『Pieces, Part One』を聴いた日。

K-HIPHOP

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5집ジッ「Pieces, Part One」を初めて通しで聴いたとき、ちょうど梅雨の時期だった。
「Umbrella(우산ウサン)」がかかった瞬間、なぜこの曲が毎年雨の季節にチャートに戻ってくるのかわかった。


目次

  • アルバム概要
  • アルバムの評価と意義
  • マルのひとこと
  • プロフィール
  • 主要ディスコグラフィー

Tabloはコートのポケットで指輪を見つけるシーンから始める。
「당신은ダンシンウン 내ネ 머리モリ 위의ウィエ 우산ウサン이었어イオッオ/あなたは私の頭上の傘だった」
「우리가ウリガ 함께ハンッケ 쓰던ッスドン 우산은ウサンウン 너무ノム 작았어ジャクアッオ/私たちが一緒にさしていた傘は小さすぎた」
「당신ダンシン 없이オプイ 나는ナヌン 다리ダリ 하나가ハナガ 짧아진ッチャルアジン 의자ウィジャ 같아ガッア/あなたなしの私は、脚が一本短くなった椅子みたい」
傘という日常の物体に、失恋の全部を詰め込んでしまう詩の力。

Younhaのボーカルが、TabloとMithraのラップと奇跡的に噛み合っている。
それから15年以上、雨の日のプレイリストで選ばれ続けた。
日常の物体を使った詩的比喩、その完成形がこの曲だと思う。


「One(feat. Ji Sun)」というタイトルの二重性に気づいたのは、しばらく経ってからだった。
「One(ひとり)」と韓国語の「구원グウォン/救済」の発音が似ている。
「당신은ダンシンウン 보이지ボイジ 않는アンヌン 아픔에アプンエ 빠져ッパジョ 있고イッゴ/あなたは見えない痛みに溺れていて」
「상처는サンチョヌン 벽이ビョクイ 되고ドェゴ/傷は壁になり」
「자신의ジャシンエ 얼굴조차オルグルジョチャ 낯설어졌다ナッソルオジョッダ/自分の顔さえ見知らぬものになった」
そこに寄り添う一人がいれば良い。
「Pieces(断片)」の中にある、一つの救い。


アルバム概要

「Pieces, Part One」は2008年にリリースされたエピカイ通算5枚目のアルバムだ。
前作「Fan」までのキャリアで商業的成功を収めた彼らが、次に向き合ったのは「傷ついた人たちへの手紙」だった。
アルバム制作の発端は、ファンから届いた無数の手紙と書き込みだという。
鬱、孤独、家庭環境の問題、自傷。
そういった告白を受け取り続けたTabloが、音楽でしか返せないと考えて作ったのがこのアルバムだ。

タイトルの「Pieces(断片)」は複数形だ。
壊れた心の断片、散らばった言葉の断片、修復しきれないまま持ち続ける傷の断片。
「Part One」という表記は続編の存在を予告するが、結果的に「Part Two」は発表されなかった。
だからこのアルバムは、それ自体が未完のまま完結している作品だとも言える。
不完全さを抱えたまま世に出ることも、一つの誠実さだとエピカイは示した。

収録曲は「Short Piece」と呼ばれる短いインタールード群と、フル尺のトラックが交互に配置される独特の構成を持つ。
この形式によって、アルバム全体が一つの長編詩のように機能する。
通して聴くことで初めて完成するアーカイブとして設計された意欲作だ。


01 Be (Purgatorium)

アルバムを開幕する、Tabloのソロトラック。
サブタイトル「Purgatorium」(煉獄)が示すように、天国でも地獄でもない中間地点に立つ者の独白だ。
ファンから届いた無数の苦しみの手紙を受け、エピカイはこのアルバムを「救済」として制作したと語っている。
Tabloの声は問いかける。
ただ在ること(Be)は、それ自体がどれほど難しいことかと。

ハードなビートは一切使わず、内省的なサウンドスケープの上でTabloは自らの存在と向き合う。
韓国語と英語を交差させながら、痛みの中を漂う者へ静かに手を差し伸べるような一曲。
アルバム全体のトーンを定める、孤独で誠実なオープナーである。
煉獄という概念を選んだのは、苦しみの中にいる人を「地獄にいる」と決めつけず、どこへでも行ける場所に立っていると伝えたかったからだろう。


02 Breakdown

TabloとMithra Jinが並走する、アルバム前半の加速装置。
「崩壊(Breakdown)」という言葉を逆手に取り、内側の壁を打ち破る行為として肯定する。
Kポップ産業への批評、社会的な抑圧、それらをまとめて粉砕していく2MCの応酬は、2008年当時のエピカイの攻撃性をそのまま体現している。

トラック自体は骨太のビートに乗り、二人のフロウが緊張と緩和を繰り返す構成。
「壊れること」をネガティブに捉えず、突破口として読み替えるエピカイらしい視点が光る。
「Be」の静けさから一転、聴き手を一気に引き込む役割を果たしている。
Tabloのバースは韓国語と英語が入り混じり、境界線そのものを崩壊させるような言語的実験も含んでいる。


03 서울ソウル, 1:13 AM [Short Piece]

深夜1時13分のソウル。
TabloとDJ Tukutzによる短いインタールード的作品で、眠らない都市の質感を断片的な言葉と音で切り取る。
「Short Piece」と名付けられたシリーズの一つで、アルバム本編の合間に挟まれる小さなスケッチのような存在だ。

特定の時刻を選んだことに意味がある。
午前1時13分は、どんな物語も決着がつかず、ただ夜が続いていく時間帯。
傷ついた誰かが眠れないまま過ごしている都市の夜を、ミニマルな表現で描いた一片。
それは同時に、このアルバムを聴く場所の提案でもある。
深夜、ひとりで、耳を澄ませて。


04 Umbrella feat. Younha

エピカイの全楽曲の中でも、最も広く愛され続ける一曲といっても過言ではない。
Younhaを迎えたこの失恋の詩は、2008年のリリース以降、毎年の梅雨シーズンに必ずストリーミングチャートに戻ってくる。
雨という自然現象と愛の庇護を結びつけた比喩の精度が、時間を経ても陳腐化しない理由だろう。

Tabloが最初に書いたのは「コートのポケットから指輪が出てきた」というイメージだったという。
そのひとつのシーンから、傘という共通の物体に収束させていく詩的な展開は、映画的な構成を感じさせる。
Younhaのボーカルはサビで感情を一気に解放し、その後の静寂がさらに喪失感を深める。
この曲を聴くたびに「傘を一緒にさすこと」の意味が重くなる。


05 연필깎이ヨンピルッカクイ/Pencil Sharpener feat. Kebee

鉛筆削りという日常の道具をメタファーに使った、エピカイ流の詩的ラップ。
削られるたびに鉛筆は短くなるが、芯はより鋭くなる。
その逆説を、人生の苦難によって研ぎ澄まされるアーティストの姿に重ねる。
KebeeとTabloが交互に刃を研ぐように言葉を重ね、創作と自己研鑽のテーマを追求する。

Kebeeは当時の韓国アンダーグラウンドシーンを代表するラッパーであり、この二人の化学反応が曲に深みを加えている。
「消耗すること」と「研ぎ澄まされること」を同時に肯定する視点は、2008年当時のエピカイの哲学を端的に示す一曲だ。
詩としての完成度も高く、韓国語の言語的なリズムが最大限に活かされたラップとして語り継がれている。


06 Girl feat. Jinbo

Jinboのメロディアスなサビが全体をやわらかく包む、アルバム中では珍しく軽やかな恋愛曲。
Tabloが特定の女性への感情をラップで綴り、Jinboの歌声がその感情を拡張する。
重めの主題が続くアルバムの中で、息抜きのような一曲として機能している。

Jinboは韓国R&B/ソウルシーンの実力派で、彼の参加によって曲に温かいグルーヴが生まれた。
「Girl」というシンプルなタイトルが示す通り、過度に複雑化せず、ひとりの人物への素直な感情を直球で伝えることがこの曲の強みである。
暗い通路を歩き続けるアルバムの中で、この曲が差し込む光のような役割を担っている。


07 Slave [Short Piece]

David Leeが語り手を務める短編インタールード。
「奴隷」という言葉を用いて、社会的な規範や他者の期待に縛られた状態を問いかける。
Short Pieceシリーズの一つとして、重いテーマを短い形式で鋭く切り取っている。

長尺のトラックではないが、アルバム全体の「救済」というコンセプトに対する別角度からの問いかけとして機能する。
解放される以前に、自分が何に縛られているかを認識することが必要だ。
という認識論的な一片。
「Pieces」というアルバムが、ただ傷を慰めるだけでなく、縛りを問い直す視線を持っていることをこのトラックが示している。


08 The Future feat. Yankie

Yankie(TBNYのメンバー)を迎えて未来を語る一曲。
希望と不安が同居する「未来」という概念を、二人のラッパーが異なる角度から照射する。
Yankieの破壊力あるフロウとTabloの詩的なアプローチが対比的に響き、曲に奥行きを与えている。

2008年という時代性も重要だ。
韓国の若者が直面していたキャリア、社会的プレッシャー、不確実な将来。
それらを「The Future」という言葉に凝縮させながら、悲観でも楽観でもない地点から問いかける。
現実を直視しながらも前を向こうとする意志が、全体のトーンを支えている。
YankieのエネルギーとTabloの詩情が衝突することで、未来への態度が単純化されない豊かさが生まれた。


09 20 Fingers [Short Piece] feat. DJ Friz

DJ Frizのターンテーブリズムを前面に出したインストゥルメンタル的小品。
「20本の指」というタイトルは、二人のDJが合わせると20本になる指の数を指す。
エピカイのDJカルチャーへのリスペクトが込められた、スクラッチとビートの対話。

Short Pieceシリーズの中では最もサウンドに特化した一片で、言葉を一旦脇に置き、音だけで表現する試み。
アルバムの中間地点で配置されることで、リスナーに一呼吸の間を与える役割も果たしている。
DJ文化がヒップホップの根幹であることを忘れないという、DJ Tukutzのグループへの貢献を讃えるような一片でもある。


10 Ignition feat. Na Yoon-Kwon

나윤권ナユングォン/Na Yoon-Kwonの伸びやかなボーカルが点火装置となる一曲。
「Ignition(点火)」というタイトルが示す通り、停滞していた何かが始まる瞬間の興奮と緊張を描く。
Na Yoon-Kwonはソウルフルな歌唱で知られ、ラップとの融合が曲に独特の熱量を与えている。

「Be」から始まったアルバムの旅が「Ignition」によって新たな段階へと進む。
ただ存在することから、何かを始めることへ。
その推進力が音楽的にも表れており、アルバム後半へのブリッジ的な役割を担っている。
Na Yoon-Kwonの歌声が炎のように広がるサビは、冬の朝に火が入るような温かさがある。


11 Eight by Eight feat. Dynamic Duo, Dok2, Double K, TBNY

8×8=64、チェスボードの64マスを想起させるタイトルのもとで展開される、韓国ヒップホップの豪華サイファー。
Dynamic Duo、Dok2、Double K、TBNYというシーンの実力者たちが集結し、RakimとNasの楽曲からのサンプリングも組み込まれた、アンダーグラウンドとメインストリームをつなぐアンサンブル。

各ラッパーのスタイルの違いが際立つ作りで、交互に繰り出されるバースがマス目を埋めていくような緻密さがある。
エピカイが韓国ヒップホップコミュニティの中心的存在であることを示す一曲であり、2008年時点のシーンの熱気を記録した歴史的なトラックでもある。
RakimとNasへのリスペクトを示したサンプリングは、エピカイが韓国と米国のヒップホップを橋渡しする存在であるという自己規定の表れだ。


12 Décalcomanie (Mithra Jin solo)

Mithra Jinのソロトラック。
「デカルコマニー」とは、紙に絵の具を塗りたくり折り合わせることで生まれる左右対称の転写技法で、二つの面が完全に重なり合う瞬間の美しさを指す。
Mithra Jinはこの技法を愛の比喩として用いる。
二人の人間がお互いをそっくりそのまま映し出すとき、境界はどこへ消えるのか。

韓国語の語感においても「데칼코마니デカルコマニ」は恋愛関係の鏡写しを表す表現として浸透しており、この曲はその詩的可能性を最大限に引き出す。
普段は二人のMCの影に入りがちなMithra Jinの内省的な言語感覚が、ソロという形式で初めて全面に出た作品だ。
デカルコマニーは重なった後に紙を剥がすことで完成する。
二人が離れた後に残る形の美しさを、Mithra Jinは静かに愛でている。


13 Icarus Walks [Short Piece]

ギリシャ神話のイカロスを素材にした短編。
ロウの翼で太陽に近づきすぎ墜落した少年の物語は、過剰な野心への警告として長く語り継がれてきた。
しかしタイトルは「Icarus Falls(落下)」ではなく「Icarus Walks(歩く)」。
墜落の後も、彼はまだ歩いているという読み替え。

このわずかなニュアンスの違いが、エピカイの哲学を象徴する。
失敗したとしても、それは終わりではない。
アルバム終盤に置かれたこのShort Pieceは、傷ついた者へ向けた静かな励ましとして機能している。
短い言葉の中に込められた「続けることの正当性」は、アルバム全体のメッセージを一行に凝縮している。


14 낙화ナクハ (落花) (Tablo solo)

「낙화ナクハ」。
散る花びら。
漢詩や韓国古典文学において、この二字は美しいものの無常を表す詩的象徴として使われ続けてきた。
Tabloのソロトラックとして、夢が花びらのように散っていく様子を観察し、それでも次の春を待つという構造を持つ。
絢爛な言葉を避けながら、余白によって情感を表出させる技法が光る。

「Umbrella」や「One」と並び、このアルバムを語る上で欠かせない一曲。
散ることの美しさを肯定することで、喪失を悼むのではなく受け入れることへと聴き手を誘う。
Tabloが詩人としての側面を最も純粋に発揮した作品の一つであり、韓国語の音楽的可能性を広げた記念碑的なソロトラックだ。
古典的な美意識と現代のヒップホップが交差する稀有な地点に、この曲は立っている。


15 One feat. Ji Sun

Loveholicのジスンを迎えた、アルバムの感情的な核心。
孤独の中に沈んでいる誰かに、ただそこにいる一人を届けようとする曲だ。
「ひとり(One)」という数字が持つ孤独と、「救済(구원)」の音の近似が、この曲のすべての奥行きを生んでいる。

ジスンの透明なボーカルが、Tabloの重い言葉を優しく受け止める構図は、傷ついた者が傷ついた者に手を差し伸べる行為そのものだ。
完璧な救済者ではなく、同じように傷を持つ誰かが寄り添うという構造が、この曲を説教臭くしない理由だと思う。
アルバムタイトル「Pieces」が指す断片は、ここで少しだけ集まってくる。


16 당신의ダンシンエ 조각들ジョガクドゥル (Your Pieces) feat. Jisun

アルバムを閉じる最終曲。
「One」でも共演したJisun(Loveholic)を再び迎え、アルバムのタイトル「Pieces」を最終的に着地させる。
「あなたの破片たち」。
傷ついたまま散らばってしまった誰かの欠片を、そのまま受け取るという愛の表現。

壊れていても、あるいは壊れているからこそ美しい。
「Be」から始まった煉獄の旅が、他者の破片を抱きしめる地点で幕を下ろす。
Jisunの透明なボーカルがTabloの言葉を包み込み、アルバム全体の「救済」というコンセプトに静かな答えを与える一曲。
エピカイが2008年にファンへ差し出した、最後の手のひらだ。


アルバムの評価と意義

「Pieces, Part One」は発売当時から高い評価を受けた作品だ。
「Umbrella」の大ヒットによって商業的にも成功し、エピカイの代表作として現在も語られる。
しかしこのアルバムの真の価値は、チャートの成績よりも、苦しむ人たちへ音楽を届けるというその姿勢にある。

韓国では自殺率の問題が深刻な社会課題として存在し、特に若者のメンタルヘルスへの関心が高まっていた時代背景の中で、このアルバムは個人の痛みに名前をつけることを試みた。
「あなたの断片を受け取る」という宣言は、2008年の韓国で非常に勇気ある言葉だったはずだ。

「Short Piece」という形式の発明も、このアルバムの音楽的な遺産として評価される。
フル尺の曲と短い断章を交互に配置するというアルバム構成は、詩集の読み方をヒップホップに持ち込んだ実験だった。
その実験は後の韓国ヒップホップアーティストたちにも影響を与えている。


マルのひとこと

「Umbrella」を雨の日に聴くたびに、傘を差し出すこととはどういうことかをまた考えてしまう。
エピカイは音楽をもって傘を差し出し続けてきたグループだと、このアルバムを聴くたびに思う。


プロフィール

エピカイは2003年にソウルで結成された韓国のヒップホップグループだ。
MC担当のTablo(本名チャン・ヒョンソク)とMithra Jin(本名チェ・ジンヒョン)、DJのDJ Tukutz(本名キム・ジョンウォン)の3人で構成される。
TabloはスタンフォードでCreative Writingを専攻し、英語と韓国語を自在に操る詩的なリリックで知られる。
Mithra Jinはパンチのある直情的なラップスタイルを持ち、TabloとのMCコンビを形成している。
DJ Tukutzはビートメイキングとターンテーブリズムを担い、グループのサウンドの骨格を作ってきた。

デビュー以来、社会批評、文学的なリリック、感情の深掘りという3つの柱を持ち続け、20年以上に渡って活動を続けている。
日本のリスナーにも韓国ヒップホップの入口として親しまれることが多く、とりわけ「Umbrella」「Fly」「Fan」などの楽曲は日本でも広く知られている。
「Pieces, Part One」は彼らの詩人としての側面と、傷ついた人への寄り添い方が最も純粋に表れた作品のひとつだ。

主要ディスコグラフィー

年タイトル備考
2003Map of the Human Soul1stアルバム・デビュー作
2007Swan SongsFly収録・大ヒット作
2007Remapping the Human Soul4thアルバム
2008Pieces, Part One5thアルバム・Umbrella収録
201299ブランニュー移籍第1弾
2017We’ve Done Something Wonderful9thアルバム・14周年