H.O.T.と僕。 에이치오티와나

1世代

「アイドル」という言葉は、今では当たり前に使われている。

でも誰かが最初にその形を作らなければ、言葉は存在しても中身は空っぽだ。
歌って踊る5人組、揃いの衣装、ファンクラブ、応援グッズ、公式カラー。
今のK-POPファンが「当たり前」だと思っているこの全部を、1から発明したグループがいる。

名前を、H.O.T.(에이치오티/エイチオティ)という。


■ 基本情報

項目内容
グループ名H.O.T.(에이치오티/エイチオティ)
名前の由来High-five Of Teenagers
(10代のハイファイブ)
デビュー1996年9月7日
解散2001年
所属SMエンターテインメント
ファンクラブClub H.O.T.(クラブ・エイチオティ)
公式カラー白(하양/ハヤン)
特記事項韓国初のK-POPアイドルグループ。
アイドル文化の起点

■ メンバー

문희준(ムン・ヒジュン)|万能型リーダー
プロデュース・振付・歌・ラップ・バラエティ、すべてをこなすオールラウンダー。
「万能カリスマリーダー」の原型とされる存在。
デビュー後すぐに作曲を本格的に学び始めた努力家でもある。
解散後はロッカーに転身し、自身の事務所も設立した。

강타(カンタ)|グループの声
メインボーカル。
H.O.T.の感情的なバラードを支えた中心的な歌声。
解散後もソロアーティストとして、そしてSMの要職としても活躍した。

토니 안(トニー・アン)|英語ラップ担当の実業家
韓国系アメリカ人。
H.O.T.の楽曲の英語ラップをすべて担当したメインの英語ラッパー。
解散後は実業家としても成功を収めた多才な人物。

장우혁(チャン・ウヒョク)|ダンスの化身
亀尾(クミ)地域で「踊りの王様」として各種ダンス大会のトロフィーを総なめにしていた、生粋のダンサー。
H.O.T.の激しいパフォーマンスの中核を担った。

이재원(イ・ジェウォン)|最年少の作曲家
身長184cmのチーム内最長身。
ラップ中心のヒップホップ曲を自ら作曲し、洗練された作曲センスで高く評価された。
最年少ながら音楽的な貢献が大きかった。

▼ メンバーの現在(公式Instagram)
https://www.instagram.com/tayabaragi/


■ 韓国に「アイドル」を発明した日

1996年9月7日、テレビ番組「토요일 토요일은 즐거워(土曜日土曜日は楽しいよ)」。
数年前にソテジとアイドゥルが審査員を困惑させた、あの場所だ。
そこでH.O.T.は「전사의 후예/ジョンサエ フエ(戦士の末裔)」を披露した。

これがただのデビューではなかった理由は、彼らが「音楽」だけでなく「システム」を持ってきたからだ。

이수만(イ・スマン)率いるSMエンターテインメントは、明確な設計図を持ってこの5人組を作り上げた。
メンバーそれぞれにキャラクターと番号と色を割り振り、公式ファンクラブを組織し、応援カラー(白)を定め、グッズを展開する。
日本のアイドル文化を研究し尽くしたイ・スマンが、韓国の土壌に合わせて構築したこの仕組みは、その後のすべてのK-POPアイドルの設計図になった。


■ 1集 We Hate All Kinds Of Violence(1996年9月)

アルバム名は日本語にすると「僕たちはすべての暴力を嫌う」
控えめに言ってアイドルとして挑戦しすぎ。

デビューアルバム。最終販売枚数は150万枚を記録した。

特筆すべきは、デビュー曲のテーマだ。
タイトル曲「戦士の末裔」は、学校での暴力(学校暴力)を真正面から批判した曲だった。
アイドルのデビュー曲が「いじめ反対」を叫ぶ。
この社会へのまなざしは、明らかにソテジとアイドゥルから受け継いだものだった。

一方でもう一つのタイトル曲「Candy」は、可愛らしいバブルガムポップ。
手袋やニット帽を使った振り付けが社会現象になり、街中の10代が真似をした。

「社会へのメッセージ」と「キャッチーな可愛さ」。
この二面性こそ、H.O.T.が国民的グループになった理由だった。

収録曲:

  1. Candy {TITLE}
  2. 君を愛した分だけ|널 사랑한 만큼|As Much As I Loved You
  3. 戦士の末裔(暴力時代)|전사의 후예|Descendants of Warriors
  4. 夕焼けに映った君の姿|노을속에 비친 그대 모습
  5. 僕が必要なとき|내가 필요할 때
  6. 今日もイライラする日だな|오늘도 짜증나는 날이네
  7. 君はFast 僕はSlow|너는 Fast 나는 Slow
  8. 個性時代|개성시대|The Age of Individuality
  9. About 女

Candyは有名すぎるので逆に割愛していくスタイル。


■ 2集 Wolf and Sheep(1997年7月)10日で100万枚

2ndアルバムは、リリースからわずか10日で100万枚を売り上げた。

タイトル曲「Candy」の純粋路線から一転、「Wolf & Sheep(늑대와 양/ヌッテワ ヤン)」では激しいパフォーマンスを見せた。
プロデュースにはイ・スマンとユ・ヨンジン(유영진)が参加。
特にユ・ヨンジンが手掛けた「We Are The Future」は、後にSMサウンドと呼ばれる音楽性の原型となった。

収録曲:

  1. Go H.O.T!
  2. Wolf & Sheep|늑대와 양
  3. Free to Fly
  4. We Are The Future
  5. 幸せに満ちて|행복|Full of Happiness
  6. 劣等感の終わり|열등감의 끝
  7. 失われた12歳の誕生日|잃어버린 열두살의 생일
  8. TRAGEDY
  9. You & I

■ 3集 Resurrection(1998年9月) ハードコアへの挑戦

3rdアルバム「Resurrection(부활/復活)」では、ハードコアヒップホップを大胆に取り入れた。

タイトル曲「빛/ビッ(光/Hope)」は、当時の韓国社会を覆っていた経済危機の暗い空気の中で、希望を歌った曲として10代の支持を集めた。
アイドルでありながら、常に時代の空気と社会の痛みに寄り添う。
H.O.T.の一貫した姿勢がここにもあった。


■ 4集 I Yah!(1999年9月)――130万枚と社会への叫び

4thアルバムは130万枚以上を売り上げた。

タイトル曲「아이야!(I Yah!)」は、1994年に起きた聖水大橋崩落事故をモチーフに、社会の構造的な問題を告発した曲だった。
ミュージックビデオには当時としては破格の制作費が投じられ、社会的なメッセージ性とスケールの大きさで強い衝撃を与えた。


■ 5集 Outside Castle(2000年9月)――最後のアルバム

5thアルバム「Outside Castle」。これがH.O.T.として完成された最後のスタジオアルバムになった。
実験的で芸術性の高い作品で、グループの音楽的な到達点を示した。しかしこの翌年、物語は突然の終わりを迎える。


■ アイドル「文化」そのものを発明した

H.O.T.が本当に凄いのは、音楽だけでなく「ファンダム文化」を丸ごと作ったことだ。

  • 公式ファンクラブ「Club H.O.T.」は、2000年に5期会員が10万人を突破。
    白い公式カラーから、ファンは自らを「白い天使」「米粒」と呼んだ
  • コンサートで白い風船を統一応援ツールとして初めて使ったのもH.O.T.。
    さらに貸切バス、横断幕、プラカード、ペンライトを組織的に使った最初のグループでもある
  • 1999年発売の飲料「Tick Tock H.O.T.」は5ヶ月で4500万缶を売り上げ、コカ・コーラの売上を上回った
  • 蛍光色のモコモコ手袋(Candyの手袋)、ファーの帽子、目の下のメイク。
    彼らのファッションは芸能界と全国に「H.O.T.シンドローム」を巻き起こした

今のK-POPコンサートにある「統一された色の海」「ペンライト」「公式グッズ」。
その文化のほぼすべてが、H.O.T.から始まっている。


■ 2001年、解散。数百人のファンがSMに抗議した

2001年、H.O.T.はSMエンターテインメントとの契約をめぐる対立により解散した。

5人のうち3人がSMを離れ、グループは事実上の終焉を迎えた。
この解散に、数百人のファンがSM社屋の前に集まり抗議した。
韓国のアイドル史において、ファンが企業に対して公然と声を上げた最初の大きな事件でもあった。

デビューからわずか5年。
しかしその5年で、H.O.T.は韓国に「アイドル」という文化を完全に定着させた。
音楽、メンバー構成、ファッション、活動方式、ファンクラブ。今のK-POPを構成するすべての要素の原型が、この5人によって作られた。


■ K-POP史における位置づけ

音楽、メンバー構成、ファッション、活動方式、ファンクラブ、応援グッズ。
今のK-POPを構成するほぼすべての要素の「型」を、H.O.T.が作った。
つまり、東方神起もSHINeeもEXOもNCTも、さらに言えば他社のBIGBANGもTWICEも、その「型」の源流をたどればH.O.T.に行き着く。
ソテジが「音楽」を変えたとすれば、H.O.T.は「アイドルという仕組み」を発明した存在だ。


■ 韓国でのイメージ

韓国でH.O.T.は、「1세대 아이돌/イルシデ アイドゥル(1世代アイドル)の象徴」であり、「青春そのもの」として記憶されている。

それを証明したのが、2018年の再結成コンサートだ。
2001年の最後の公演から17年、同じ서울올림픽주경기장(ソウルオリンピック主競技場)で行われたこのライブは、2日間で10万人を動員。
観覧申請は17万人に達し、ホームページがダウンするほどだった。

会場には、30代になったかつての少女たちが、昔の制服や白いレインコート(H.O.T.の白)を着て集まった。あの頃に戻るために。
地方や海外(特に中国)のファン、かつてH.O.T.のファンだった芸能人まで詰めかけ、現役トップアイドルにも劣らないファンダムを見せつけた。

韓国でH.O.T.は、単なる懐メロではない。
「韓流1世代」「自分の青春を作ったグループ」として、今も特別な感情とともに語られている。


■ ディスコグラフィー一覧

リリース特記記事
1集1996.09「전사의 후예」「Candy」
約150万枚
準備中
2集1997.07「Wolf & Sheep」
10日で100万枚
準備中
3集1998.09「빛」準備中
4集1999.09「아이야!」
約130万枚
準備中
5集2000.09「Outside Castle」準備中

■ 余談

  • ファンの愛称「白い天使」「米粒」は、公式カラーの白から生まれた
  • 飲料「Tick Tock H.O.T.」がコカ・コーラの売上を抜いた話は、当時の熱狂を象徴する逸話としてよく語られている
  • 「Candy」の蛍光モコモコ手袋は、今見ても強烈。
    あの手袋を持っていた10代が、韓国には大量にいたらしい((見たこと無い)

マルのひとこと

僕とH.O.T.の出会いはどこだろう。
記憶を辿る限りでは、東方神起の「Candy」だったかなと。

H.O.T.を聴くと、「アイドル」という言葉がまだ手垢のついていなかった時代の、あの初々しさを感じる。
初期の曲は特にラップをするためなのかHIPHOPを強く感じる。

今のアイドルは完成されている。
歌もダンスもビジュアルも、すべてが磨き上げられている。
でもH.O.T.には、誰もまだ正解を知らなかった頃の、手探りの熱がある。
「戦士の末裔」でいじめに怒り、「Candy」で無邪気に踊る。
その振れ幅の大きさは、ジャンルがまだ枠を持っていなかったからこそ生まれたものだ。

最初の人たちは、いつだって一番自由だ。地図がないから、どこへでも行ける。

うりぬん、その地図のなかった時代の足跡を、ひとつずつたどっていきたい。

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