前だった時代に、飾らず、笑いを取る親しみやすさを武器にした。
この路線は、後のKARAへと受け継がれていく。

みっつは、イ・ヒョリという「アイドル後のロールモデル」を生んだこと。
アイドルがグループ解散後にソロで国民的スターになる、その最初にして最大の成功例が彼女だった。

そしてもうひとつ、面白い事実がある。
「핑클」という名前は、今や韓国で「固有名詞」として扱われ、誰も商標登録できないという。
事務所が2004年に登録を試みたが叶わず、今では「あの4人のグループ」として、法的にも誰のものにもならない名前になった。

自分の名前を取り戻すために12年も裁判を戦った神話(▶ 神話と僕。)とは、まったく対照的だ。
かたや、闘って取り戻した名前。
かたや、誰にも奪えないほど愛されて、固有名詞になった名前。
名前の守られ方にも、それぞれの物語がある。

そしてDSPは、この後SS501、KARAなどを輩出していく。
Fin.K.Lは、DSPという事務所の礎でもあった。


■ 韓国でのイメージ

韓国でFin.K.Lは、「国民の妖精」「90年代の青春」として、深い愛情とともに記憶されている。

特に「자존심」「영원한 사랑」といったバラードは、世代を超えて歌い継がれる名曲だ。
そしてイ・ヒョリが今なお国民的な存在であり続けていること、オク・ジュヒョンがミュージカルの女王であり続けていることが、Fin.K.Lの名前を「過去」にしない。

2019年の『캠핑클럽』が大きな反響を呼んだのも、4人への愛情が25年経っても色褪せていない証拠だ。

S.E.S.が「洗練された憧れ」なら、Fin.K.Lは「親しみと共感」。
韓国の人々にとって、Fin.K.Lは遠いスターではなく、自分たちの青春のすぐ隣にいた4人の妖精なのだ。


■ ディスコグラフィー(主要作)

タイトル特記記事
1집Blue Rain1998デビュー・「내 남자친구에게」準備中
2집White1999「영원한 사랑」「자존심」約70万枚準備中
3집Now2000「Now」韓国2位・Billboard 88位準備中
3.5집당신은 모르실거야2001地上波3社グランドスラム準備中
4집Forever2002「영원」最後のオリジナル準備中
デジタルシングルForever Fin.K.L2005個人活動へ・初の걸그룹DVD準備中

■ 余談

グループ名「Fin.K.L」はFine Killing Libertyの略。
「自由を抑圧するすべてを終わらせる」という、妖精らしからぬ挑戦的な意味だが、彼女たちは本当にその通りに自由だった。

実は、グループの実質的なまとめ役はオク・ジュヒョンで、序列1位は末っ子のソン・ユリだったという。
「末っ子最強」という、今のガールグループの伝統の元祖が、ここにある。

「자존심」は、今もカラオケで歌い継がれるFin.K.L屈指の名バラード。

2019年の再結合を「ビジネスにしない」と決めた4人の姿勢は、韓国で深い共感を呼んだ。


■ マルのひとこと

Fin.K.Lは偉大だ。

でも、イ・ヒョリがもっと偉大だ。

普通、グループは解散したら少しずつ忘れられていく。
でもFin.K.Lは逆だった。
イ・ヒョリは国民の女神になった。
日本だとどうだろう、SMAP解散の後に木村拓哉が大ブレイク的な感じかな。

さらに、4人がそれぞれの場所で、ちゃんと幸せそうに輝いている。
だから「あの妖精たち、今どうしてるんだろう」じゃなくて、「あの人たち、今もすごいよね」と言える。

そして2019年、お金のためでも話題のためでもなく、ただ4人でキャンピングカーに乗って旅をした。
あの飾らなさが、Fin.K.Lのすべてを物語っている気がする。
妖精は、年を重ねても妖精のままだった。

うりぬん、パールレッドのピンキーを忘れない。

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