혜성처럼 전진하는 우리는 신화입니다!
(彗星のように突き進む、僕らは神話です!)
K-POPの歴史には、たくさんの「終わり」がある。
契約満了、メンバーの脱退、事務所との対立。
どんなに愛されたグループも、たいていはどこかで幕を下ろす。
アイドルとは、そういう「期限つきの輝き」だと、長いあいだ思われてきた。
その「当たり前」に、最後まであらがった6人がいる。
デビューから一度も解散せず。
一人も抜けず。
メンバーが入れ替わったことも、ただの一度もない。
韓国で「最長寿アイドルグループ」と呼ばれた、神話(신화/シンファ)だ。
先に、正直なことを言っておく。
神話は今、グループとしての活動を止めている。
自分たちで作った会社もなくなり、「神話」という名前さえ、今は彼らの手元にない。
それでも、この記事は神話の物語を、胸を張って語りたい。
なぜなら「解散も、脱退も、交代もゼロ」という記録だけは、何があっても、永遠に揺るがないからだ。
■ 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| グループ名 | 신화(シンファ/SHINHWA) ※「神話=Mythology」が由来 |
| デビュー | 1998年3月24日 |
| デビュー時所属 | SMエンターテインメント |
| 活動期間 | 1998〜2008(エリック入隊で中断) 2012〜2019 |
| メンバー | 6人 |
| 公式カラー | オレンジ(주황색/ジュファンセッ) |
| ファンダム | 신화창조(シンファチャンジョ/神話創造) |
| 正規アルバム | 13枚(韓国ダンスグループ最多) |
| 通算記録 | 音盤販売 約355万枚 音楽番組1位 76回 |
| 特記事項 | 韓国最長寿アイドルグループ。 解散・脱退・交代が一度もない |
■ メンバー
에릭(エリック/本名:ムン・ジョンヒョク)|リーダー・メインラッパー・国民的俳優
グループのリーダーで、ラップメイキングの中心。
解散しないグループを20年以上まとめ続けた、精神的な支柱だ。
俳優としても『華麗なる遺産』『紳士の品格』など数々の主演ドラマを当て、韓国を代表する俳優の一人になった。
後で詳しく書くが、神話の名前を取り戻す裁判では、自ら法律を勉強し、弁護士のもとへ通った男でもある。
신혜성(シン・ヘソン)|メインボーカル・黄金の声
神話のバラードを支える、韓国屈指の歌声。
ソロでは「歌で勝負する公演型アーティスト」を追求し、その実力は誰もが認めるところだ。
김동완(キム・ドンワン)|リードボーカル・万能の表現者
歌だけでなく、俳優、バラエティ、ミュージカルまで。
神話の中でも、特に幅広く才能を発揮するメンバー。
高校時代のあだ名は「フィムン高(휘문고)のモーセ」。
彼が廊下を歩くと、モーセの海割りのように人が道をあけたという、伝説の人気者だった。
이민우(イ・ミヌ)|メインダンサー・プロデュースの中心
ダンスとパフォーマンスの核で、ソロ名義は「M(엠/エム)」。
振付づくりやプロデュース、ディレクションまで手がけ、神話の音楽面・ステージ面を牽引してきた。
デビュー前から、全州(チョンジュ)で名の知れた踊り手だった。
전진(チョンジン)|リードラッパー・リードダンサー・ムードメーカー
ラップとダンスを担い、バラエティでの明るいキャラクターでグループに笑いを持ち込む存在。
ソウル・松坡区(ソンパグ)出身の有名な踊り手で、H.O.T.のカンタとは高校の先輩後輩の間柄。
そのカンタの推薦で、オーディションを受けることになった。
앤디(アンディ/本名:イ・ソンホ)|最年少・リードダンサー・サブラッパー
最年少メンバー。
アメリカ・オレンジカウンティ出身で、後述するが、もともとH.O.T.としてデビューする寸前だったという数奇な経歴を持つ。
後にはマネジメントや運営の実務面でも神話を支えた。
■ デビュー前史 アンディは、H.O.T.になるはずだった
神話の物語は、デビューよりずっと前から始まっている。
SMエンターテインメントは、1996年に送り出したH.O.T.の大成功で、アイドル市場の巨大な可能性に気づく。
イ・スマンは次の世代を本格的に探し始めた。
その結果として企画されたのが、女性のS.E.S.と、男性の神話だった。
▶ S.E.S.と僕。 / ▶ H.O.T.と僕。 とあわせて読むと、SMという会社の野心が立体的に見えてくる。
メンバーの集まり方が、また劇的だ。
最初に練習生になったのは、1996年3月のアンディ。
彼はアメリカで、H.O.T.のトニー・アンと同じダンスチームにいた。
その実力をイ・スマンに見出され、なんと一度はH.O.T.の最終デビュー組にまで入っていた。
ところが、息子がまだ幼いことを理由に両親が反対し、彼は一度アメリカに戻る。
そして1年後、高校生になったアンディはLAでイ・スマンと偶然再会し、今度は「神話のメンバー」として呼び戻された。
もしあのとき両親が反対していなければ。
アンディはH.O.T.の一員になり、H.O.T.は6人組、神話は別の形になっていたかもしれない。
歴史の分岐点で、彼は神話へとたどり着いた。
1997年の初め、エリックとシン・ヘソンが合流する。
エリックは、UCLAを含む3つの大学に合格していた秀才だった。
それでも彼は、歌手の夢のために進学を捨てた。
同じ年の前半、全州の踊り手イ・ミヌが。
後半には、松坡区の踊り手チョンジンが、H.O.T.カンタの推薦で。
そして1997年11月3日、最後にキム・ドンワンが加わって、神話の6人が完成した。
ドンワンはもともとロックバンドのボーカルで、アイドルとしてのデビューには最初は乗り気でなかった。
ところが残りの5人と初めて会って「こいつら、なんかカッコいいな」と思って、気が変わったらしい。
この、たまたまの出会いの寄せ集めが、28年後も別れない6人になる。
本人たちが「運命としか説明できない」と言うのも、わかる気がする。
■ アルバムで追う、神話の歩み
神話の歴史は、そのままアルバムの歴史だ。
13枚の正規アルバムを、主要作で振り返る。
1집『해결사(ヘギョルサ/解決士)』(1998年)
タイトル曲でデビュー。
H.O.T.に続くSMのボーイグループとして登場したが、当初は爆発的な人気には至らなかった。
弟分としての、静かな船出だった。
2집『T.O.P』(1999年)
ここで神話に火がついた。
タイトル曲「T.O.P」が大ヒットし、独自の人気を確立し始める。
「H.O.T.の弟分」から「神話」になった、転換点の一枚。
3집(2000年)/後続曲「으쌰!으쌰!(ウシャ!ウシャ!)」
明るくエネルギッシュな楽曲で、グループの幅を広げた。
4집『HEY, COME ON!』(2001年)
ここから神話は最盛期に突入する。
キャッチーなタイトル曲で、人気を不動のものにした。
5집『Perfect Man』(2002年)
発売と同時に月間チャート1位。
355,333枚を売り上げ、23週にわたってチャートに残り続けた。
神話を語るうえで絶対に外せない代表曲「Perfect Man」を収録。
力強いパフォーマンスとキャッチーなサウンドで、今もステージに欠かせないアンセムになっている。
7집『Brand New』(2004年)
タイトル曲「Brand New」で、ついに가요대상(歌謡大賞)を受賞。
これがどれほど凄いかは、次の章で書く。
2001年から2005年あたりが、神話の最も輝いた時期だった。
8집『State Of The Art』
それまでと異なるバラード風の「Once in a Lifetime」で、新たな一面を見せた。
9집『Run』
タイトル曲「Run」で、円熟したグループの姿を提示。
その後、メンバーの兵役期間という長い空白を経て、神話は10집『The Return』で完全体として帰ってくる。
これも、後で書く。
■ 「따로 또 같이」 ソロとグループを両立させた、元祖
神話がK-POPに残した発明のひとつが、「따로 또 같이(ッタロ ット ガチ/別々に、でも一緒に)」という活動スタイルだ。
それまでのアイドルは、グループ活動が止まればメンバーはバラバラになり、やがて解散するのが常だった。
むしろ当時は「個人活動=不仲の兆し」とすら受け取られ、神話には解散説が絶えなかった。
だが神話は、その常識をひっくり返した。
グループ活動の合間に、メンバーそれぞれがソロや別の分野で活動し、また神話として集まる。
「個人活動とグループ活動の両立」を、アイドルで初めて本格的に確立したのが神話だった。
エリックは俳優として大成功し、ドンワンは俳優・バラエティ・ミュージカルへ。
イ・ミヌはソロ「M」とプロデュースへ、ヘソンはソロ歌手として、チョンジンはバラエティへ。
2000年代半ばには「テレビをつければ神話の誰かが出ている」と言われたほどだった。
それぞれが自分の場所で輝きながら、誰も神話という看板を捨てなかった。
このモデルは、今のK-POPでは当たり前の活動形態になっている。
「メンバーのソロとグループの並行」も、たどればここに行き着く。
■ 「解散したくない」 居酒屋の一言が、歴史を作った
神話は、実は「最も多くの解散危機を経験したアイドル」とも言われる。
事務所問題、商標権問題、金銭問題、メンバーの健康、周囲の誘惑と仲違いの種まで。
アイドルが経験しうる危機を、ほぼ全部くぐってきた。
最大の山場が、2003年。
SMとの契約満了のときだった。
このとき、いくつかの事務所が、破格の条件を持ちかけてきた。
「ソロで」「特定のメンバーを外して」契約しよう、と。
当時はアイドルの先行きが不透明な時代。
全員がすでにソロでも十分に成功できる実力を持っていた。
冷静に損得を考えれば、バラバラになる理由のほうが多かった。
ところが、メンバーで酒を飲んでいた席で、一人がぽつりと言った。
「헤어지고 싶지 않다(別れたくない)」。
すると、全員が同じ気持ちだったことに気づいた。
そこから6人は固く結束し、スタッフごと一緒に事務所を移籍して、神話を守り抜いた。
もし一人でも、友情より個人の成功を選んでいたら。
神話は、あの時点で解散していただろうと言われている。
才能でも、運でもない。
「この6人で居続けたい」という気持ちが、このグループを歴史にした。
■ 自分たちの名前を、自分たちで取り戻すまで
神話の物語で、最も象徴的な戦いがある。
「グループ名を、自分の手に取り戻す」闘いだ。
2003年にSMを離れ、グッドエンターテインメントへ移籍。
そして2011年、メンバー自らが資本を出し合い、自分たちの事務所「신화컴퍼니(神話カンパニー)」を設立した。
アイドル自身が、株主として会社を作る。
当時としては、前代未聞だった。
ところが、大きな問題が残っていた。
「神話」という名前の商標権が、別の会社(オープンワールド・エンターテインメント)の手に渡っていたのだ。
自分たちの名前なのに、自分たちのものではない。
彼らは商標権をめぐって、長い裁判を戦った。
途中で敗訴し、賠償金の支払いを命じられたこともある。
それでも諦めず、足かけ12年に及ぶ争いの末、2015年5月、ついに「神話」の名前を自分たちの手に取り戻した。
神話は、アイドルグループとして初めて、自分のグループ名の商標権を直接所有した存在になった。
ファンは、彼らが名前を取り戻したこの日を「신복절(シンボッジョル/神復節)」と呼ぶ。
「神話」と「光復節(解放記念日)」をかけた言葉だ。
自分の名前を取り戻した日を、ファンは今も独立記念日のように祝っている。
■ 兵役、そして完全体での復活
アイドルにとって、メンバーの兵役は最大の試練だ。
数年単位で活動が止まり、その間に解散してしまうグループも少なくない。
神話も、メンバーが順番に国防の義務を果たすため、4年に及ぶ空白を経験した。
しかし彼らは、消えなかった。
2012年3月、最後にイ・ミヌが兵役を終え、全員が揃う。
同年3月23日、正規10集『The Return(ザ・リターン)』を発売。
3月24日と25日には、ソウルオリンピック公園体操競技場で復活コンサート「THE RETURN」を開催し、2日間で2万4千人を動員した。
さらに東京・北京・台湾・シンガポールを回るアジアツアーまで成功させた。
「全員が兵役を終えて、また神話として戻ってくる」。
その当たり前のようで難しいことを、彼らはやってのけた。
タイトルの『The Return』が、すべてを物語っている。
■ なぜ、神話”だけ”が生き残れたのか
ここで一度、立ち止まって考えたい。
同じ時代に、たくさんのアイドルがいた。
なぜ神話だけが、これほど長く続けられたのか。
理由は、デビューの瞬間にすでにあった。
H.O.T.の大成功以降、韓国のアイドル市場は「神秘主義の美少年」一色だった。
ミステリアスで、手の届かない、夢のような存在。
それが売れる、とされていた。
そんな中で、神話だけが真逆を選んだ。
強い男性美。
神秘主義を脱ぎ捨てた、人間くさい親しみやすさ。
そして、当時のアイドルで最も完成度の高い、華やかなダンス。
この差別化が、効いた。
もうひとつ、決定的な数字がある。
神話がデビューした90年代後半、アイドルの平均寿命は3〜5年。
「5年目のジンクス」という言葉があったほどだ。
ところが神話は、そのジンクスを破った。
それどころか、デビュー7年目の7集『Brand New』で、初めて歌謡大賞を獲る。
普通なら消えている頃に、第2の全盛期を迎えたのだ。
「ダンスグループでも、長く続けられる」。
それを初めて証明したのが、神話だった。
強い個性で差別化し、友情で結束を守り、自分たちで会社まで作る。
神話が生き残ったのは、偶然ではない。
全部、自分たちで選び取った結果だった。
■ そして、今
正直に、現在のことを書く。
2019年の周年コンサートを最後に、神話のグループ活動は、ほぼ止まっている。
2024年には、自分たちで作った「神話カンパニー」も廃業した。
そして「神話」の商標権は、別の会社(ライブワークス・カンパニー)へと移った。
あれほど苦労して取り戻した名前が、また手元を離れた。
韓国でも「最長寿アイドル」という称号は、少し色褪せた、と言われることがある。
でも、と思う。
神話は、解散していない。
誰も脱退していない。
メンバーが入れ替わったことも、一度もない。
会社が消えても、名前が離れても、その記録だけは、誰にも書き換えられない。
6人は、今もそれぞれの場所で生きている。
そして「別れた」とは、一度も言っていない。
伝説は、いつも華やかなステージの上にあるとは限らない。
静かになった今も、神話は「終わっていない」。
ただ、それぞれの時間を生きている。
うりぬんは、そう受け取っている。
■ K-POP史における位置づけ
神話が証明したのは、「アイドルは消耗品ではない」ということだ。
数年で解散し、次の世代に入れ替わる。
それがアイドルの宿命だと思われていた時代に、神話は「続ける」という選択肢があることを示した。
自分たちで会社を作り、名前を守り、メンバー全員でグループを所有する。
個人活動とグループ活動を両立させる。
これらは全部、神話が「アイドル初」でやってのけたことだ。
後の世代が「長く活動する」「自分たちの権利を持つ」と考えるとき、神話は常に最初の参照点になる。
彼らは記録の上でも、思想の上でも、K-POPの設計図を一枚、書き換えた。
なお、神話とg.o.dは、H.O.T.やSechs Kies(1世代の先発組)に対して「1.5世代(後発組)」と呼ばれることがある。
先発が切り拓いた道を、後発がどう広げ、どう続けたか。
▶ g.o.dと僕。 とあわせて読むと、その違いが見えてくる。
■ 韓国でのイメージ
韓国で神話は、「友情の代名詞」であり「アイドルの理想形」として愛されている。
きらびやかな全盛期の記憶以上に、「あの6人が、ケンカ別れせずに来た」という事実そのものが、尊敬を集めてきた。
派手にぶつかっては、派手に仲直りする。
言いたいことをその場で全部言うから、わだかまりが残らない。
そんな飾らない関係性が、ファンでない人たち、特に男性層からの好感度も高い。
きれいごとだけのアイドル像ではなく、「本当に仲がいい大人たち」。
それが神話だった。
ファンダム「神話創造」も、韓国で最も忠誠心が高いファンダムのひとつとして知られる。
20年以上、同じグループを応援し続けるファンと、解散しなかったグループ。
神話とファンの関係そのものが、「続けること」の美しさを体現している。
■ 記録 「アイドル初」尽くし
- 解散・メンバー変動なしの、韓国最長寿アイドル
- アイドル最多の正規アルバム(13集)
- アイドル初、メンバーが株主として自社事務所を設立・運営
- アイドル初、グループ名の商標権を自ら所有
- アイドル初、グループ活動と個人活動の並行
- アイドル初、メンバー全員が同じ事務所へ移籍
- アイドル初の10周年・20周年コンサート開催
- アイドル最長の制服モデル(2001〜2006年)
■ ディスコグラフィー(主要作)
| アルバム | 年 | タイトル曲 | 記事 |
|---|---|---|---|
| 1집 | 1998 | 해결사 | 準備中 |
| 2집 | 1999 | T.O.P | 準備中 |
| 3집 | 2000 | 으쌰!으쌰! | 準備中 |
| 4집 | 2001 | HEY, COME ON! | 準備中 |
| 5집 | 2002 | Perfect Man | 準備中 |
| 7집 | 2004 | Brand New(歌謡大賞) | 準備中 |
| 10집 The Return | 2012 | 完全体復活 | 準備中 |
■ 余談
メンバー全員が1979〜1981年生まれと年齢が近く、「同級生のような友達」の距離感が、グループの空気を作っている。
アンディがH.O.T.でデビューしていたら、H.O.T.は6人組、神話は5人組だったかもしれない。
韓国でも語り継がれる「歴史のif」だ。
神話は、活動した期間が長すぎて、その間にサッカーW杯が7回も開催された。
夏季・冬季の五輪も、何度も巡ってきた。
「W杯7回ぶん、解散しなかったグループ」。
そう考えると、その異常さがよくわかる。
2015年のMBC歌謡祭では、BTSが神話の「Perfect Man」をカバーした。
世代を超えて歌い継がれる神話の代表曲は、後輩たちのリスペクトの対象でもある。
メンバー同士は、困ったときには全員でお金を出し合って助け合ってきた、という。
「誰一人、誰かに助けられなかった者はいない」。
キム・ドンワンの、そんな言葉が残っている。
■ マルのひとこと
K-POPを掘っていると、つい「誰が一番すごいか」を考えてしまう。
歌唱力、ダンス、記録、世界的な人気。
物差しは、いくらでもある。
でも神話を見ていると、そのどの物差しとも違う場所に、価値があることに気づかされる。
28年、解散しない。
たったそれだけのことが、どれほど難しいか。
仕事仲間と28年も一緒にいられる人が、世の中にどれだけいるだろう。
しかも、それぞれが一人でも十分に成功できる、華やかな世界にいながら。
それでも「この6人がいい」と、選び続けた。
名前を奪われても、裁判で取り戻した。
取り戻した名前を、また手放すことにもなった。
会社も消えた。
活動も、今は止まっている。
それでも彼らは、解散していない。
すごい曲を作ることより、すごい記録を立てることより。
ただ「別れない」ことのほうが、もしかしたら一番難しい伝説なのかもしれない。
その不器用なまでのこだわりが、僕にはまぶしい。
うりぬんは、そういう伝説の形も、ちゃんと知っていたい。



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